ARROGANT

co

文字の大きさ
80 / 194
翌月曜日

11

しおりを挟む
 原田と健介が眠りこける車の後部座席に君島も乗り込む。
 助手席の榎本が後ろの君島に話しかけた。
「浩一君の家にはね、もうそんなに捜査員は残ってないんだ。私たちが戻ったらみんな引き上げることになる」
「はい。ありがとうございました」
「いや、そういう予定で私も署を出てきたんだけどね」
「はい」
「家の前があんな状態だとは思ってなかったんだ」
「え?」
「テレビで見て知ってはいたんだけど、あそこまで大人数とは思わなかった」
「そんなに?」
「別に危害は加えないだろうけど、もし不安なら制服の二三人でも置いて行こうか?」
 君島は笑った。

「必要ないですよ。浩一もどうせこの後三日は起きないし、僕らも外出しなければそのうちいなくなります」
「三日起きない?」
「そういう体質なんです」
「変わってるなぁ」
「そうですね」


 そんな会話をしているうちに、坂道に差し掛かる。榎本が自宅待機組に電話を掛けた。
「そろそろ着く」
 そして車がカーブを曲がりきると、道の両端にカメラを構えた人間が現れ始めた。
 気付いた君島は顔を伏せるが、反対側の窓に寄り掛かって寝ている原田はいい餌食になっている。

「この車出した時点でバレバレですよね。全然頭よくなかったですよね」
 運転している警官が間断なく浴びせられるフラッシュに焦る。
「いえ、最善策だと思います」
 寝ている健介の頭を抱き寄せて、俯いたまま君島が言った。微動だにしない原田には、自分のコートを被せた。近寄る人間が多すぎて車は徐行を余儀なくされている。やっと開かれたガレージが見えてきた。しかしそこにももちろん多数のカメラ。それを二人の警官が追い払っている。
「頭から突っ込みます」
「それしかないだろ」
 警官と刑事部長が短く会話し、やっと車は入庫してシャッターが閉められた。


 門や格子状シャッターの向こうからも点滅するようにフラッシュが光る。
 運転席を降りた若い警官が急いで後ろのドアを開けて再び原田の身体を引き摺りだそうとする。ガレージを閉めた警官たちがそれに気付き、一人はそれを手伝い一人はその様子が外から見えないように盾になる。
 ぐったりと目覚めない原田の大きな身体が引き摺りだされ、それを横で見ていた榎本が落ちそうになっている原田の眼鏡を外そうと手を伸ばした。

 片手で原田の眼鏡を取り上げ、そしてその寝顔を見下ろして、榎本は微笑んだ。

 それに気付いた警官が、どうなさったんですか?と問うと、榎本は応えた。



「似てるなと思ってね」





 重いシャッターの音が大きくて、健介は目覚めた。
 そして、正体なくぐったりした父が大きなおじさんたちに荷物のように連れて行かれる様を見て、地獄に突き落とされるほどの衝撃を受けた。
 どうして、何これ、何があったの、父さんに何があったの、どうしたの父さん、
 大慌てで車を転げ降りて、立っていた君島に縋り付いた。

「と、と、父さん、父さんが、」
「ああ、健介、起きたんだ?」
「父さんは、父さん、」
「浩一、寝ちゃってね。運んでもらってる」
「ね、寝ちゃった?」
「重いからねー。あんな大きなおまわりさんでも二人がかりだよ」
「そうなの?なんでもないの?」
「寝てるだけだよ。死んでないから心配いらない」
「死んでない?」
「死んでないねー。寝てるだけだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」




 その健介の様子も、榎本は微笑んで眺めている。
 すごいな。あんな大きな息子がいる。父親を心配するあんな息子を持ってる。
 俺の息子はやっと大学を出たばかりだっていうのに。
 すごいな、原田。




「あのおじさんは、誰?」
 健介が、不気味に微笑む榎本をこっそり指差す。
「ああ。榎本刑事部長。今回すごーくお世話になったんだ。健介も後でお礼を言わなきゃいけないよ」
「お世話?」
「警察で全面的に僕らの味方になってくれたんだ。だからお前は助かったんだよ」
「そうなの?」
「うん。あの人がいなかったら、どうなってたかわからない」

「そう、なんだ?でもなんで?なんで味方になってくれたの?」

 君島が、一度榎本に目をやってから健介を見下ろして、言った。




「榎本さんは、浩一のお父さんの友達だったんだよ」




 君島を見上げた健介が瞬きをする。
「父さんの、父さん?」
「そう。健介にはお祖父さんってことになるのか」
「お祖父さん?」
「そう。お祖父さんの、友達」
「友達?」



