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♧『親友以上、恋人未満』(SIDE 歴木 大河)
しおりを挟む~~~~登場人物~~~~
♧歴木 大河(くぬぎ たいが) 45歳
航空エンジニア。課長。遥、東雲の上司。ぶっきらぼうで男っぽい。
無精髭、髪は固めて上げている。細かいことが苦手で大雑把だが、
部下の面倒見がよく頼りになるので信頼されている。男気のあるタイプ。
バツ2。二人目の妻の連れ子を実の娘のように可愛がっている。
♧慶寺 遼介(けいじ りょうすけ) 45歳
航空エンジニア。課長。歴木とは所属会社が違うが、学生時代からの親友。
インテリ。細くフレームのない眼鏡がよく似合う美形。
頭が良く、クールな色男。美しい髪。襟足が長い茶髪。
女性のように繊細で美しい顔立ちだが、大人の男の色気がある。
物腰が柔らかく、穏やかに話す。いつも冷静。女性にモテモテ。
大河に一途な想いを寄せており、独身を貫いている。
♧蒼葉 理仁(あおば りひと) 24歳
慶寺の部下。童顔。天才肌。個性的で我が道をいくタイプ。青い髪。
物怖じせず、何事も空気を読まずにそのまま口に出す。
「青あたま」と呼んでくる大河に、よくなついている。
無邪気で可愛い、犬のように甘える一面も。
♧ルーヴィム 45歳
ジェット機のパイロット。機長。
銀髪、超絶イケメン。20代にしか見えない。爽やか。
機内誌に度々登場する、人気パイロット。独身。キャビンアテンダントにいつも囲まれている。
余裕がある大人の男。英語、ロシア語、日本語、イタリア語、ドイツ語、など色々な国の言葉が話せる。
~~~~~~~~~~
春。
あらゆる生命が活気付き、
一気に鮮やかな色が芽生え始めるこの季節。
草木の緑、桜や花のピンクやオレンジ。
ポカポカとした日差しにさえ色がついているように見える。
この季節が一番好きだ。
慶寺と出会ったのもこの季節。
彼と初めて関係を持ったのも。
出会いと別れ。
期待と不安。
忙しなくて落ち着かなくて、理由のない切なさが胸をざわつかせるこの季節。
俺は春が好きだ。
新しい社員が入社してきて、設計課の面々も浮き足立っているのを感じる。
今の職場には色々な会社の人間が集まっていて、その分色も多い。
数社が一緒に同じ仕事に取り組んでいるので、「同僚」の枠が広くて面白い。
同期で大学が一緒の慶寺。
彼の部下に、面白い奴が入ってきた。
蒼葉理仁。
童顔でとても20歳超えには見えない。
子どもみたいに表情がくるくる変わる素直な奴だ。
真っ青な髪色で個性がどぎついのに中身は幼く、
いつも犬のようについてまわる可愛い奴。
俺の直属の部下は二人とも真面目で大人な手のかからない連中なので、
こういうタイプは構い甲斐があって楽しい。
新しい人間が入ると、職場の色が変わる。
慶寺は中身は熱い奴だが、外見は知的で涼しげな印象を与えるタイプだ。
クールビューティーと課の女の子たちには呼ばれている。
慶寺には扱いにくいタイプかと思っていたが、
うまく人の心に飛び込める人懐っこさに驚いた。
慶寺も気に入った様子で、かなり目をかけている。
「大河さん!大河さん!!今日のランチは坦々麺にしません?」
「嫌だって言ってもどうせそこに決めてるんだろ?」
「え~いいじゃん!俺、絶対ぇ大河さんも気にいると思う。麻婆豆腐好きって言ってたし、そんな辛くなかったし。」
「なんだよ、お前もう食べたのかよ?」
「先週大河さんが会議だからって構ってくれなかった時に、下見行ってきたっす!」
多少強引でも、人懐っこくて甘え上手なこの幼い顔を見ると、どうにも許してしまう。
そういう天性の甘え気質。
ある晩、二人で飲みに行き、酔っぱらった彼を家に泊めた。
「お~い、大丈夫か?お前、ちょっと飲みすぎたな~。」
フラフラした危なかしい足取りの彼をベッドに座らせて、水を手渡す。
彼は一気にグイッとコップ一杯を飲み干した。
「お前、このベッド使っていいぞ~。おじさんはリビングのソファで寝るから、」
言いかけたところで、手首をガシッと掴まれた。
「なんで?大河さんも一緒に寝ようよ。」
まずい、と思った。
彼がいつもの可愛らしい子どもの雰囲気から一変、大人の男の目をしていたから。
「ねぇ、大河さん、こっち向いて。」
声色まで、いつもとまるで違う。
男にしては高い声色で、よく響く子どものような喋り方をする。
俺の知っている蒼葉とは、違う人間みたいだった。
「こらこら、おじさんをからかうもんじゃないぞ。」
ひらひらと手を振って、ふざけて交わそうとした俺を、
彼の目は射抜くように見つめて離さない。
「大河さん、俺、大河さんのこと好きなんすよ。本気で、」
「す、好きって、お前なぁ。」
おじさん丸出しのごまかし方も、このど直球な後輩にはまるで効き目がない。
「年下だから、男として見てくれないの?」
「いや、年下とか、年上とか、そ~いう問題じゃあねぇんだよ。」
「じゃあ何?俺、大河さんを気持ちよくする自信ありますよ?」
