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翌月曜日
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原田と健介が眠りこける車の後部座席に君島も乗り込む。
助手席の榎本が後ろの君島に話しかけた。
「浩一君の家にはね、もうそんなに捜査員は残ってないんだ。私たちが戻ったらみんな引き上げることになる」
「はい。ありがとうございました」
「いや、そういう予定で私も署を出てきたんだけどね」
「はい」
「家の前があんな状態だとは思ってなかったんだ」
「え?」
「テレビで見て知ってはいたんだけど、あそこまで大人数とは思わなかった」
「そんなに?」
「別に危害は加えないだろうけど、もし不安なら制服の二三人でも置いて行こうか?」
君島は笑った。
「必要ないですよ。浩一もどうせこの後三日は起きないし、僕らも外出しなければそのうちいなくなります」
「三日起きない?」
「そういう体質なんです」
「変わってるなぁ」
「そうですね」
そんな会話をしているうちに、坂道に差し掛かる。榎本が自宅待機組に電話を掛けた。
「そろそろ着く」
そして車がカーブを曲がりきると、道の両端にカメラを構えた人間が現れ始めた。
気付いた君島は顔を伏せるが、反対側の窓に寄り掛かって寝ている原田はいい餌食になっている。
「この車出した時点でバレバレですよね。全然頭よくなかったですよね」
運転している警官が間断なく浴びせられるフラッシュに焦る。
「いえ、最善策だと思います」
寝ている健介の頭を抱き寄せて、俯いたまま君島が言った。微動だにしない原田には、自分のコートを被せた。近寄る人間が多すぎて車は徐行を余儀なくされている。やっと開かれたガレージが見えてきた。しかしそこにももちろん多数のカメラ。それを二人の警官が追い払っている。
「頭から突っ込みます」
「それしかないだろ」
警官と刑事部長が短く会話し、やっと車は入庫してシャッターが閉められた。
門や格子状シャッターの向こうからも点滅するようにフラッシュが光る。
運転席を降りた若い警官が急いで後ろのドアを開けて再び原田の身体を引き摺りだそうとする。ガレージを閉めた警官たちがそれに気付き、一人はそれを手伝い一人はその様子が外から見えないように盾になる。
ぐったりと目覚めない原田の大きな身体が引き摺りだされ、それを横で見ていた榎本が落ちそうになっている原田の眼鏡を外そうと手を伸ばした。
片手で原田の眼鏡を取り上げ、そしてその寝顔を見下ろして、榎本は微笑んだ。
それに気付いた警官が、どうなさったんですか?と問うと、榎本は応えた。
「似てるなと思ってね」
重いシャッターの音が大きくて、健介は目覚めた。
そして、正体なくぐったりした父が大きなおじさんたちに荷物のように連れて行かれる様を見て、地獄に突き落とされるほどの衝撃を受けた。
どうして、何これ、何があったの、父さんに何があったの、どうしたの父さん、
大慌てで車を転げ降りて、立っていた君島に縋り付いた。
「と、と、父さん、父さんが、」
「ああ、健介、起きたんだ?」
「父さんは、父さん、」
「浩一、寝ちゃってね。運んでもらってる」
「ね、寝ちゃった?」
「重いからねー。あんな大きなおまわりさんでも二人がかりだよ」
「そうなの?なんでもないの?」
「寝てるだけだよ。死んでないから心配いらない」
「死んでない?」
「死んでないねー。寝てるだけだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
その健介の様子も、榎本は微笑んで眺めている。
すごいな。あんな大きな息子がいる。父親を心配するあんな息子を持ってる。
俺の息子はやっと大学を出たばかりだっていうのに。
すごいな、原田。
「あのおじさんは、誰?」
健介が、不気味に微笑む榎本をこっそり指差す。
「ああ。榎本刑事部長。今回すごーくお世話になったんだ。健介も後でお礼を言わなきゃいけないよ」
「お世話?」
「警察で全面的に僕らの味方になってくれたんだ。だからお前は助かったんだよ」
「そうなの?」
「うん。あの人がいなかったら、どうなってたかわからない」
「そう、なんだ?でもなんで?なんで味方になってくれたの?」
君島が、一度榎本に目をやってから健介を見下ろして、言った。
「榎本さんは、浩一のお父さんの友達だったんだよ」
君島を見上げた健介が瞬きをする。
「父さんの、父さん?」
「そう。健介にはお祖父さんってことになるのか」
「お祖父さん?」
「そう。お祖父さんの、友達」
「友達?」
「お祖父さんもね。父さんの父さんも榎本さんと一緒でね」
「え?」
「浩一のお父さんも、刑事だったんだ」
初めて聞く話に健介は驚く。
「……刑事?おまわりさん?じゃ、ここで一緒に?」
「ここ?ここじゃないね。僕も浩一も生まれは横浜だから、向こうの県警か警視庁か」
「秋ちゃん、会ったことあるの?」
「ないよ。浩一のお父さんは浩一が子供のうちに亡くなったからね」
「亡くなったって、死んだってこと?」
「そう。浩一が今の健介より小さい頃に死んでる」
「そうなの……」
原田はとっくに中に運び込まれて、玄関には誰の姿もなくなった。
何もない玄関を見ながら、君島は小さく付け加える。
「そう。浩一のお父さんは、事件の現場で亡くなったんだ」
そして目を伏せて、君島は続けた。
「だから多分、浩一は警察が嫌いなんだ」
「……そう、なの?」
「浩一に直接聞いたわけじゃないから知らないけどね」
君島は、笑った。
「僕と浩一はほとんど情報交換しないから共有データが本当に少ないんだよね。でもお互いの秘密は結構押さえていると思うよ」
押さえているという事実もその内容ももちろん秘密だけどね、とまでは口にしなかった。
