ARROGANT

co

文字の大きさ
92 / 194
翌木曜日

しおりを挟む
 これだけの事件だったので、全学年全クラスの保護者のほとんどが集まり、ごった返す体育館で校長が事情を説明した。
 もちろん、警察発表と同じ物。健介の本当の事情は広い体育館のステージでマイク越しに発表するつもりは全くない。

 不幸にも我が校の児童が卑劣な犯罪に巻き込まれたが警察の必死の捜査により無事救助された。当分の間報道が騒がしいが取り合わないでいただきたい。子供たちの間にはデマが横行しているようなので家庭でも注意して欲しい。辛い思いをした原田君をこれ以上傷つけることのないようご協力お願いいたします。
 保護者側からニュースで流れた拓海の証言の真偽を問われたが、デマだと一蹴した。

 説明会の後で拓海たちの登校グループの保護者が残された。
 その数人に特に校長がお願いした。

 みなさんのお子さんたちは原田君と仲のいいグループです。今回のことで傷ついてる原田君を優しく迎えてあげてください。テレビで原田君のことについてはどんなことでも言わないようにと伝えてください。良いことも悪いことも何も言わなければ報道は去ります。それが原田君のためですから。

 拓海の母が食い下がった。
 昼のニュースで拓海の言っていたことは、拓海にとって事実だ。健介のママが迎えに来たと拓海が家で話題にしていたのだ。嘘ではない。事実だとしたら警察の言い分が間違っていることになる。だいたい健介の父親も健介のママだと認めていたはずだ。拓海ではない誰かが嘘をついているのだ。それなのに拓海を嘘つき呼ばわりされるのはたまらない。あの犯人がママじゃないという証拠を出してくれ。それが無いのなら拓海を説得できない。

 止むを得ず、拓海の母だけには健介の秘密を共有してもらうことにした。
 本来原田の許可が欲しいところだが、一切連絡がつかないし今その余裕がない。
 拓海の母一人を校長室に招き、校長が小さな声で丁寧に、事実だけをシンプルに伝えた。誰にも他言しないようにと付け加えて。

 拓海の母は、健介の不憫な生い立ちと今回の痛ましい事件の真相に、泣き崩れた。


 家に戻り拓海を前にしても、知ったことを一つも伝えることが出来ず、ただただ拓海を抱き締めて泣き続けた。
 どれほど拓海が幸運に恵まれて今こうしてここにいるかと、自分たちの退屈な日常がどれほどありがたいかと、思い知らされてただ泣いた。
 泣きながら一つだけ繰り返していた。


「健介君に、謝りなさい」



 拓海には、全くわからなかった。自分は嘘をついていないのに。
「……嘘、言ってないのに」
「嘘じゃなくて、間違いだったの」
「間違いじゃないよ。健介のママだよ」
「間違いなの。健介君のママじゃなかったの」
「だって、父さんが健介を渡したよ」
「間違ったの。健介君のお父さんも間違ったの」
「そしたら俺が間違ったんじゃない、」

 母がその言葉を遮り、涙を拭いてはっきり伝えた。


「あの犯人、健介君を車のトランクに入れてバイパス走ったのよ。隣の県まで」


 拓海の身体がびくりと固まった。


「健介君のママだったら、そんなことするはずないでしょ?」

 拓海の母は、また涙を落とした。

「どこの世界のママも、自分の子供にそんなことができるはずがないのよ」

「そんなママ、この世にいるはずがないのよ」



 この時の健介がどれほど絶望していたのか、もしそれが拓海だったら、そんなことを考えて、母はもう言葉を発せなくなった。拓海の小さな身体を抱いて泣き続けた。

 そして拓海も泣いていた。
 母が泣いているから拓海も最初から泣いていた。
 理由がわからなくても母が泣けば子供は泣く。

 母を泣かせるようなことを、自分がしてしまったのだ。子供はそう考えて母と一緒に泣く。


「あんな犯人は、ママなんかじゃないの。健介君には、ママはいないの。健介君には、お父さんしかいないの。それでいいの」
 泣きながらつっかえながら、母が呟く。
「あのお父さんが、ママの分も大事に大事に育ててるから、それでいいの」
 拓海も泣きながら、考える。自分がどうしたらいいのか考える。
「健介君が、学校に来れるようになったら、また仲良くしなさい。それでいいから」
 ね、と母が無理に笑顔を作った。



 それでいいわけないじゃん。
 と、拓海は二日後に思った。

 ローカル放送だけで流れていた自分の映像が、全国ネットで使われ出したからだ。
 そして事件の論調が大きく変わって行った。

 自分のせいだ、と思った。

 健介に謝ろう。


 拓海はそう決めて、勇気を振り絞って今朝、ランドセルを背負ったまま健介の家まで坂道を登ってやってきたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

分かりやすい日月神示のエッセイ 🔰女性向け

蔵屋
エッセイ・ノンフィクション
私は日月神示の内容を今まで学問として研究してもう25年になります。 このエッセイは私の25年間の集大成です。 宇宙のこと、118種類の元素のこと、神さまのこと、宗教のこと、政治、経済、社会の仕組みなど社会に役立たつことも含めていますので、皆さまのお役に立つものと確信しています。 どうか、最後まで読んで頂きたいと思います。  お読み頂く前に次のことを皆様に申し上げておきます。 このエッセイは国家を始め特定の人物や団体、機関を否定して、批判するものではありません。 一つ目は「私は一切の対立や争いを好みません。」 2つ目は、「すべての教えに対する評価や取捨選択は読者の自由とします。」 3つ目は、「この教えの実践や実行に於いては、周囲の事情を無視した独占的排他的言動を避けていただき、常識に照らし合わせて問題を起こさないよう慎重にしていただきたいと思います。 この日月神示は最高神である国常立尊という神様が三千世界の大洗濯をする為に霊界で閻魔大王として閉じ込められていましたが、この世の中が余りにも乱れていて、悪の蔓延る暗黒の世の中になりつつあるため、私たちの住む現界に現れたのです。この日月神示に書かれていることは、真実であり、これから起こる三千世界の大洗濯を事前に知らせているのです。 何故? それは私たち人類に改心をさせるためです。 それでは『分かりやすい日月神示のエッセイ 🔰女性向け』を最後まで、お読み下さい。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年(2025年)元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

2月31日 ~少しずれている世界~

希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった 4年に一度やってくる2月29日の誕生日。 日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。 でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。 私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。 翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。

処理中です...