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病
しおりを挟むふと気付くと、私は靄のかかったグレーの世界に居た。
いつものことだ。
このグレーの靄は、いつも唐突に、私の視界を奪う。
はぁ、と深くため息を吐き出すと、空間を包む色彩がワントーン暗い色味に変化した。
身体が重い。
息を吸い込むと、グレーの靄が肺を満たして、蓄積されていく。
生気のないザラザラとした重たい灰が、身体の中に降り積もってゆく。
山の奥深くに迷い込んでしまったように、私は行き先を失った。
そんなものがあったことさえ、忘れてしまう。
空虚な世界。
果てしなく広がる、無の世界。
いつの間にか灰は足元に深く重なって層をなし、
それでもなんとか前へ進もうと踏み出す生命の微かな残り火を、飲み込んでゆく。
深く捉えて、絶対に離すまいと、無力な生命を誘い込む。
世界の強烈な意思を感じ、身を委ねるしか術はない。
雪のように睫毛に積もる灰の重さで、ろくに目を開けることも叶わなくなった。
自分の意思でこの世界に来ることはできない。
日常とグレーの世界の境界線は、自覚できないほど曖昧な線引きでつながっている。
色彩の世界を歩いていたはずだ。
朱色や金色、荒々しい生命力に満ちた真緑。
目がチカチカと眩むほど、強烈な色彩の世界。
眩しくて目を閉じたいけれど、色彩が勝手に網膜に焼きつき、それを許さない。
脳は乱暴な色彩に占拠され、操られているように自由が効かず、私は意思を放棄する。
暴力的な色彩に動物としての本能が昂り、身体の奥底からエネルギーの柱が何本も放たれる。
全てが眩しく乱暴なエネルギーに満ちていて、私は抗う術を持たない一つの入れ物になる。
毒々しい色彩を放つ「本能」だけを内包した、ただの入れ物。
おどろおどろしく、暴れ狂う生命力に、翻弄された操り人形。
気づいた時にはこの世界に迷い込んでいる。
生命の息吹とは無縁の、空虚な世界に放り出されている。
見渡す限り果てしなく広がる、グレーの世界。
網膜に焼き付いた光の影が、時折チカチカと点滅する。
膨大なエネルギーの残り香。
そう思うのは最初のほんの一瞬のことで、
次の瞬間にはその色の明度も彩度も思い起こすことができない。
色のある世界がこの先のどこかにあった、という事実さえ、信じられなくなっている。
ただのグレーに塗りつぶされて、この薄く深い世界に取り残されてしまった。
身を置く世界を選ぶ事はできない。
自分の意思でさえ、舵を取ることができない。
どの世界にいるときも、そうだ。
私は選択肢というものを持たずに生まれてきた。
ある時は世界の色彩に突き動かされ、
ある時は空虚な世界に身を沈めながら、ただ耐えている。
身に降りかかる善も悪も何もわからないまま、ただ息をしているだけだ。
息を途絶えさせる、という選択さえもできないまま。
明暗が激しすぎる世界を行き来していると、脳は疲弊し、混乱する。
正常な思考など最初から持つことはできない。
この世界に実際に足を踏み入れたことがない人間に、理解などできるはずも無く、、、
ただ疲弊と混乱と孤独の中に、永遠に身を沈めるという恐怖さえ、感じなくなっていく。
無に近づいていく。
本物の無、というものを渇望するようになる。
この極端な世界を行き来することは、洗脳にも拷問にも似ている。
否応なく激しい光を定期的に浴びさせられる、苦しみ。
この世の悪を詰め込んだ映像のスライドショーを永遠に見続ける、恐しさ。
選択の余地はない。
そんな人間に、「普通」を求めてくる自称常識人たちの、異常さ。
世界は異常に満ちている。
世界は狂気に満ちている。
少なくとも私の世界は、そうだ。
他の人間の感じている、穏やかで優しい色彩の中に、身を置いてみたい。
長くその場に留まりたい。
普通、という世界を、手にしてみたい。
そんなことを思いながら、ふと鮮烈な色彩に目が眩んだ。
私はまた、世界の境界線を超えて、新たな色彩に身を委ねる。
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