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69マルティーン司令官

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 マルティーンは、
亜人協力国神降臨街において軍事教育を受けたのであったが、
最初教わった内容は、
これから支給される武器の威力と扱いであったために、
今のサンビチョ州軍にとっては、参考となる内容とは思えなかった。

しかしながら、軍人の義務を講習されたときに、
仲間を見捨ててはいけないとの内容には心を打たれていた。

 二か月延期講習を追加された時から、支給される武器の扱いと、
その運用において多くの戦術を説明されたが、
マルティーンが最も驚いたのは、戦術的な用兵方法と情報収集偵察であった。

「情報を制する者は、戦いを制する。」
と、感銘の言葉に同意させられた。

 偵察は勿論イの一番に大事であったし、当たり前だと思っていたことが、
動く絵によって、いろんな偵察報告伝達方法例があることを知らされた。

指揮官は、常に敵味方兵の動きを早く知った方が、
戦いでは優位に立てるとの事を、伝達方法で再確認させられた。

 伝達方法は、歴史的古い順に紹介されたが、
理解できたのは狼煙だけであった。

 動く絵による短い時間であったが、旗を振る場面があった。
あれが伝達方法であるならば、
伝令時間の短縮が可能ではと、マルティーンの心に残ったが、
旗を振る場面の内容と応用説明はなかった。

 この軍事教育において、亜人協力国に対しては、
よっぽどの乱戦にならない限り、この大陸軍の剣も槍も、
ましてや楯など無用であることを知らされた。

 その乱戦になる前に、
すべての戦いは、終わっているであろうし、百倍の兵を持ってしても、
亜人協力国軍には、敵は誰一人として近寄れないだろう。

 亜人協力国での講習期間中は、
軍事教育受講者は毎日食堂へ行くが、毎回の食事は豪華であるうえに、
種類も豊富であったので飽きることなどはなかった。

 マルティーンは講習最後の日に、亜人協力国での最後の食事なので、
近頃食べ比べた中で一番お気に入りである、
いろんな肉を混ぜたハンバーグシチューを二人分注文した。

 手には二人分のハンバーグシチューを持って席を探すと、頭を消し去り、身を鎧事二つにしてしまう噂の教官たちの席周りがすいているので、
マルティーンは、勇気をもって隣席についたが、
教官たちは聞いたことない言葉で話をしている。

講習で教わった暗号会話であろうかと思い、
この人たちはいろんな知識を持っているので、
高度の教育を受けたのであろうとも思えた。

 マルティーンは疑問に思っていたことを訪ねる事にした。

「食事中に申し訳ありませんが、教えてほしいことがあります。宜しいでしょうか。」
と勇気を振り絞って頭を下げると、
「いいですよー。このテーブルに座ってください。」
と、若い噂の鬼神教官は、満面の笑顔で空いている席を開いてくれた。

 マルティーンは、鬼神とも恐れられている教官殿からの、
屈託のない笑顔と優しい言葉に驚いた。

「食事をしながらでよいので、聞きたいことを仰ってください。
我々も遠慮なく、食べながら聞かせていただきます。」

 亜人協力国においては、みんなが個人の尊厳をもち、
平等であるとの事をマルティーンは実感させられた。

「伝達方法において、赤の旗と白の旗を持った人が、
旗を振り回しているのを見ましたが、あれも伝達方法ですか?」
三人の教官殿同士で顔を見合わせているが、知らないようである。

「それは手旗信号だよ。」
と後ろから来た、きれいな娘を連れた二メートル巨漢の元帥様であった。

トーマス元帥は席に座ると、
「我々の故郷での、旗を使っての伝達方法は、
今はもう使われなくなった古い伝達方法である。
旗の位置を一つ一つ変えながら、目視できる範囲で言葉にしていたようだね。
今では、誰も手旗信号処理はできない。 
俺らは、音を出したくないときに、腕と指で簡単な合図を送るぐらいだ。」
と言って、腕と指で四人は通訳入りで会話しだした。

