アオハルのタクト

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
3 / 70
余興曲(バディヌリー)

2

しおりを挟む
 外はまだ明るい。七月の夕方なんてこんなもんや。会場の前に停まった車に、トロフィーを入れた紙袋を抱いて乗り込む。俺と同じタイミングで運転席に座ったんは、左ハンドルにこだわる父親。そしてその隣に、少し遅れて母親が席についた。運転席の後ろが俺、一番安全やからと、チャイルドシートをしていた頃から、ずっとここが特等席や。
 二人は椅子に座ったまま、にこやかな表情でこちらを見てくる。「すごいな」とか「ようがんばったね」とか。俺が好成績を収めるたび、飽きるほど繰り返す。
 いや、特に目覚ましい結果やなくても、二人はいつも俺に寄り添ってくれた。学校のテストの点が思うように伸びんでも、ピアノのコンクールで箸にも棒にもかからんでも。そうやって苦しんできた俺を知っているから、今の状況が嬉しいんやろう。

「小さい頃から拓人たくとはがんばり屋やったからな」
「やっぱり努力は裏切らんね」

 俺が高い評価を受けた時、二人は決まってそう話す。
 大企業の重役である父さんは、威厳はあるけど偉そうではなく、家族との時間を大切にしてくれる。朗らかな専業主婦の母さんは、絵画のコンクールで受賞歴がある実力の持ち主。いくつになっても仲睦まじい両親は、俺の憧れでもあった。
 こんなふうに好きな相手と番えたら、きっと幸せなんやろうと。ただの理想や。理想は空想に似ている。だからそれを壊さんために、目を伏せなアカンこともある。
 出発した車が、神戸の繁華街を抜けて、山と海に見守られた道をゆく。

「あのさ……」

 重い紙袋を抱えた両腕に、力を込めて呟いた。すると微かな声を拾った母さんが「どうしたん」って、ルームミラーに映る俺に尋ねた。
 鏡越しでもわかる「私の可愛いたっちゃん」って、顔に書いてある。いくつになっても子供扱いしてくる母さんが、恥ずかしくて煩わしくて、それやのにどこか安堵する、そんな時期もあった。今はもう少しだけ、二人にも悪い部分があればって、思うこともある。

「……いや、なんもない」

 暴れ出しそうな手を押さえながら、両親に似せた顔で微笑んだ。
しおりを挟む

処理中です...