「お祖父さんもね。父さんの父さんも榎本さんと一緒でね」
「え?」



「浩一のお父さんも、刑事だったんだ」




 初めて聞く話に健介は驚く。
「……刑事?おまわりさん?じゃ、ここで一緒に?」
「ここ?ここじゃないね。僕も浩一も生まれは横浜だから、向こうの県警か警視庁か」
「秋ちゃん、会ったことあるの?」
「ないよ。浩一のお父さんは浩一が子供のうちに亡くなったからね」
「亡くなったって、死んだってこと?」
「そう。浩一が今の健介より小さい頃に死んでる」
「そうなの……」


 原田はとっくに中に運び込まれて、玄関には誰の姿もなくなった。
 何もない玄関を見ながら、君島は小さく付け加える。


「そう。浩一のお父さんは、事件の現場で亡くなったんだ」


 そして目を伏せて、君島は続けた。




「だから多分、浩一は警察が嫌いなんだ」




「……そう、なの?」


「浩一に直接聞いたわけじゃないから知らないけどね」



 君島は、笑った。



「僕と浩一はほとんど情報交換しないから共有データが本当に少ないんだよね。でもお互いの秘密は結構押さえていると思うよ」



 押さえているという事実もその内容ももちろん秘密だけどね、とまでは口にしなかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

親友に恋人を奪われた俺は、姉の様に思っていた親友の父親の後妻を貰う事にしました。傷ついた二人の恋愛物語

石のやっさん
恋愛
同世代の輪から浮いていた和也は、村の権力者の息子正一より、とうとう、その輪のなから外されてしまった。幼馴染もかっての婚約者芽瑠も全員正一の物ので、そこに居場所が無いと悟った和也はそれを受け入れる事にした。 本来なら絶望的な状況の筈だが……和也の顔は笑っていた。 『勇者からの追放物』を書く時にに集めた資料を基に異世界でなくどこかの日本にありそうな架空な場所での物語を書いてみました。 「25周年アニバーサリーカップ」出展にあたり 主人公の年齢を25歳 ヒロインの年齢を30歳にしました。 カクヨムでカクヨムコン10に応募して中間突破した作品を加筆修正した作品です。 大きく物語は変わりませんが、所々、加筆修正が入ります。

ほんの少しの仕返し

turarin
恋愛
公爵夫人のアリーは気づいてしまった。夫のイディオンが、離婚して戻ってきた従姉妹フリンと恋をしていることを。 アリーの実家クレバー侯爵家は、王国一の商会を経営している。その財力を頼られての政略結婚であった。 アリーは皇太子マークと幼なじみであり、マークには皇太子妃にと求められていたが、クレバー侯爵家の影響力が大きくなることを恐れた国王が認めなかった。 皇太子妃教育まで終えている、優秀なアリーは、陰に日向にイディオンを支えてきたが、真実を知って、怒りに震えた。侯爵家からの離縁は難しい。 ならば、周りから、離縁を勧めてもらいましょう。日々、ちょっとずつ、仕返ししていけばいいのです。 もうすぐです。 さようなら、イディオン たくさんのお気に入りや♥ありがとうございます。感激しています。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

分かりやすい日月神示の内容と解説 🔰初心者向け

蔵屋
エッセイ・ノンフィクション
私は日月神示の内容を今まで学問として研究してもう25年になります。 このエッセイは私の25年間の集大成です。 宇宙のこと、118種類の元素のこと、神さまのこと、宗教のこと、政治、経済、社会の仕組みなど社会に役立たつことも含めていますので、皆さまのお役に立つものと確信しています。 どうか、最後まで読んで頂きたいと思います。  お読み頂く前に次のことを皆様に申し上げておきます。 このエッセイは国家を始め特定の人物や団体、機関を否定して、批判するものではありません。 一つ目は「私は一切の対立や争いを好みません。」 2つ目は、「すべての教えに対する評価や取捨選択は自由とします。」 3つ目は、「この教えの実践や実行に於いては、周囲の事情を無視した独占的排他的言動を避けていただき、常識に照らし合わせて問題を起こさないよう慎重にしていただきたいと思います。 それでは『分かりやすい日月神示 🔰初心者向け』を最後まで、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年(2025年)元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

【完結】結婚式の隣の席

山田森湖
恋愛
親友の結婚式、隣の席に座ったのは——かつて同じ人を想っていた男性だった。 ふとした共感から始まった、ふたりの一夜とその先の関係。 「幸せになってやろう」 過去の想いを超えて、新たな恋に踏み出すラブストーリー。

処理中です...