「有難うございます。研究してみます。」

 マルティーンは、旗の位置を頭に描きながら、
夢中で二人分の食事を食べ終えた。

 マルティーンは砦が丘街に帰り、講習を受けた暗号化の基本と、
腕と指で会話した教官たちの事を思い出しながら、
手旗信号の言葉を組み立てた。

 砦の防衛においても、講習を受けた兵の活用を参考に、
手旗信号にて兵を動かす訓練を毎日行った。

 北側の狼煙台から敵の来襲を知らせる煙が上がり、
直ぐに砦からも狼煙を上げて後方の狼煙台に伝達した。

 マルティーンは、敵の規模を知るために直ぐに偵察隊を向かわせた。

偵察隊の報告では、二万予の兵力とのことなので、
エミューに乗った三人の伝令をサンビチョ州都に向かわせた。

 援軍が来るのは早くても七日後であろう。
準備なされてなければ十日はかかるであろう。

 砦が丘街守備隊千五百に対して、
カントリ国軍は、丘の上に陣を構えて三方に展開したが、
三ヶ所の囲い陣は、其々が五千の兵のようである。

 一方面だけを開けるのは、
神降臨街での講習において教えられた戦術である。

 逃げ道を開けておくと、守る方は心理的に逃げ出したくなり、
戦う意欲が落ちるとの教えであった。

しかしながら、カントリ国軍は、二万の軍勢であるはずが、
砦が丘街の周りに展開している兵の数は一万五千だけである。

 マルティーンは、残りの五千は、逃げ道に伏せてあるのだろうから、
街のみんなと守備兵には、伏兵の可能性があると伝えた。

 情報の共有化を図ったのは、
やはり講習時に念を押された戦う目的の共有化と、
最悪の場合の注意事項である。

 カントリ国軍に展開後の動きがないのは、
神降臨街での講習において教えられた恐怖心を膨らます心理戦であろう。

 カントリ国軍が砦丘街に現れて、二度目の朝が訪れた。
カントリ国軍で慌ただしい動きが見えるのは、砦への攻撃の前兆である。

 カントリ国軍の伝令は、防壁近くまで来て投降を勧告したが、
守備隊側は、多数の矢を送って、伝令をハリネズミにして返事をした。

 カントリ国軍の各包囲軍半数七千ずつが、
多くの矢と共に三方から砦が丘街防壁に取付いてきた。
だが、マルティーン等砦丘街軍の奮戦により、
太陽が真上に来た頃には、
攻め寄せたカントリ国軍は、かなりの被害が出たためか諦めたようである。

 三度目の朝、
攻め寄せるカントリ国軍は、今度は一方向からの密集攻撃に変えたようで、さらに集中的に、一ヶ所の守り場所に多くの矢を絶え間なく降り注ぎ、
連続した突撃攻撃に対して、防衛線が耐えられなくなりそうなので、
マルティーン守備隊長は、
撤退の意味である、砦中央の柱に赤と白の旗を上下に掲げた。

 砦が丘街軍にもかなりの負傷者が出たが、
仲間を見捨てないことを訓示してあったので、
撤退してきた兵は、一人も置き去りにすることなく砦の防壁壁に戻ってきた。

 四日目の朝、夜通しの攻撃であったが、
砦が丘街防衛隊においては、戦意はまだ落ちてないようである。

絶え間ない敵の矢と突撃攻撃に、
防衛隊にもかなりの負傷者が出て、兵の配置移動に支障が出始めた頃、
敵が密集している所で爆発が起きた。

 まさか、マルティーンは、援軍がこんなに早くは無理だろうと思ったが、
それでも淡い期待だが、亜人協力国の援軍であるならば、
移動魔法を持っているとの噂が本当ならば、可能ではないかとの思いで、
宿舎の屋根に設置した番所へ急ぎ駆け上ったが、
周りを見渡しても何も確信できなかった。

が、すぐに森の影から土埃が立ち上がると、
ホコリの中に後光が差しかかりだしたのではと思えた。

 土埃の中から、
亜人協力国で機動車輌と呼ばれていた二台の荷車が現れると、
後ろから騎馬隊と呼ばれるエルフ戦士たちも現れた。

 マルティーンは、天を仰ぎ、
「ガイア様の加護を受けました。感謝します。」
と、宿舎の屋根に設置した番所で跪いた。

 機動車輌と呼ばれていた二台の荷車からの攻撃は凄まじく、
密集していた場所から次々とカントリ国兵の集団が消えていく。

 騎馬隊は、千人の隊列を組んだカントリ国兵へ向かい、
爆破された本陣跡を目指しているようである。

 千人の隊列に突っ込んだエルフ騎馬隊は、
抵抗されることなく千人のカントリ国軍勢を二つに割り開き本陣跡に着いたが、
エルフ騎馬隊は、炸裂された後には何もないのを確認したのか、
再び二つに割れ分かれた軍勢に向かった。

エルフ騎馬隊攻撃はすさまじく、多くの負傷者や遺体を残して、
カントリ国軍勢は逃げ始めた。

 騎馬隊は、逃げるカントリ国兵には構わずに砦の方へ向かってくる。

 騎馬隊の過ぎた後には、見捨てられた多くのカントリ国兵は、
横たわったまま残されている有り様である。

騎馬隊は、砦に取り付いて攻撃しているカントリ国兵を、
銃と呼ばれている鉛の矢を浴びせ始めた。

 砦の防壁沿いの下には、
多くのカントリ国兵は、重なり合って倒されている。

 五人のエルフ戦士が防壁下から、上に向かってロープを投げ上げた。

 ロープには五つの革袋を結んであり、
中には各多種多様なエルフの万能回復薬と傷薬が入っていた。

五つの革袋の中身は、金額にすると領地をも買える額であった。

 ひとりでに動く大きな荷車に満載された食料の横で、
人種に守られた猫亜人は、
砦の丘街住民に食事と食料を配布しだすように用意しているが、
さすがにみんなは、初めて見たであろう猫亜人に近寄れないようである。