普段の子どもっぽい態度の蒼葉と真逆の、男っぽい攻め口調に、俺は参ってしまった。
「き・・・気持ちよくって、言ったって、」
俺は推しに弱い。グイグイ来られるのが苦手なんだ。
激しく求められると、流されてしまう。
2回の結婚も、その性格が原因で失敗したようなものだった。
最初は彼女たちの方からぐいぐいと迫られて、好きになってしまったけれど、
こちらが本気になると今度は相手の気持ちが徐々に離れていってしまう。
恋だの愛だのいうことには、すっかり自信を失ってしまっている。
「大河さん、俺を見て。」
「な・・おい、蒼葉、」
「大河さん・・・・・」
唇が重なりそうになったその瞬間、
俺は渾身の力を持って、蒼葉をベッドに押し返した。
「今日は、お前も酔ってるし、とにかく今日のところは寝て、明日また話そう!!!」
そう言って、慌てて部屋を出て扉を閉めた。
いつまでも鼓動の音がうるさく俺の心を乱して、その日はほとんど眠れなかった。
次の日、蒼葉はいつもと変わらぬ様子で、酔って迷惑をかけたことを謝罪した。
俺はその日のことを慶寺に相談したくて、何度か飲みに誘ったけれど、
都合が悪いとかで連日断られて、悶々とした日々を過ごしていた。
最近慶寺の様子がおかしい。
俺が話しかけてもどこか上の空で、
物憂げに考え込んでいるような表情を何度も見かけていた。
どうした?と聞いても、何でもないよ、と穏やかな返事が返ってくるだけで
埒が明かない。
「やぁ、タイガ、慶寺はいる?」
夕方、デスクに向かっていたら、機長のルーヴィムが慶寺を訪ねてきた。
遠くからでも彼とわかるスタイルと、キラキラの笑顔。
彼を知らない者はいないほどの有名人。機内誌にも何度も取り上げられている。
慶寺と馬が合うらしく、何度か飲みに行ったと聞いていた。
「今ちょっと現場に出てます。どうしました?」
「あぁ、これ、彼に返しておいてくれない?」
手渡された万年筆を見て、驚いた。
これは俺が数年前、慶寺の昇進祝いにプレゼントしたものだ。
そんな安物、とこちらが何度言っても、彼はいつも肌身離さず持ってくれている。
「あ~、わかりました、渡しておきます。」
「彼に借りてそのまま返しそびれてしまって。今朝家を出る前に返そうと思ってたんだけど、ついね。」
「今朝?」
時系列が読めず、聞き返すと、彼はああごめんね、と説明し直してくれた。
「昨夜彼が僕の部屋に泊まったから、朝返そうと思っていたんだけど・・・。出勤途中、車の中で彼が寝ちゃったからうっかり忘れてしまって。」
機長の部屋に泊まる→朝、機長が運転する車で2人で出勤。
流れは分かったけれど、二人の関係がまるで理解できず、大河は息を飲んだ。
どうして胸がざわついているのだろう。
俺の車でさえ寝ない慶寺が、機長の運転する車で寝る・・・?
彼が人前でうたた寝しているところなんて、見たことがない。
どうでもいいことが、妙に引っかかる。
以前二人が話しているところを偶然見かけたことを思い出していた。
長身の色男2人が横に並ぶととても絵になって、お似合いだと思ってしまった。
ふざけて慶寺にそう伝えると、そんなに親しいわけじゃないと、気まずそうにそう言っていた。
もしかして、二人は恋人関係なのか・・?
疑惑が頭をよぎる。
俺のプレゼントしたペンを、慶寺が人に貸すなんてことは、想像できなかった。
それくらい自分は慶寺に特別扱いされていると自負していたのだ。
頭の中でぐるぐると良からぬ妄想が駆け巡る。
「彼、クールに見えるけど、酔うと結構激しいんだね。」
ルーヴィム機長は、機内誌の表紙と同じ爽やかすぎる微笑みをたたえてトドメの一言を残し、この場を去っていった。
何を混乱しているんだ、俺は。
慶寺が誰と付き合おうが別に構わないじゃないか。
言い聞かせるように心で反芻しながら、答え合わせをするように記憶をたどる。
酔うと結構激しい・・・・?
慶寺に抱かれた夜のことを思い出す。
酒の勢いで、慶寺と俺は一線をこえた。
確かにあいつは酔うと、いつものクールな課長から、荒々しい男の顔になる。
って、俺は何考えてんだ・・??!!
慶寺に好きだと言われたことが、一度だけある。
大学時代、初めて肌を重ねた夜のことだ。
あの日からもう20年以上の月日が流れている。
その上、関係を持ったのは俺を慰めるためだったとはっきり言われている以上、
慶寺が自分に特別な感情を持っていると思うのは、勝手な自分の思い込みだ。
それでももし、恋人が出来たのなら、俺に報告するだろう。
一気に色々なことが自分の勝手な思い込みであるような気がしてきて、不安になった。
慶寺だけはいつも自分の味方で、自分を一番に支えてくれるはずだ。
そんなふうに思っていた自分に気付く。
俺と慶寺は、親友だ。
恋人じゃない。
じゃあこの感情は一体何なんだ?
頭の中をぐるぐると回る疑問に、俺は答えを出すことができなかった。
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