ARROGANT

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翌月曜日

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 当然、碌に寝られずに原田は朝5時には諦めてバスルームを出た。
 布団を抱えてベッドルームに戻るとさすがに君島もかなり大人しくはなっている。大人しく、目を閉じたままぶつぶつと何かを語っている。
 しかし当然、原田はこの程度のノイズでも寝られない。

 もういまさら寝る気はないからどうでもいい。どうせ日頃から睡眠時間は短い方だ。まだ外は暗いけど散歩でもしようかな。
 そんなことを考えながらジャケットを拾い、ふと気付いた。

 ずっとたばこを吸ってない。だいたい持ってきてない。
 え?いつから吸ってないんだ?昨日は吸ってない。そんな余裕はなかった。その前は?その前?


 ……あれ?


 原田は頭を掻いて考えたが、どうも時間の感覚がおかしくなっていて一昨日などは何日も前のような気がしている。一週間前など何か月も前のような気がしている。

 だから、必然的に長期間の禁煙に成功したような気がしている。
 そんな気がした途端に吸いたくなる。

 喫煙歴は長いのだがヘビースモーカーではない。吸うなと言われれば恐らく何日でも吸わずに過ごせる。ただ、気付けば吸いたくもなる。

 久しぶりに吸いながら寒い田舎を散歩でもするか。
 そう思い立って原田はジャケットを羽織って部屋を出た。



 昨日降った雪は車道には残っていない。
 しかし舗装されていない、人が通らない道や敷地はまだらに白く凍ったまま。
 誰もいないまだ暗く冷え切った山間の何もない田舎を、原田はたばこを吹かしながら霜柱を踏んでざくざくと歩いている。
 ホテルの裏に湖があり、日の出がきれいだとフロントに聞いた。温かいコーヒーも買ってそこに向かっている。

 まだ今回の事件を振り返る気にはなれずにいる。
 まだ健介を連れて自分の家に戻っていないから、終わった気がしない。
 ここで終わったと考えて気を緩めるとまた健介を奪われそうな気がする。
 余計な思考を追い出すために原田は歩いている。
 久しぶりのニコチンで身体が痺れて冷える。
 徐々に明るくなる足元を見ながら、たばこを吹かしながら、原田はざくざく歩き続けた。


 湖に到着し、日が昇り始め、黙って立っているのも寒いので周囲を巡る。
 薄く雪を被った常緑樹が朝日を浴びてきらきら光る。
 寒い中、水鳥が一羽湖面の対岸をゆっくりと移動している。
 静止画のような風景の中、原田の歩く音だけが冷えた空気に響いている。
 その音だけを聞いて原田は歩き続ける。


 そしてしばらくして携帯が鳴った。見ると、君島から。
 なんとなく癖で、無視した。しかし留守録に回されてもしつこく掛けてくる。
 あ。いや。そういえば今は平常時ではなかったな。と思い直し、三度目で出た。

『どこに行ってんの!何時だと思ってんだよ!朝食の時間決めてただろ!』
 君島に怒鳴られた。朝っぱらから甲高い声が頭に響く。耳から電話を離して応えた。
「まだそれほどでも、」
 そこまで言って、携帯の時間の表示を見て驚いた。
「うわ。8時か。いつの間に」
『いつの間にじゃないよ!今どこ!』
「湖」
『何言ってんの!』
「すぐ戻る」
『走って来い!』
 全部を聞かずに通話を切った。
 そして当然走る気はない。

 ホテルに着いた時はもう9時を過ぎていた。
 君島も朱鷺母も当然朝食を済ませていたので、慌てて一人で三階朝食バイキングレストランに駆け込んだものの、トレーを持ってから食欲がないことに気付いた。
 ここしばらく朝食を取らない生活を送っていたせいで習慣になってしまっている。
 和・洋・中の料理が様々並んでいるが、文字通り食指が動かない。
 ぐるりと一通り回って、クロワッサン一つとスクランブルエッグ一塊を皿に乗せ、コーヒーをもらってテーブルに着き、2分程度で平らげて席を立った。

 急いでいたせいもあるが、原田は日頃からまるで周囲に関心を持たない性格なので、すれ違いざまに振り向かれたりちらちらと視線を送られていることには一切気付かなかった。


 部屋に戻ると朱鷺母が椅子に座っていて、ベッドに座る君島と話している最中だった。

「原田君もお風呂に行ってたの?」
 振り向いた朱鷺母に訊かれ、原田は首を振る。
「あら。朝の6時から女風呂と男風呂が入れ替えになるのに。露天から日の出が見えたわよ」
「僕は昨日夜空見上げて入ってました。雪も降って風流だったよ」
 君島が応える。
「薬草風呂があるのよね。私あれが好きなのよ。さっきもぎりぎりまで入ってたわ」
「僕はダメだなぁ。臭いじゃないですか」
「あれがいいのよ!」
 原田は特に温泉めぐりの趣味もないので会話には加わらない。

「ところで病院までどうやって行こうか相談してるんだけどね」
 君島が原田に言った。
「タクシーしかないんじゃ?」
 原田は朱鷺母に訊いた。
「私の車を鷹村家に置いたままなのよね。だから私は車を取ってから病院に行きます」
 朱鷺母の説明に原田が頷くが、君島が付け加えた。
「でもね。僕、浩一と一緒にタクシーで病院に行きたくないんだよ」
「何?」
 原田が若干不愉快な声で訊き返した。

「昨日の帰りでもあの騒ぎだったんだよ?今日はさらに増えてると思うんだよね」
「ああ、あの、出待ち?」
 朱鷺母が疑問形で応え、君島が続ける。
「今日は入り待ちになりますね」
「増えてるかしら?あれは何なの?」
「浩一が高速で何かやったらしいです」
「何をやったの?」
 朱鷺母に訊かれたが、原田は首を振って応えた。
「何もしてないです」

「とにかく、浩一がいると僕も巻き添えを食うから嫌だ」
 君島が冷たく言い放った。
「じゃあ別の車で行ったらいいだろ」
 原田が喧嘩腰で言い捨てると君島がさらに原田を怒らせた。
「浩一、行かなくてもいいよ。僕が健介引き取ってくるよ」
「じゃあ俺はどこにいろっていうんだ」
「ここにいれば?」
「もうチェックアウトするだろ」
「ロビーで待ってれば?」

 言い争う二人を笑って眺めていた朱鷺母が、提案した。


「じゃあ、原田君に車持ってきてもらおうかしら?私と秋ちゃんで病院に行けばいいじゃない?」


 あっさり、問題は解決した。
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