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導きの時

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 あなたの方が仲がよかったとか、血縁関係が近いからとか、お焼香をあげる順番や席の並びにも時間がかかった。
 私は脹脛まですっぽり隠れた、ロング丈のワンピースを着ていた。
 以前の結婚式で母に指摘されたことを教訓に、膝丈の短いものはやめた。
 母のために選ぶ、最後の装いだ。
 背筋を伸ばし、礼をする。
 極めて冷静に務め、見すぼらしくないよう姿勢を正す。
 手にしたマイクを口元に寄せ、小さく息を吸う。

「本日はお足元の悪い中、母の葬儀に参列いただきありがとうございます」

 喪主の挨拶は、凛としていなくてはならない。
 悲しみを隠して、皆々様に恥ずかしくないよう。そう、完璧でなくては――。
 
「私が小さな頃、両親は離婚して、母は女手一つで私を育ててくれました。そんな母を、私は――」

 そこまで言って、口をつぐむ。
 小ぢんまりとした葬儀部屋、並んだ椅子に座る参列者たちが、不思議そうにこちらを眺める。
 小首を傾げ、怪訝そうに、近隣同士でヒソヒソ話を始める。
 そこに母の姿はない。
 もう、本当にいないのだ。
 完璧を演じる必要など、どこにもない。
 定型話で濁して、その場をやり過ごしてしまえばいい。
 この感情を昇華してしまえば、私は先に進んでしまう。
 そうすれば『彼』と繋がる細い糸が、途切れてしまうことを知っているはずなのに。
 
「私は……母が嫌いでした」

 どうしようもなく止められない、解放への渇望に、私の口が勝手に動いた。
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