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付き合う前
出会い1 (東雲サイド)
しおりを挟むそいつを初めて見たのは、大学の選択授業だった。
遠目に見たそいつが、友達らしき相手にきゃんきゃん噛み付く様子が面白くて、思わず口元に笑みが浮かんだ。そしてそのことに気づいて驚いた。
人前で作り笑いでなく笑うのなんて、いつぶりだっただろう。
どう言ってもどうせ自慢にしか聞こえないだろうから率直に言うが、俺は昔からモテた。幼稚園の頃から同年代の女子には数えきれないほど告白されたし、成長するにつれ俺をそういう目で見る大人の女も増えていった。
そんな中で、礼儀正しく誰にでも優しいという仮面は、自分を守るのに必須のものとなっていった。
いつでも穏やかに微笑んで誰にでも平等に優しくしておけば、面倒ごとに巻き込まれる機会は大幅に減ったから。
この仮面を身につける前は、結構ひどい目にあった。
笑いたい時にだけ笑っていたら、冷たいと言われた。そんなつもりはなかったのに、自分は特別だと勘違いした女に迫られたこともあった。それを断ったら思わせぶりな態度で弄んだと悪意のある噂を流された。
別にそれで周りから人がいなくなることはなかったが、その代わり自分だけは俺のことをわかってる、と主張してまとわりつく女や、好きだった女に俺が笑いかけたせいで見向きもされなくなったと騒ぐ男が出てきて非常に鬱陶しかった。
そんな面倒ごとも、誰にでも平等に接して、いつでも薄っぺらい笑みを浮かべている内になくなっていった。
正直そんなのは本来の俺のキャラじゃないし、なんで俺がこんなに我慢しなければならないのかとイライラしたが、他にいったいどうすればいいのかわからなかった。
そんなわけで、俺には笑いたくもないのに笑って、内心うんざりしている相手にも我慢強く付き合う習性が身に染み付いていた。俺にとって、笑顔はただの身を守る仮面にすぎなかった。
だから『思わず自然と笑ってしまう』なんてことは、本当に珍しかったのだ。
本当の感情を隠して生きている俺にとって、気持ちをそのまま面に出しているようなそいつの態度は眩しすぎた。
気がつけば、いつでもそいつの姿を探していた。
本当はずっと眺めていたかったけれど、そんなことをすると常に俺の周りを取り囲んでいる奴らが勘ぐって何をするかわからない気がして、こっそり聞き耳を立ててはそいつの声を拾い、何気ない振りをして教室を見回しては、その姿を目に焼き付けた。
会話から、そいつが藤堂と呼ばれていることを知った。
そいつが欠席した日は落ちつかなくて、翌日寝坊で欠席したんだと話しているのを聞いては勝手に腹を立てた。
日ごとに、そいつの存在は俺の中で大きくなっていった。
けれど、自分から声をかけて親しくなる、という選択肢は俺にはなかった。
俺が興味を持つと周りの奴らが嫉妬して、結果的に相手に嫌な思いをさせる、ということが過去に何度もあったから。
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