小っちゃくたって猛禽類!〜消えてしまえと言われたので家を出ます。父上母上兄上それから婚約者様ごめんなさい〜

れると

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第1章 子爵家の次男

失踪 *ルアン視点

「は……?」

 エイルが居なくなった――その知らせを受けた瞬間、頭が真っ白になった。

 つい昨日、「また三日後に」って笑顔で手を振ったばかりじゃないか。
 エイルが、自分から消えるはずがない。
 きっと誰かに拐かされたに違いない。

 ならば現場には、必ず痕跡が残っているはずだ。

「帰る!」

「え?」

 部屋を飛び出した俺に、同室の奴が間抜けな声をあげた。
 構っている暇なんてない。

 廊下を駆け抜けた先、向こうから小走りでやってくる影――。

「リュカ様っ」

「ルアン!どうしよう、エイルがっ……」

 普段は冷静なはずのリュカ様が、顔を蒼白にして取り乱している。
 その姿を見た瞬間、逆に俺の方が落ち着いていくのを感じた。

 ――やっぱり、リュカ様は“番”なんだ。
 エイルのことになると、誰よりも冷静さを欠いてしまう。

「とにかく一旦うちへ。現場に痕跡が残っているはずです!」

「っ、ああ……くそ、やはり一緒に居るべきだったんだ!」

「こらこら君たち、まずは帰宅申請と休暇申請をね」

「兄上!そんな場合じゃ――」

「と思ってね、もう取ってきたよ。馬も手配済みだ」

 いつの間にそこにいたのか、レオ様がひらひらと申請書を掲げた。
 その飄々とした態度が、逆に頼もしい。

「兄上!さすがです!」

「まぁね。……さ、行こうか」

「「はい!」」

 ―――

 空は晴れているのに、道は嵐の名残で泥にまみれ、折れた枝や倒木が行く手を阻む。もっと馬を走らせたいのに、思うように急げない。その焦りを噛み殺しながら、やっとの思いで屋敷へ戻ると、玄関前には見知らぬ人影がひしめいていた。
 王宮の騎士団、そして魔術師団の紋章。

 一瞬だけ安堵する。けれどまだ現場を見ていない。
 焦燥で胸がいっぱいになる。

「母上っ!」

 玄関先で所在なく歩き回る母上の姿が見えた。
 私の顔を認めると、すぐさま駆け寄って泣き崩れる。

「ルアン……!エイルが、エイルがっ……」

 いつもは何があっても「あらあらまぁまぁ」と微笑んでいた母上が――。
 そんな母上が泣き叫ぶ姿を、私は初めて見た。

「母上、お腹の子に障ります。部屋で休んでください」

「でも、エイルが……」

「大丈夫です。王宮の方々が動いてくださっているんです。……必ず見つかります」

 母上を部屋まで送り届け、侍女に託すと、俺は現場へ急いだ。

 ――言われなくても分かる。
 屋敷の中で、最も人の出入りが激しい場所。そこが、エイルの部屋が現場だ。

「父上!」

 扉を押し開けると、父上が部屋の隅に立ち尽くしていた。
 眉間を押さえ、目を閉じたまま――いつもの厳格な父上ではなく、所在なさげな父親の姿。

「っ、父上、エイルは!?犯人の痕跡は!」

「あ……あぁ、ルアンか」

 振り返った父上の声は掠れていて、普段の威厳はそこにはなかった。
 ただ途方に暮れたような気配が漂い、その姿に胸の奥へ嫌な予感がじわりと広がっていく。

「……ルアン、落ち着いて聞いてくれ」

「はい」

 落ち着いてなどいられるはずがない。
 けれど父上の表情は、現実を受け止めきれていない者の顔だった。

「……犯人だが」

「はい」

 生唾を飲み込み、言葉を待つ。

「――痕跡が、見つからないんだ」

「……え?」

 耳を疑った。

 犯人の痕跡がない? そんな馬鹿な。

 だってエイルは入学を楽しみにしていたはずだ。
 制服合わせでリュカ様と楽しそうに笑っていたのを見ているし、これから産まれてくる弟妹に対して「立派な兄になるんだ」って喜んでいた。
 昨日だって、「また三日後に」って笑顔で手を振ったばかりだ。

「……痕跡が見つからない“だけ”ですよね」

 縋るように問う。

 けれど見たところ部屋は荒らされていない。
 窓は開いているが、割れていない。争った形跡も――どこにもない。

 まるで部屋の主がすぐに戻ってくるのを待っているかのように、そこには普段と変わらぬ穏やかさが広がっていた。

「そんなはず……あるわけない」

 口の中で小さく呟いた、その時。

「ルアン!」

 リュカ様が駆け込んできた。
 息を切らし、顔は蒼白。

「どうしよう、エイルが……俺がのせいで……魔道具のせいでっ!」

「リュカ様、落ち着いてください!」

 さっきまで俺が焦っていたのに、今は逆だ。
 リュカ様の取り乱す姿に、逆に冷静さを取り戻す。

「……俺のせいで、エイルが……!」

 よく分からない。だがリュカ様は本気で自分を責めているらしい。

 訳が分からず視線をレオ様に向けると、申し訳なさそうに、事情を補足した。

「その……リュカが渡した魔道具の一部が無くなっていたんだ。霞影のマントとか、姿を隠す類のものや、容姿を変える類のものがな。リュカは、それを使って誰にも気づかれずに家を出たんじゃないかと考えてる」

「……そんな」

 確かにエイルは嬉しそうにそれらの魔道具を報告してくれていた。
 けれど、それを理由に――いや、自分から家を出たなんて、まだ決まった訳じゃない。

「リュカリオ様。たとえ魔道具を渡したのが貴方でも、エイルが居なくなったのはリュカリオ様のせいじゃありません」

「っ……でも!」

「ルアン」

 父上の低い声が割り込む。

「これは大人の我々の仕事だ。お前たちは学園へ戻りなさい。王宮の騎士団も動いてくださっている。……エイルは、必ず戻ってくる」

 その言葉に従うしかなかった。
 子供の俺たちが居ても、邪魔になるだけだ。

 王宮魔術師団は「痕跡がない」を理由に捜査を打ち切った。
 残る騎士団が必死に探してくれているが――昨日の嵐がすべてを、足跡も魔力の痕跡も何もかもを消し去ってしまった。

 それでも。
 エイルはリュカ様と一緒の時以外、ほとんど外に出なかった。
 だから必ず見つかる。きっとすぐに。

 ……そう信じていた。

 けれど、一週間経っても、一ヶ月経っても。
「見つかった」という報せは、届かなかった。
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