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新しい世界へ。

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「ありがとうございます、サラ様。そう言って頂けるのは嬉しいのですが、私ももう歳でございます。ここから離れた王都へ行くのはとてもとても。そこでサラ様にお願いがあるのです。」静かにシンディさんが話し出す。

「サラ様の様な温かく穏やかな気性の女性があの子の側に居てくれたら、どんなに安心出来るだろうといつも思います。」シンディさんはにこやかに話している。

「サラ様がこの古城を気に入って下さっている事は重々承知しています。どうか娘が安定するまで娘の側で生活してやって貰えませんか?もちろんこの話はケニス様にはお話しして了解も得ています。」

「娘はあまり友達を作るのも上手では無く、ましてや社交も得意では無いのです。お願いします。サラ様。」と話しながら私の手を取り強く握り締めシンディさんが頼み込んできた。ここまで頼まれて私に出来る事なら叶えてあげたい。でも。。。。


「シンディさん、私はシンディさんが大好きです。」握られた手を一度離すとサラの方から優しく握り返しゆっくり語りかける様に話し始める。

「私に出来る事なら、シンディさんの願いを叶えてあげたいのですが確かな教養やマナーには自信がありません。もし娘さんの側で私が知らず知らず失礼をしてしまっていては元も子も有りません。」

「それこそシンディさんだけで無く、娘さんやシンディさんのご実家にもご迷惑がかかるでしょうね。」そこまで話すふぅっとため息をついた。


 するとシンディさんが「フッ」っと笑った。

「それでしたらサラ様、後学も兼ねて娘と共に学ばれたらどうでしょうか?娘も気晴らしになるかと思います。如何ですか?」とシンディさんは尚も食い下がって来た。

「この件に関してはランスロット様には私から話しておきます。それでどうでしょうか?」

 このひと言は私にとって魅力的だった。この場所から、そしてランスロット様から離れる。それが良い、私がいつまでもここに居たのではランスロット様の外聞にも関わる。あの方にだけは幸せになって頂きたいと心から思う。


「自信は無いのですがシンディさん分かりました。その話お受けします。宜しくお願いします。」そう話すとシンディさんは嬉しそうに笑った。


 そしてその話から数日間はシンディさんからたくさん話を聞きました。公爵家に嫁がれた娘さんの事や既に亡くなられているシンディさんのご主人の事など。

 シンディさんのご主人は政略結婚だったが、お互いに好きになり学生時代からのお付き合いをされてて卒業したら直ぐ結婚されたらしい。

「彼はいつも私と会ってもはにかむばかりでね。手すら中々繋ごうとしなかったのよ。私はいっつもじれじれしててね。じゃあもうって私から手を繋いだのよ?」と深い皺が刻まれた目尻を下げた。

 シンディさんは結婚後自分の子供の育児がひと段落すると当時の上級メイドの勧めもあって王宮へ上がりランスロット様を始め何人かのナニーを務めたんだそうだ。

 そして数年前に流行病でご主人が亡くなるまで王宮勤務だったそう。

「主人は本が好きな物静かな人でね、良く晴れた日は2人で庭を眺めながら、時には娘も一緒に3人で本を読んでいたわ。その時が1番幸せでしたね。」

 そう話した時のシンディさんの遠くを見る様な寂しそうな眼差しが印象に残りました。

 娘さんは名前を「クリスタ」さんと言い、優しい素直な性格のお花が大好きなお嬢さんで今でも良く庭を散策されたり、展覧会でお花をご覧になったり、またご自分でも育てたりと楽しんでおられると言う事。

 娘さんには私の事は「友人の娘さん」として紹介してあるんだそう。そのシンディさんの温かな心遣いがくすぐったく嬉しかった。

 私も祖国にいた時は周りの方々に恥ずかしく無い様にとひと通りの事は教えて貰っては居るが、この国のマナーに関してはシンディさんが色々と教えてくれた。

 やはり日常に関しても大差は無いけど、細々とした所は幾つかの違いがある。例えばお茶の淹れ方ひとつでもこちらとは違った所が有った。

 シンディさんとの話しが纏まった3週間後、
少しずつ荷物を作り始めた。とは言っても僅かな衣類と本ぐらいの物だ。この国の事を知りたくて簡易版の貴族図鑑を始め歴史書など何冊か本を購入して貰っていた。

 特にこの話が決まってすぐシンディさんに頼んで新たに妊娠、出産関連の本は多めに購入して貰った。妊娠中のクリスタ様の側に付くならこの知識は絶対必要だろう。


 ランスロット様は今までシンディさんを通じてドレスや宝石類を買う様に勧めて下さったが、ここでの生活は満ち足りていたのであまりそう言った類の物は特別欲しいと思う物は無かった。

 


 あの誕生日の日にランスロット様に貰ったブローチは持って行く事にした。嫌な事や悲しい事があった時にあのブローチを見たら元気が出るかも知れない。大切に綺麗な柔らかい布に包んで小箱に入れた。シンディさんからのプレゼントのワンピースも荷物に入れた。


 そしてランスロット様に今までのお礼の手紙を心を込めて書いた。祖国から連れ出して下さった事や誕生日を祝って頂けた事。そしてこれまでお世話になりました。私の事は忘れランスロット様にとって良き伴侶に巡り会えます様に。と締めくくった。


 この国に来て初めて外へ出るのだ。サラはとても不安だった。初めてこの国に来た時は19歳だった、今は既に20歳になっている。
自分に何が出来るのだろうか?果たしてうまくやれるのだろうか?

 でも、そろそろ一歩を踏み出したい。そして私を信じてこの話をしてくれたシンディさんを信じて恐いけど外へ飛び出してみよう。

 亡くなったお母様、どうかこれから先の人生が幸多い物になりますように。見守っていて下さい。

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