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第30話 再会
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──三年後
私は、北海道に住んでいる。
不動産会社で事務員として働いている。
「藤田さん、この契約書の件で確認があるんですが」
「はい、すぐに確認いたします」
頼まれた資料を手際よく整理する。
この三年で、私は変わった。
自分の意見をちゃんと言えるようになったし、仕事でも評価してもらえている。
「藤田さんって、しっかりしてるよね。頼りになる」
上司にそう言われるたび、少しずつ自信がついてきた。
でも――
心の奥には、いつも罪悪感があった。
河内さんを一人にして逃げた自分への自責の念。
そして、河内さんへの申し訳なさ。
* * *
仕事を終えて家に帰る途中、ATMで通帳記入をした。
今月の給料が入っている。
私はそこから数万を別の口座に振り込んだ。
借金の返済。
三年間、一度も欠かしたことがない。
これが私と河内さんを繋ぐものだった。
河内さんは元気でいるだろうか。
会社はうまくいっているだろうか。
私のせいで、何か困ったことになっていないだろうか。
毎日毎日、そんなことばかり考えていた。
* * *
週に一度だけ、茶道教室に通っている。
「藤田さん、お点前がとても上達されましたね」
「ありがとうございます」
河内さんが教えてくれた茶道。
あの時の彼の手つき、優しい眼差し。
すべてが遠い記憶のようで、でもとても鮮明に残っている。
茶碗を手に取るたび、あの人の温もりを思い出す。
着物を着るたび、あの日河内さんがくれた着物を思い出す。
私は河内さんと過ごした時間を、どこかで繋ぎ止めていたかった。
あの人への想いを、消したくなかった。
だからこそ、北海道を選んだ。
あの雪の夜、「二人でどこかで暮らさないか」と言ってくれた場所。
その答えを、一人で探していた。
* * *
帰り道、夕暮れの商店街を歩く。
この町の人たちは優しい。
誰も私の過去を知らないし、詮索もしない。
ただ「藤田さん」として接してくれる。
それがありがたかった。
信号で足を止める。
向こうから子供を連れた夫婦が歩いてくる。
幸せそうな笑顔。
私も、もしかしたら……。
もし河内さんと一緒にいられたら、こんな未来もあったのかもしれない。
でも今更、そんなことを考えても意味がない。
私は河内さんを裏切って逃げた。
もう戻れない道を選んでしまった。
それでも――
「河内さん……」
名前を呟くだけで、胸が苦しくなる。
愛してる。
今でも、ずっと。
「優美」
突然、名前を呼ばれた。
その声に心臓が止まりそうになる。
知っている声。
忘れるはずもない声。
恐る恐る振り返る。
そこに立っていたのは――
河内さんだった。
前よりさらに鋭さを増した彼が、私を真っ直ぐ見つめている。
スーツも、身のこなしも、すべてが以前より洗練されていた。
でも、その瞳だけは変わらない。
いや……変わっている。
「河内さん……」
その瞳は私をまるで憎んでいるかのような、でも愛情も感じられるものだった。
「やっと……見つけた」
私は立ち尽くしていた。
その時通りすがった自転車に軽くぶつかって転びそうになった。
河内さんに受け止められた。
バッグから帛紗入れが落ちた。
「……茶道続けているのか」
低い声に体が強張った。
「三年間……ずっと探していた」
私を受け止めた手に力が込められている。
「なぜ……なぜ俺に何も言わずに消えた」
その声には怒りと悲しみが混じっていた。
「どれだけ……どれだけ心配したと思っている」
私は何も答えられない。
答える資格がない。
私がこの人を傷つけたんだ。
「河内さん……」
やっと声が出た。
「もう……社長になられたんですね」
河内さんの表情が一瞬緩んだ。
でもすぐにまた険しくなる。
「そんなことはどうでもいい」
「俺にとって大事なのは……」
人目も憚らず、私はそのまま河内さんに抱きしめられた。
「お前だけだ」
商店街の夕暮れの中、時が止まったようだった。
私たちの間に流れる三年という時間。
それでも変わらない、この人の想い。
そして……変わらない私の気持ち。
