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お礼

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 それから数日が経ち、うちの会社はお盆休みに入った。
 社会人のささやかな夏休み。
 かといってプールに行くでも花火を観るでもない。
 長い休暇はいつも変わらず自宅で仕事や資格の勉強をしていた。
 無駄に時間が過ぎていくのが嫌で、なにか形にすることに必死だった。
 けれど、それは本当に私がしたかったことじゃない。
 その証拠にもう、鬼のように集めていた問題集も、資料も部屋の片隅に追いやられていた。
 流れる空気は変わらないはずなのに、消費するだけでなく身になり重なっていく気がする。
 充実感と期待感。
 子供の頃味わえなかったワクワクは、こんな感じだろうか。

「ギャーッ! 繁寅がいじめるだす!」
「うるせえっ、俺の女に手出してんじゃねえぞ!」

 今現在も自宅ではあるが、中にいる人数に伴い、騒がしさもまったく違う。

「手出してないだす! ちょっと触れただけだすよ!」
「男のくせしてピーピー泣くんじゃねえ!」

 まず、我が家のリビングで大声合戦をしている二人。
 一人は言わずも知れた十二支の柄悪隊長、寅年の繁寅さん。
 その剣幕に慄き美女の後ろに隠れているのは、子々子ちゃんと同じくらいの背丈をした少年だ。
 どうやら卯瑠香さんのまぁるい尻尾に偶然当たってしまったらしい。
 嫉妬深い恋人に卯瑠香さんは「まあまあ、繁ちゃん」といつものように宥めている。
 幼稚園年長くらいに見える彼は、優しげな二重の黒目をしたおかっぱ頭で、茶色の甚平を着ていた。その布にはイノシシの絵柄がたくさんプリントされている。
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