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健介
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驚愕のまま、君島は二人を見上げている。
そして、実は見惚れている。
原田の姿に。
子供を抱く姿がこれほどサマになるとは知らなかった。
原田は元々バランスの良い長身で顔も締まっているし例えばバイクに乗る姿などは人目を惹くほどクールなのだが、それがヘルメットではなく幼児を抱いてこれほどとは。
「パパ」
原田の首の横で、子供が呟いた。
もう泣くのは止めたがまだ拳を握りしめている。
原田が俯いて子供の顔を覗きこみ、訊いた。
「痛かったのか?」
子供が原田を真っ直ぐ見上げて高い声で応えた。
「たぃなぃ」
「痛くないのか。じゃあ何だ?」
「たいなぃ、◆りШ゛ーノ☆Д∥゜」
「ん?」
「Д゛Д゛ー」
「なに?」
「Д☆ーも◆◆!」
「何言ってんの?」
原田が笑った。
だから子供も笑い、原田の首に額をつけた。
原田が子供を抱いて笑っている。
その表情はさっきの寂しげな笑顔とは違った。
そんな笑顔も君島は初めて見た。
初めて見たから、なんだか分からなかった。
どんな感情が原田の表情をこんな風に変えているのか分からなかった。
笑う子供が指を開き、原田のセーターの襟を掴んだ。そして原田の首に額をつけたまま、笑ったまま、目を伏せた。
満足気に。
原田はそれをさっきから同じ笑顔で見下ろしている。
そういうことか。
体育座りをしたままその様子を見上げていた君島が、納得した。
なんだか知らないけど、この二人はこれで満たされている。
二人ともそういう表情なのだと気付いた。
二人で浮かべている表情は、「満足」だとやっと君島は気付いた。
原田は誰に対してもこんな顔をしない。こんな表情を見せない。
そういう対象を持たずに生きてきた。恐らく持たないつもりで生きてきた。
それが降って湧いたように現れて、原田が構える前にもう内部に入り込まれた。
知らない間に原田の中にこの子供の場所が出来ている。
だからきっと入りこまれたことを自覚してない。
だからきっと自分がこんな顔をしていることを知らない。
手離そうとして寂しい笑顔を作っていることも知らない。
何もかも気付いてない。
それなら
「その子供、貰いなよ」
「は?」
せっかくそんな顔を引き出す相手が現れたんだ。
「僕が手伝うよ」
君島が、そう言った。
原田はしばらく無言で君島を見下ろした。
「聞こえたの?」
「……意味が解らなかった。聞こえなかったことにする」
君島の質問にそう応えて、子供に飲み物でもやろうかと棚に目を向けた。
その瞬間君島が立ち上がり、一瞬で原田の腕から子供を奪った。
一瞬で引き離された原田と子供は、硬直して少しの間見詰めあい、やはり先に子供が反応した。
君島の腕の中で背を反らせて暴れ、叫びだした。すぐそばにいる原田に両手を伸ばし、君島の腕から逃れようと身体を捻り、顔を真っ赤にしてまた涙を零して暴れる。
それに少し遅れて、原田が子供の身体に手を伸ばした。
しかし君島が今度はしつこく子供の身体を離さないので、原田はむかついてその脚を蹴り飛ばした。
「いい加減にしろよ」
蹴られたところで格闘家の君島にはさほどの衝撃はないのだが、原田が足を出してくるほど怒っているということは分かったので子供を返した。
子供は原田の首にきつくしがみついて、おいおい泣いている。
そんな子供を腕に抱き、手で頭を押さえ、君島を見下ろして原田がまた詰った。
「何考えてるんだお前は」
そして君島は、再度その姿に見惚れている。
子供を救って腕に抱き、その子供にしがみつかれたまま敵を睨みつけるヒーローのような姿に。
いいね。そんな顔もするんだね。
