ARROGANT

co

文字の大きさ
143 / 194
健介

しおりを挟む
 驚愕のまま、君島は二人を見上げている。
 そして、実は見惚れている。
 原田の姿に。

 子供を抱く姿がこれほどサマになるとは知らなかった。

 原田は元々バランスの良い長身で顔も締まっているし例えばバイクに乗る姿などは人目を惹くほどクールなのだが、それがヘルメットではなく幼児を抱いてこれほどとは。


「パパ」
 原田の首の横で、子供が呟いた。
 もう泣くのは止めたがまだ拳を握りしめている。
 原田が俯いて子供の顔を覗きこみ、訊いた。
「痛かったのか?」
 子供が原田を真っ直ぐ見上げて高い声で応えた。
「たぃなぃ」
「痛くないのか。じゃあ何だ?」
「たいなぃ、◆りШ゛ーノ☆Д∥゜」
「ん?」
「Д゛Д゛ー」
「なに?」
「Д☆ーも◆◆!」
「何言ってんの?」

 原田が笑った。
 だから子供も笑い、原田の首に額をつけた。



 原田が子供を抱いて笑っている。
 その表情はさっきの寂しげな笑顔とは違った。

 そんな笑顔も君島は初めて見た。
 初めて見たから、なんだか分からなかった。
 どんな感情が原田の表情をこんな風に変えているのか分からなかった。


 笑う子供が指を開き、原田のセーターの襟を掴んだ。そして原田の首に額をつけたまま、笑ったまま、目を伏せた。
 満足気に。
 原田はそれをさっきから同じ笑顔で見下ろしている。


 そういうことか。
 体育座りをしたままその様子を見上げていた君島が、納得した。

 なんだか知らないけど、この二人はこれで満たされている。
 二人ともそういう表情なのだと気付いた。

 二人で浮かべている表情は、「満足」だとやっと君島は気付いた。



 原田は誰に対してもこんな顔をしない。こんな表情を見せない。
 そういう対象を持たずに生きてきた。恐らく持たないつもりで生きてきた。
 それが降って湧いたように現れて、原田が構える前にもう内部に入り込まれた。
 知らない間に原田の中にこの子供の場所が出来ている。
 だからきっと入りこまれたことを自覚してない。
 だからきっと自分がこんな顔をしていることを知らない。
 手離そうとして寂しい笑顔を作っていることも知らない。
 何もかも気付いてない。

 それなら



「その子供、貰いなよ」
「は?」

 せっかくそんな顔を引き出す相手が現れたんだ。

「僕が手伝うよ」

 君島が、そう言った。




 原田はしばらく無言で君島を見下ろした。
「聞こえたの?」
「……意味が解らなかった。聞こえなかったことにする」
 君島の質問にそう応えて、子供に飲み物でもやろうかと棚に目を向けた。

 その瞬間君島が立ち上がり、一瞬で原田の腕から子供を奪った。

 一瞬で引き離された原田と子供は、硬直して少しの間見詰めあい、やはり先に子供が反応した。
 君島の腕の中で背を反らせて暴れ、叫びだした。すぐそばにいる原田に両手を伸ばし、君島の腕から逃れようと身体を捻り、顔を真っ赤にしてまた涙を零して暴れる。
 それに少し遅れて、原田が子供の身体に手を伸ばした。
 しかし君島が今度はしつこく子供の身体を離さないので、原田はむかついてその脚を蹴り飛ばした。


「いい加減にしろよ」


 蹴られたところで格闘家の君島にはさほどの衝撃はないのだが、原田が足を出してくるほど怒っているということは分かったので子供を返した。
 子供は原田の首にきつくしがみついて、おいおい泣いている。
 そんな子供を腕に抱き、手で頭を押さえ、君島を見下ろして原田がまた詰った。

「何考えてるんだお前は」


 そして君島は、再度その姿に見惚れている。
 子供を救って腕に抱き、その子供にしがみつかれたまま敵を睨みつけるヒーローのような姿に。

 いいね。そんな顔もするんだね。
 君島は笑って原田を見上げて言った。



「そんな子供、よそでやっていけるはずない」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

処理中です...