でも、私にはもう、この人の隣にいる資格があるのだろうか。
私は、北海道に住んでいる。
不動産会社で事務員として働いている。
「藤田さん、この契約書の件で確認があるんですが」
「はい、すぐに確認いたします」
頼まれた資料を手際よく整理する。
この三年で、私は変わった。
自分の意見をちゃんと言えるようになったし、仕事でも評価してもらえている。
「藤田さんって、しっかりしてるよね。頼りになる」
上司にそう言われるたび、少しずつ自信がついてきた。
でも――
心の奥には、いつも罪悪感があった。
河内さんを一人にして逃げた自分への自責の念。
そして、河内さんへの申し訳なさ。
* * *
仕事を終えて家に帰る途中、ATMで通帳記入をした。
今月の給料が入っている。
私はそこから数万を別の口座に振り込んだ。
借金の返済。
三年間、一度も欠かしたことがない。
これが私と河内さんを繋ぐものだった。
河内さんは元気でいるだろうか。
会社はうまくいっているだろうか。
私のせいで、何か困ったことになっていないだろうか。
毎日毎日、そんなことばかり考えていた。
* * *
週に一度だけ、茶道教室に通っている。
「藤田さん、お点前がとても上達されましたね」
「ありがとうございます」
河内さんが教えてくれた茶道。
あの時の彼の手つき、優しい眼差し。
すべてが遠い記憶のようで、でもとても鮮明に残っている。
茶碗を手に取るたび、あの人の温もりを思い出す。
着物を着るたび、あの日河内さんがくれた着物を思い出す。
私は河内さんと過ごした時間を、どこかで繋ぎ止めていたかった。
あの人への想いを、消したくなかった。
だからこそ、北海道を選んだ。
あの雪の夜、「二人でどこかで暮らさないか」と言ってくれた場所。
その答えを、一人で探していた。
* * *
帰り道、夕暮れの商店街を歩く。
この町の人たちは優しい。
誰も私の過去を知らないし、詮索もしない。
ただ「藤田さん」として接してくれる。
それがありがたかった。
信号で足を止める。
向こうから子供を連れた夫婦が歩いてくる。
幸せそうな笑顔。
私も、もしかしたら……。
もし河内さんと一緒にいられたら、こんな未来もあったのかもしれない。
でも今更、そんなことを考えても意味がない。
私は河内さんを裏切って逃げた。
もう戻れない道を選んでしまった。
それでも――
「河内さん……」
名前を呟くだけで、胸が苦しくなる。
愛してる。
今でも、ずっと。
「優美」
突然、名前を呼ばれた。
その声に心臓が止まりそうになる。
知っている声。
忘れるはずもない声。
恐る恐る振り返る。
そこに立っていたのは――
河内さんだった。
前よりさらに鋭さを増した彼が、私を真っ直ぐ見つめている。
スーツも、身のこなしも、すべてが以前より洗練されていた。
でも、その瞳だけは変わらない。
いや……変わっている。
「河内さん……」
その瞳は私をまるで憎んでいるかのような、でも愛情も感じられるものだった。
「やっと……見つけた」
私は立ち尽くしていた。
その時通りすがった自転車に軽くぶつかって転びそうになった。
河内さんに受け止められた。
バッグから帛紗入れが落ちた。
「……茶道続けているのか」
低い声に体が強張った。
「三年間……ずっと探していた」
私を受け止めた手に力が込められている。
「なぜ……なぜ俺に何も言わずに消えた」
その声には怒りと悲しみが混じっていた。
「どれだけ……どれだけ心配したと思っている」
私は何も答えられない。
答える資格がない。
私がこの人を傷つけたんだ。
「河内さん……」
やっと声が出た。
「もう……社長になられたんですね」
河内さんの表情が一瞬緩んだ。
でもすぐにまた険しくなる。
「そんなことはどうでもいい」
「俺にとって大事なのは……」
人目も憚らず、私はそのまま河内さんに抱きしめられた。
「お前だけだ」
商店街の夕暮れの中、時が止まったようだった。
私たちの間に流れる三年という時間。
それでも変わらない、この人の想い。
そして……変わらない私の気持ち。
でも、私にはもう、この人の隣にいる資格があるのだろうか。
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