アオハルのタクト

碧野葉菜

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夢想曲(トロイメライ)

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 俺はコクリと小さく頷いた。それは春歌に初めて、明確に夢を伝えた瞬間でもあった。親や優希には言えるのに、春歌にはひどく言い辛かった。

「お金を稼げなきゃプロとは言えないよね? ただ上手いだけじゃ食べていけないし」 

 プロの定義とは――。資格を持っている、コンクールで優勝している、テレビに出て人気があるなど……不明瞭な部分も多い。
 だけど、わかりやすく言うなら、それだけで生活していけるかどうか。つまり、春歌の言う通りや。肯定せざるを得ん俺は、黙って頷くしかない。
 とはいえ、素人同士が、どうやって勝負するんや。疑問に思っていると、再び春歌が口を開いた。
 
「動画再生数が多い方が勝ちってどう?」   

 ピンと、頭にアンテナが立つ感覚。なるほどと納得した。
 俺は小学生になってから動画投稿をしている。ピアノの演奏を載せてるんや。そのことを春歌に話したことがあった。だから今回の提案に至ったんやろう。
 どれだけ面白い動画を投稿しても、登録したての人はなかなか観られんもんや。だけど俺のチャンネルに載せれば、視聴者数に大差は出んし、同じ土俵で勝負ができる。
 
「ええぞ、やったる」
「どうする? 練習してもいいよ?」
「いらん。ぶっつけ本番、一発撮りや。けど、春歌は練習してくれ。練習してへんからって、言い訳されても困るからな」

 俺の反応に、春歌は「言うじゃん」と笑ってみせる。そして衝撃の言葉を発する。

「練習っていうか、見せてよ、拓人が弾いてるところ。見て覚えるから。あの時みたいに」

 突然、足場がなくなるようや。落とし穴に突き落とされたような、真っ暗な谷底に吸い込まれる。
 春歌は、楽譜を覚えるんが異常に速いんやと思ってた。勉強もできるし、記憶力がよすぎる。だからあの時も、一気にピアノが弾けたんやと。
 違う。少し考えてみれば、すぐにわかったことかもしれん。俺が、わからんふりをしてきただけか。
 あの時、春歌は楽譜を見てへんかった。だからって、まさか、そんなはずないって思うやろう。俺がたった一回だけ弾いた曲を、目で覚えていたなんて。
 楽譜をすぐに暗記できるだけでもものすごいことやのに、見ただけで演奏を再現できるなんて、理知を無視した感覚だけの世界やないか。
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