助手席の榎本が後ろの君島に話しかけた。
「浩一君の家にはね、もうそんなに捜査員は残ってないんだ。私たちが戻ったらみんな引き上げることになる」
「はい。ありがとうございました」
「いや、そういう予定で私も署を出てきたんだけどね」
「はい」
「家の前があんな状態だとは思ってなかったんだ」
「え?」
「テレビで見て知ってはいたんだけど、あそこまで大人数とは思わなかった」
「そんなに?」
「別に危害は加えないだろうけど、もし不安なら制服の二三人でも置いて行こうか?」
君島は笑った。
「必要ないですよ。浩一もどうせこの後三日は起きないし、僕らも外出しなければそのうちいなくなります」
「三日起きない?」
「そういう体質なんです」
「変わってるなぁ」
「そうですね」
そんな会話をしているうちに、坂道に差し掛かる。榎本が自宅待機組に電話を掛けた。
「そろそろ着く」
そして車がカーブを曲がりきると、道の両端にカメラを構えた人間が現れ始めた。
気付いた君島は顔を伏せるが、反対側の窓に寄り掛かって寝ている原田はいい餌食になっている。
「この車出した時点でバレバレですよね。全然頭よくなかったですよね」
運転している警官が間断なく浴びせられるフラッシュに焦る。
「いえ、最善策だと思います」
寝ている健介の頭を抱き寄せて、俯いたまま君島が言った。微動だにしない原田には、自分のコートを被せた。近寄る人間が多すぎて車は徐行を余儀なくされている。やっと開かれたガレージが見えてきた。しかしそこにももちろん多数のカメラ。それを二人の警官が追い払っている。
「頭から突っ込みます」
「それしかないだろ」
警官と刑事部長が短く会話し、やっと車は入庫してシャッターが閉められた。
門や格子状シャッターの向こうからも点滅するようにフラッシュが光る。
運転席を降りた若い警官が急いで後ろのドアを開けて再び原田の身体を引き摺りだそうとする。ガレージを閉めた警官たちがそれに気付き、一人はそれを手伝い一人はその様子が外から見えないように盾になる。
ぐったりと目覚めない原田の大きな身体が引き摺りだされ、それを横で見ていた榎本が落ちそうになっている原田の眼鏡を外そうと手を伸ばした。
片手で原田の眼鏡を取り上げ、そしてその寝顔を見下ろして、榎本は微笑んだ。
それに気付いた警官が、どうなさったんですか?と問うと、榎本は応えた。
「似てるなと思ってね」
重いシャッターの音が大きくて、健介は目覚めた。
そして、正体なくぐったりした父が大きなおじさんたちに荷物のように連れて行かれる様を見て、地獄に突き落とされるほどの衝撃を受けた。
どうして、何これ、何があったの、父さんに何があったの、どうしたの父さん、
大慌てで車を転げ降りて、立っていた君島に縋り付いた。
「と、と、父さん、父さんが、」
「ああ、健介、起きたんだ?」
「父さんは、父さん、」
「浩一、寝ちゃってね。運んでもらってる」
「ね、寝ちゃった?」
「重いからねー。あんな大きなおまわりさんでも二人がかりだよ」
「そうなの?なんでもないの?」
「寝てるだけだよ。死んでないから心配いらない」
「死んでない?」
「死んでないねー。寝てるだけだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
その健介の様子も、榎本は微笑んで眺めている。
すごいな。あんな大きな息子がいる。父親を心配するあんな息子を持ってる。
俺の息子はやっと大学を出たばかりだっていうのに。
すごいな、原田。
「あのおじさんは、誰?」
健介が、不気味に微笑む榎本をこっそり指差す。
「ああ。榎本刑事部長。今回すごーくお世話になったんだ。健介も後でお礼を言わなきゃいけないよ」
「お世話?」
「警察で全面的に僕らの味方になってくれたんだ。だからお前は助かったんだよ」
「そうなの?」
「うん。あの人がいなかったら、どうなってたかわからない」
「そう、なんだ?でもなんで?なんで味方になってくれたの?」
君島が、一度榎本に目をやってから健介を見下ろして、言った。
「榎本さんは、浩一のお父さんの友達だったんだよ」
君島を見上げた健介が瞬きをする。
「父さんの、父さん?」
「そう。健介にはお祖父さんってことになるのか」
「お祖父さん?」
「そう。お祖父さんの、友達」
「友達?」
「お祖父さんもね。父さんの父さんも榎本さんと一緒でね」
「え?」
「浩一のお父さんも、刑事だったんだ」
初めて聞く話に健介は驚く。
「……刑事?おまわりさん?じゃ、ここで一緒に?」
「ここ?ここじゃないね。僕も浩一も生まれは横浜だから、向こうの県警か警視庁か」
「秋ちゃん、会ったことあるの?」
「ないよ。浩一のお父さんは浩一が子供のうちに亡くなったからね」
「亡くなったって、死んだってこと?」
「そう。浩一が今の健介より小さい頃に死んでる」
「そうなの……」
原田はとっくに中に運び込まれて、玄関には誰の姿もなくなった。
何もない玄関を見ながら、君島は小さく付け加える。
「そう。浩一のお父さんは、事件の現場で亡くなったんだ」
そして目を伏せて、君島は続けた。
「だから多分、浩一は警察が嫌いなんだ」
「……そう、なの?」
「浩一に直接聞いたわけじゃないから知らないけどね」
君島は、笑った。
「僕と浩一はほとんど情報交換しないから共有データが本当に少ないんだよね。でもお互いの秘密は結構押さえていると思うよ」
押さえているという事実もその内容ももちろん秘密だけどね、とまでは口にしなかった。
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2つ目は、「すべての教えに対する評価や取捨選択は自由とします。」
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