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導きの時

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「よく言ったな」

 すべてを吐き出して、半ば放心状態の私に、背後からかけられた声。
 ゆっくりと振り向いた先には、先ほどまで経を読んでいた僧侶がいるはずだが。
 僧侶服の中身は見覚えのある人物にすり替わっていた。
 黒髪に闘牛のような二双のツノ。不敵に微笑む色男は、普段から和服を着こなしているだけあり、違和感がなかった。

「ぎゅ、牛坐、さん……!?」
「なりふり構わず前に進もうとするその姿勢、それでこそ猫宮が惚れた女。なあ、子々子?」
「そうでちね、無謀とは紙一重の勇気百パーセントでち」

 牛坐さんの視線を追って反対側を見ると、木魚の前にある座布団にちょこんと座った幼女の姿。
 彼女は手にした鐘木を魔法のステッキのように操りながら、ご機嫌そうに私を見た。

「ど、どうして、こんなところに」
「ちょっと! 黙って聞いてればなんなんだい!」

 肩を揺らし、仏壇から前方へ身体を向き直す。
 すると鬼の形相をした母の姉……絹恵が自身の席を立ち私を睨みつけていた。
 
「育ててもらった恩も忘れて、よくこんなひどいことができるね! 恥だよ恥! さっちゃんはこんな娘を持って本当にかわいそうだよ!」

 怒りのせいで周りが見えていないのか、牛坐さんたちの姿には目が行っていないようだ。

「……かわいそうといえば」

 ふと訪れた静音に、周囲の注目が集まる。
 その中の一人だった私も、前方を見て驚いた。
 先ほどまでなかったはずの席に、我が者顔で座った人物。隣の椅子にいた参列客は、仰天して飛び上がった。
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