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4章 商人ピエールの訪れ

67.偵察

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多くの人々が行き交う商店街の裏道を2つの影が通り過ぎた。


「自分のペースで良いから焦らず進もう」


「分かった」


その影とは街の偵察に来たスーとラウトのものだ。
まだ気配を消しながらの高速移動は難しいスーは、ときどき立ち止まって呼吸の乱れを整える。
魔法を使用しながらの移動には集中力が必要なため、いつも以上に体力が奪われるのだ。

一方、その後ろを追うラウトは涼しい顔をしてついていく。
ラウトも同じように気配を消して移動しているのだが、熟練度がまるで違う。
付け加えると、ラウトは空間魔法で周囲の空間ごと隔離するという離れ業で気配を消している。
この状態だと、たとえラウトに接触しようとしてもすり抜けてしまう。
これなら魔力探知さえ欺ける。


それはともかく、今向かっているのは貴族や大商店の経営者などが住む、いわば高級住宅街のようなところだ。

そこはこの街でも特に金回りが良い。なので自ずとここには商人や情報も集まってくる。

俺たちは一際大きな建物の屋根に飛び乗り、天窓からこっそりと中の様子を伺う。

ここは装飾品を扱う店で、インテリアからアクセサリーまで何でも揃う。
だが、値段が非常に高いので一部の富裕層にしか入ることが許されない店でもある。


「例の物は用意できているかね」


「はい、こちらに」


ちょうど歳を召した老人の男が宝石を買おうとしてるところだった。
キラキラとした派手なネックレスや見るからに高そうな指輪など、どれも女性が好みそうな物ばかりだ。


「スーはいつも偵察する時、どうやって情報を得てる?」


スーは少し考える素振りをしてから口を開く。


「普通は会話を盗み聞いたり、隠れて見てる」


スーの言うそれは最も基本的な方法である。
もちろんそれも大事だが、情報は会話や目に見えるものでないこともある。
いや、むしろそうでないものの方が多い。


「スーはあのお爺さんが買う物を見て何か変に思わない?」


俺が問うとスーは一生懸命に変なところを探す。


「分からない」


「まあ、最初のうちは分からないよね。まず、あの人が買ってる物って、自分でつけると思う?」


スーはお爺さんの手にあるネックレスや指輪を見て首を振る。


「つけないと思う」


「じゃあ、何のために買うのかって所を考える。最初に考えられるのは誰かに買ってこいと指示されている可能性」


「貴族の召使い?」


「そうだね。でも、召使いなら主人の家の者だと分かる服装なはずだけど、あの服は市販のローブに見える。恐らく商人か一般人と考えるのが自然だね」


「なるほど」


「さらに、お爺さんが買ったものの中に明らかに他のものとは違うものがあるでしょ?」


「魔石?」


スーは正解を口にする。
お爺さんの買った物はどれも装飾品ばかりなのに、一つだけ大きめの魔石が入っていた。

魔石というのはダンジョンで稀に手に入る魔力を溜め込んだ水晶のような石のことだ。
魔石は主に魔導具に魔力を供給するのに使われるが、今回、気にすべきはそこではない。
魔石には大きな特徴がある。
それは魔物を引き寄せる事だ。
今はケースのような物に入っているので、魔力は感じられないが、一度、ケースから出したら近くにいる魔物が魔力を感知して寄ってくるだろう。
魔石も小さな物なら大した影響はないが、大きいものになるとより広範囲のより強い魔物を引き寄せる。
お爺さんが持っている魔石なら半径5キロ位の範囲の魔物を引き寄せることができるだろう。

俺もダンジョンにいた頃に飽きるほど見てきたが、魔物が光に集まる虫のように、大きな魔石に群がっていた。
俺のアイテムボックスにたくさん入っているあのダンジョンの魔石には及ばないが、それでもあれだけ大きければ相当な魔物が集まってくるだろう。


「あの魔石のサイズからして、魔導具の使用が目的ではないはずだ。そんな物を一般人や商人が買うのはおかしい」


「確かに、ラウト様の推理すごい」


スーが尊敬の眼差しを向けてくる。
だが、これは単なる観察眼だ。
この情報をどう活かすかが最も大事なのだ。

確実な情報が得られたわけではないが、どうやら何か裏で動いている気がする。
不動産屋の落ち着いた件といい気になる。


「他の場所にも行ってみよう。何か分かるかもしれない」


「分かった」


俺たちは新たな情報を求めてその場を後にした。
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