ARROGANT

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健介

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 まず原田が説明しようと口を開いたのだが、その前に君島が発言していた。

「今、捨てられた子を保護してます。この子を僕たちで引き取る手段が無いかお聞きしたいんです」

 本当に手短かな説明だな、と原田が感心した。
 そしてその短い説明を聞いた知事も短く返した。

「無いだろうね。二人とも男で独身でその若さなら無理だ。君たちも恐らく分かってて訊いているのだとは思うが」
「でも、何か手が、」
 知事の一刀両断に君島が食い下がるが、構わず知事が続けた。

「育児のできる環境を整えてから考えるべきことだ。そう思わないか?育児経験も無いんだろう?まだ学生のようにも見えるが」
「学生じゃありません」
「気持ちはわかるよ。可哀想な子供に同情して何とかしてやりたいと思っているんだろ?しかし育児というのは一時の同情で始めることじゃない」
「それはわかってます」
「わかってる?だいたいその若さならこれから恋愛をして結婚もするだろう。その時その子をどうする?」
「それはまだ、」
「子連れで恋愛をする覚悟はあるのか?」


 知事がありふれた一般論を突き付けて、君島がなんとか撥ね返している。
 知事の懸念はもっともだが、原田にはこれから恋愛をして結婚をするつもりは微塵もないので子供がその障害になることもない。
 しかしそれを抜きにしても知事の意見は大変真っ当だ。そもそも自分に育児のできる素質があるとは思っていない。知事の意見には全て賛同する。自分のような立場で子供を引き取れる方が体制として間違ってると思う。初めからそんなことはわかっている。
 ただ、なぜかむかつく。
 多分そのせいもあって、次の発言に原田は噛み付いた。


「そんなコブ付きなら恋愛も結婚も難しくなるだろうし、引き取って邪魔になったら手離せばいいというものでもないからな」
「……一度引き取られた子供は、二度と手離せないのですか?」

 その原田の問いを知事が詰った。
「そういう考えか?」


「違います!何言ってんだよ浩一!そういう意味じゃないんです!」
 君島が慌てて庇ったが、知事は呆れて背もたれに身体を伸ばした。
「他にどういう意味があるんだ?悪いが私は今プライベートで職務を離れているんだよ。朱鷺ちゃんの頼みだから君たちの気持ちは聞いた。結論は出ただろう?」
 知事はそう言って立ち上がる素振りを見せた。
 その知事に目を向けず、顔を伏せたまま原田が口を開いた。


「その、保護した子供はもうすでにどこかのお宅に引き取られています。そこを脱走して俺のところに来ました。
 俺は、その子供を俺が引き取るということよりも、引き取られているその家から出してもらえるのかどうか知りたい」

 そして原田が顔を上げた。

「子供は、生みの親に虐待されて捨てられて、そして今引き取られた家でも暴力を受けている。まだ小さい子です。あんな暴力を受ける理由なんかないはずです。助けてやれないですか?」


 少しの間、応接の時間が止まった。
 その静寂を破ったのは、君島。

「……引き取られてる?そうなの?そこでも暴力?って、そんなことなんで浩一が知ってんの?」
「ああ、うん。最初子供を見た時に背中に火傷の痕があった。恐らく親に故意に付けられたものだと思う。次に会った時には、足首に前には無かった縛ったような痣があった。その後に施設に連れて行ったらそこの職員がその子供はもう一般家庭に引き取られていると言っていたから、恐らくその一般家庭で負わされた傷だと思う」

 応接にまた静寂が降りる。
 少し躊躇ってから、原田が続けた。

「その子供は、俺にはわからないんですが、かなり難しい性格らしくて誰にも懐かないし言うことも聞かないらしいです。確かにひどく暴れるから大人しくさせるために縛ったのだとは思いますが」
「そんなの理由にならない!」
 君島が怒鳴った。
「縛らなきゃ大人しくさせられないなら、そんな子をなんで引き取るんだよ!」
「初めからそんなつもりで引き取ったんじゃないんだ。親だって捨てるつもりで産んだんじゃないんだ」
 知事が子供を傷つけた親や保護者を庇うので、君島がさらに怒鳴った。

「そんなこと理由にならない!健介から見たら捨てるつもりで産み落とされて縛るために引き取られたとしか思えないでしょう!」

 そこまで言うなよ、と原田はまた俯く。


 言葉にすると子供の身の上はそこまで絶望的なのだと思い知らされる。
 そして自分たちにはその子供を救う力が何もない。
 せめて少しでも状況が好転しないかと知事に子供の窮状を訴えているのだけれど、そのこと自体に胸を痛める。


 また少しの静寂の後、それでその子は、という小さな声が後ろから聞こえ、それと同時にどこからか子供の絶叫が響いた。
 起きたのか?と原田と君島がドアの方を振り向いたが、その向こうから別の声も聞えた。

「なんだよこれ!」
「腕はダメよ!抜けちゃうから!」
「朱鷺!」
 それらの大人の声を全部覆うように、パパー!という絶叫が響き、ドアがバンっと開けられ、

 頬に血を滲ませている朱鷺が、泣き喚いている健介を羽交い絞めにして駆け込んできた。
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