「ありがとうご座います。私にも美味しそうな食事をください。」
と言って、
マルティーンが食べ始めると、カントリ国兵からの攻撃中は、
砦の丘街住民は、食事の暇もなかったのであろう。
みんなは空腹なのか、初めて見る異種族に不安げながらも急いで並び始めた。

 守備隊長マルティーンは、猫亜人から届けられた食事中に、
亜人協力国の司令官からの呼び出しで出頭すると、
そこには神降臨街の食堂でお会いした、鬼神と呼ばれているビリー教官殿であった。

「お久しぶりでございます。援軍ありがとうご座います。」
「マルティーン守備隊長。久しぶりだな。」

「この度はかなりの強行進軍であったと聞きました。
おかげで負傷者が少なく済みました。ありがとうご座います。」

「千五百名でよく持ちこたえていただき、こちらこそありがとう。
提督閣下より鱗の甲冑と剣が届いている。
マルティーン隊の兵にも、もう少ししたら鱗甲冑が届くだろう。
マルティーン隊長にもこの剣だけでなく、
その時には、魔物尾刃剣も来るだろう。」

 司令官の言葉に、マルティーンには返す言葉が出なかった。

 神降臨街の武具職工にあった鋭い剣を見て、
ほしいと思ったが高くて手が出なかったが、
その剣が目の前にあるだけでなく、魔物から作られた鱗甲冑まであるのだ。

 更にマルティーンの指揮する隊にまで鱗甲冑が届くとの事で、
その時に勇者の剣をもいただけるとの言葉に、
感動してしまい返答ができない様子である。

「どうした。うれしくないのか?」
「嬉しすぎて言葉が出ませんが、涙だけが出て止まりません。」
「今回の防衛で市民を守った事は、大きな功績なのだ。誇ってよいことだ。」
「有難うございます!」

「もう一つ指令があるのだ。
こちらはあまりいい話ではないかもしれないので、
マルティーン守備隊長は、断る事ができる。」
「今は、どの様な命令であろうと、火の中にでも飛び込めます。」

「マルティーン守備隊長は、サンビチョ州の指揮から離れて、
提督閣下の直属になる。受けますか?」
「受けさせていただきます。ぜひ受けさせてください。ガイア様に誓って閣下に忠誠を誓います。」

「任務は、過酷であるぞ。」
「望むところです。」
「では任務を伝える。
カントリ国兵は、退却する際、
家屋に火をつけて、すべての橋を落としてしまい、
避難民が川のそばに集落を作って生活しているらしい。
猫亜人と聖騎士団が援助食糧を配給する予定だが、
その護衛と治安維持である。」
「必ず遂行します。」

「兵はどのくらい必要ですか?」
「配下の兵で頑張ります!」
「それだけでは無理であろう。五千の兵を与える。そして護衛と治安維持遂行においては、全ての権限を与えるとの、閣下の指令である。」

 司令官殿はサラリと言っているが、
かなりの責任が伴う自己判断を迫られる任務のようであるとの思いで、
マルティーン守備隊長は身震いした。

「全責任をもって、任務を果たします。」
「では、無線連絡機の使い方は知っていますか?」
「講習で機能は教わりましたが、使い方は教えていただいていません。」

 そこに、ポール教官が入ってきた。

その教官殿は、神降臨街の食堂で、
マルティーンを自分達のテーブルに呼んでくれた人であったと気が付いた。

「司令官。ようやくサンビチョ州兵が付きましたので、
ヤンとホルヘを向かわせました。」
「ポール参謀。閣下直属のマルティーン司令官に、
無線の使い方を説明してください。」

 マルティーンは、
いつの間にか自分は、司令官と呼ばれていることに驚いた。

「了解しました!」
と言ってポール参謀は、マルティーンの前にある鱗甲冑の兜を手に取り、

「閣下直属の司令官殿。兜をかぶってください。」
 とマルティーンに兜を渡して、着用させた。

「コーA.I、閣下直属の司令官殿に、機能を教えてやってくれ。」
「マルティーン司令官。コーA.Iといいます。誰かとの連絡を取るときは、
私を呼び出してください。」
と、聞いた覚えのある声だと感じたが、マルティーンはすぐに思い出した。

 その声の主は、講習の時色んな説明をして、
いろんな質問に丁寧に答えていた女性であった。

 マルティーンは、
通信機能の説明においては、講習時と同じであることも思い出さされた。

「使い方を説明します。外に行きましょう。」
と、ポール参謀は、マルティーンに鱗甲冑を着用させて天幕を出た。

 マルティーンは、使い方を教わりながら、注意点を細かく指示される。

ポール参謀殿は、優しく教えながらも厳しく注意点を指摘するが、
言葉とは裏腹に顔は穏やかである。
マルティーンが納得するまで、付き合ってくれるいい教師である。

 マルティーンは厚かましいと思いながらも、
出来る事ならポール参謀とは長く付き合って、
自分よりもうんと若いが、友達にもなりたい人であると感じていた。
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