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19の夏。エメラルドグリーンの海。初恋。①
しおりを挟む一つの場所に止まっていたくなかった。
どこでもいいから、ここじゃないどこかへ行きたい。
その欲望は、年齢を重ねるごとに大きくなっていき、
19歳の夏休み、俺はいよいよ地元を飛び出して放浪の旅に出た。
寒い地域で育った俺は、南国のゆるい雰囲気や開放感にただならぬ憧れがあった。
北国の冬は厳しい。
一年の半分は雪で埋もれている地域で育った俺にとって、初めて見るエメラルドグリーンの海は、まるで海外の見知らぬ国に居るような新鮮さを心に深く印象付けた。
同じ国とは思えないほど、海も植物も気候も食も、何もかもが違う。
俺は生まれ変わったような気分になっていた。
白い砂浜。エメラルドグリーンの海。
肌に当たる太陽の重さが違う。太陽のエネルギーがずっと体に触れている。全身を誰かに触れられているような、皮膚呼吸が妨げられているような、閉塞感。
圧倒的な自然のエネルギー。
サウナの中にいるように、吸い込む空気にさえ重厚な質量を感じる。
この土地の人は体力があるんだなぁ、と慣れない炎天下にやられてぼんやりした頭で思う。
暑さの中をただ彷徨い歩くだけで、どんどん体力が削られていった。
オーシャンビューのホテルなんて贅沢はもちろん出来ないから、
夕方まで待って少し涼しくなってから、ビーチへ向かう。
海が見たい。
昼間の暑さに比べると、かなり優しい気候になった。
ビーチの入り口近くで、家族連れがバーベキューをしている。
簡易的な屋根の下にテーブルと椅子が並ぶ。
レンタルが充実しており、手ぶらでバーベキューを楽しめるようだった。
子どもたちの楽しそうな声。
潮の香り。波の音。
軽装で歩き回れるのが気楽で良い。
空港近くの土産店でノリで買った南国風のシャツに、ビーチサンダル。
白い砂浜に寝転んで、足を投げ出した。
砂が足に当たってサラサラと気持ち良い。
白い砂はまだ昼間の熱をしっかりと含んでいて、チリチリと熱く肌を滑った。
ふと目をあげると、ビーチに一人先客がいる。
風景に馴染み過ぎているのか、海辺ギリギリに来るまで気付かなかった。
褐色の肌の少年。
地元の人間だろう。綺麗に焼けた肌が、海と見事に調和している。
海に足を入れたり離れたりしながら、波打ち際を歩いている少年。
綺麗な風景。
この風景をずっとずっと眺めていたい。永遠に。
俺が求めていた場所はここだったのだという、不思議な確信があった。
長い放浪の旅になると思っていたのに。
一ヶ所目にしてすでに当たりを引き当ててしまい、肩透かしを喰らったような気分だ。
「自分探し?」
いつの間にか少年が、俺の目の前にいる。
「え・・・?あの・・・」
自分に話しかけられているのか自信がなくて、確認のために後ろを振り返る。
遠くバーベキューを楽しむ家族の影以外、ひとっこ一人いないビーチ。
なんて贅沢なんだろう。
こんなに綺麗な夕日を二人で占領している。
少年はビーチサンダルを脱いで砂の上に置くと、俺の横に腰を下ろした。
「ビーチに一人。夕陽を眺めて目を細めてる。土産物屋で買った観光客丸出しのシャツとビーサン。」
指摘されると急に恥ずかしくなる。
確かに土産物屋で購入したシャツにはこのリゾート地で有名なアイスクリーム屋のロゴが入っているし、ビーチサンダルにはローマ字で地名がはっきりと明記されていた。
地元の人間じゃないことは、相手が探偵じゃなくてもすぐにわかってしまうだろう。
「観光客って丸わかりだよね、確かに・・」
ハハハ、と愛想笑いをしてみると、彼はニコリとも笑わずに夕陽に視線を戻した。
「一人でビーチにいるから、自分探しか傷心旅行かなと思って。」
俺に聞こえてなくても別に構わない、という表情で、彼は夕陽を見つめて言った。
「自分探し・・なのかな?」
聞いているのかわからない彼に、俺は勝手に喋り続ける。
彼はまだ熱さの残っている砂を平すように、手のひらを左右に動かしていた。
「俺は北国から来たんだけど、いつもどこか遠くに行きたいっていう得体の知れない欲求があって。それがどんどん自分の中で大きく膨らんでいくのがわかってもう限界だったから、一人でここに来たんだ。」
「・・・・それわかる。」
「え?わかる?!」
彼の口から肯定的な言葉が出るとは思わなかった俺は、嬉しくて声が大きくなってしまった。
「ここじゃないどこかへ行きたいっていう、そういう欲望俺にもあるよ。」
「こんなに綺麗な海があっても、そう思うんだ。」
なんだかとても不思議に思えた。
「こんなに綺麗な海があったら毎日ここでこの海を見て、どこかへ行きたいって気持ちはきっと起きないだろうなって俺は思った。それくらい本当にきれいな海だ。」
「・・・・どこに居たって思うんだよ、人間は。」
彼は見た目からは想像できないような、達観した雰囲気を内包していた。
褐色の肌の少年。太陽の恵みを身体に浴びて、生命力に満ち満ちている。
若さの輝きそのもののように見える彼が、大人びた口調で俺を諭す。
「日焼け止め。」
「え・・?」
「塗った方がいいよ。あっという間に焼けるから。」
俺みたいに。
褐色の肌の少年は、冷めた視線で俺を見つめてそう言った。
「いいな。すごく良い。すごく綺麗だ。」
「え?」
「俺も観光客には見えない肌を目指したい。」
彼は目を見開いて驚いたような顔をした後、ふっと少年らしい笑顔を浮かべた。
「・・あんた、変なやつだな。」
俺は不覚にもその瞬間、恋に落ちた。
冷めた瞳の少年が、ふと俺に気を許して笑った瞬間。
南の島の少年に、想定外の恋をした。
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