君島は笑って原田を見上げて言った。
「そんな子供、よそでやっていけるはずない」
そして、実は見惚れている。
原田の姿に。
子供を抱く姿がこれほどサマになるとは知らなかった。
原田は元々バランスの良い長身で顔も締まっているし例えばバイクに乗る姿などは人目を惹くほどクールなのだが、それがヘルメットではなく幼児を抱いてこれほどとは。
「パパ」
原田の首の横で、子供が呟いた。
もう泣くのは止めたがまだ拳を握りしめている。
原田が俯いて子供の顔を覗きこみ、訊いた。
「痛かったのか?」
子供が原田を真っ直ぐ見上げて高い声で応えた。
「たぃなぃ」
「痛くないのか。じゃあ何だ?」
「たいなぃ、◆りШ゛ーノ☆Д∥゜」
「ん?」
「Д゛Д゛ー」
「なに?」
「Д☆ーも◆◆!」
「何言ってんの?」
原田が笑った。
だから子供も笑い、原田の首に額をつけた。
原田が子供を抱いて笑っている。
その表情はさっきの寂しげな笑顔とは違った。
そんな笑顔も君島は初めて見た。
初めて見たから、なんだか分からなかった。
どんな感情が原田の表情をこんな風に変えているのか分からなかった。
笑う子供が指を開き、原田のセーターの襟を掴んだ。そして原田の首に額をつけたまま、笑ったまま、目を伏せた。
満足気に。
原田はそれをさっきから同じ笑顔で見下ろしている。
そういうことか。
体育座りをしたままその様子を見上げていた君島が、納得した。
なんだか知らないけど、この二人はこれで満たされている。
二人ともそういう表情なのだと気付いた。
二人で浮かべている表情は、「満足」だとやっと君島は気付いた。
原田は誰に対してもこんな顔をしない。こんな表情を見せない。
そういう対象を持たずに生きてきた。恐らく持たないつもりで生きてきた。
それが降って湧いたように現れて、原田が構える前にもう内部に入り込まれた。
知らない間に原田の中にこの子供の場所が出来ている。
だからきっと入りこまれたことを自覚してない。
だからきっと自分がこんな顔をしていることを知らない。
手離そうとして寂しい笑顔を作っていることも知らない。
何もかも気付いてない。
それなら
「その子供、貰いなよ」
「は?」
せっかくそんな顔を引き出す相手が現れたんだ。
「僕が手伝うよ」
君島が、そう言った。
原田はしばらく無言で君島を見下ろした。
「聞こえたの?」
「……意味が解らなかった。聞こえなかったことにする」
君島の質問にそう応えて、子供に飲み物でもやろうかと棚に目を向けた。
その瞬間君島が立ち上がり、一瞬で原田の腕から子供を奪った。
一瞬で引き離された原田と子供は、硬直して少しの間見詰めあい、やはり先に子供が反応した。
君島の腕の中で背を反らせて暴れ、叫びだした。すぐそばにいる原田に両手を伸ばし、君島の腕から逃れようと身体を捻り、顔を真っ赤にしてまた涙を零して暴れる。
それに少し遅れて、原田が子供の身体に手を伸ばした。
しかし君島が今度はしつこく子供の身体を離さないので、原田はむかついてその脚を蹴り飛ばした。
「いい加減にしろよ」
蹴られたところで格闘家の君島にはさほどの衝撃はないのだが、原田が足を出してくるほど怒っているということは分かったので子供を返した。
子供は原田の首にきつくしがみついて、おいおい泣いている。
そんな子供を腕に抱き、手で頭を押さえ、君島を見下ろして原田がまた詰った。
「何考えてるんだお前は」
そして君島は、再度その姿に見惚れている。
子供を救って腕に抱き、その子供にしがみつかれたまま敵を睨みつけるヒーローのような姿に。
いいね。そんな顔もするんだね。
君島は笑って原田を見上げて言った。
「そんな子供、よそでやっていけるはずない」
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