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導きの時

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「彼とともの道を選ぶなら、あなたはひとまず、人としての輪廻を終わらせる必要があります」
「……人の、りん、ね?」

 ハッとした時には、未國さんの頭部をアンモナイトのようなツノが覆っていた。
 不気味でいて、美しくもある、怪異的に視線を引き込む力。

「終わるのならばなぜ始まるのか。無意味とも言える時の中で生き死にを繰り返す。そんな残酷な世界で、人は永遠を望みながらも変化を求めずにはいられない。だから彼はあそこでずっと独りぼっちなのです」

 人の世界は、悲しみ、苦しみ、数多の不安や不満が渦巻く中、大きな喜びと楽しみがある。
 猫宮さんの世界は、普遍的で穏やかにあり続ける。
 刺激と退屈。
 生きる意味を見出すには、どちらが必要なのか。
 人が皆後者を選んだなら、猫宮さんは今の今まで、一人きりでなかったかもしれない。

「……未國さん、どうして、私たちのこと、なにも話してないのに、詳しいんですか」
「未年ですから。迷える仔羊の心の声が、よく聞こえるのですよ」

 迷える仔羊。それは、私のことだろうか。
 それとも――。

「あなたの気持ちはわかります。が……残念ながら、時は待ってくれません。自分の意思に関わらず、その時は訪れるものです」

 未國さんが言い終わると同時に、私のタイトスカートのポケットが震えた。
 嫌な予感を携えながら、躊躇いがちに手を伸ばす。
 知らない番号。一定に続くコールを止め、スマートフォンを耳に当てた。
 人は自分の力ではどうしようもない運命の中を生きている。
 どんなに望まない結果でも、受け入れざるを得ない時がある。
 
「……はい、もしもし……えっ……お母さんが――……!?」

 この瞬間、私はそれを思い知ることになった。
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