アオハルのタクト

碧野葉菜

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受難曲(パッション)

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「ねえ、たっちゃん、聞いてる?」

 体育館での修了式が終わり、駅に向かう帰り道、また同じ声がする。少し蝉が静かになったせいで、登校時よりハッキリ耳に届いた。
 顔を傾ければ、相変わらず俺の隣に陣取った優希がおる。不満そうに眉間に皺を寄せて、じっとこちらを見ていた。

「……いや、ごめん、なんやっけ?」
「もー、だからぁ、今から海行こって」

 俺がぼんやりしてるうちに、そんな話になっていたらしい。すっかり行く気の優希は、胸の前で両手拳を作りながら、鼻息を荒くしている。
 優希の様子に、ついさっき体育館で聞いた校長の長話を重ねた。ダラダラと、中身がない。どこまで聞いても平行線で、なに一つ自分の栄養にならん。こういうこと、なんて言うんや。「無駄でしょ」って、春歌ならあっさり言いきりそうや。

「……友達と行ったら。付き合いも大事やろ」
「たっちゃん、優しいね。でも大丈夫」 

 遠回しな拒絶は伝わるどころか、気遣いと受け取られてまう。もう数えきれんくらい試しているのに、性懲りもなく繰り返す。

「一緒に行こ。気分転換も必要やろうし」

 優希は自分とおる時間が、俺にとっての癒しになると信じている。疑いもせん。一回も俺の口から、そんなこと言った試しがないのに。
 優しいって言葉は、耳あたりがよくて都合がええ。自分勝手に解釈すれば悩みもせんし、上辺だけしか見んかったら明るい世界が守られる。
 俺たちの関係も、そうやって保たれている。そして、それを壊す勇気が、俺にはない。だから優希の誘いには、二回に一回はのるようにしている。
 出来上がった家族付き合いという海域に、波風を立てんように、溶け込んでいるふりをする。円滑に暮らすために自分で作ったルール。今日もそれに則り頷くと、優希はヒマワリが咲くように笑った。
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