アオハルのタクト

碧野葉菜

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受難曲(パッション)

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「そ、そういうことは、ちゃんと好きな者同士で、段階を踏んで――」

 型にはまりたくない。はめたくないって思ってるはずやのに、模範解答しか出てこん。地雷に気づいて言葉を止めた時にはもう、春歌は冷ややかな目でこちらを見ていた。
 君たちはまだまだ若い。余りある時間を、有意義に使いなさい。
 いつか、担任の先生が言うてたか。春歌やって、時間の制限を自覚してなければ、段階を踏めたかもしれん。将来がない人間に、先を見据えた説得なんて、自己満足も甚だしい。
 自分の無力さを噛みしめていると、急に肩に大きな力がかかり、体のバランスを崩した。
 後ろに倒れて尻もちをつき、咄嗟に目を閉じる。「痛った」と呟きながら開いた視界を持ち上げると、俺を見下ろす犯人と目が合った。一重瞼の瞳を細め、薄い唇が勝ち誇ったように歪む。

「俺ら、素敵な死に方同盟やから。な、春歌?」

 柳瀬は俺に聞かせるように、こちらを見たまま、春歌に同意を求めた。その返事を待たずに顔を背けて、問いかけた彼女の元に歩いていく。
 柳瀬の優越に満ちた表情が、残像のようにこびりついた。

「この前は、楽な自殺コンビって言ってなかった?」 
「そうやっけ? まあ、細かいことはええやろ」

 俺の肩を掴んで後ろに倒した男が、今度は春歌の肩を抱く。
 その腕でなにをした。その手でなにに触れた。傷つきたくない、自己防衛の厚い殻を破れば、剥き出しになる事実に全身が戦慄く。
 はらわたが煮え繰り返るって、たぶんこのことや。

「……ようないわ」

 ポツリとこぼれ落ちた言葉。地面に座り込んだまま、体勢を立て直す間もなく、憤怒が迫り上がってくる。
 睨みつけた前方には、立ち止まった二人がおる。俺の呟きを拾ったらしい、視線はきっちりこちらを向いていた。

「春歌のことなにもわかってへんやろ、そういう、行為やって、寿命縮めるかもしれん……それやのに、くっ、首絞めるとか、おかしいやろ、春歌もなんで黙って――」

 言葉が切れたんは、俺のせいやない。話の途中で駆け出した春歌が、地面を蹴る勢いで俺に飛びついてきたからや。
 伸ばされた両腕が接近した時、一瞬でも春歌に抱きつかれるビジョンが浮かんだ自分が恨めしい。それが現実なら、後頭部から倒れた衝撃よりも、強い息苦しさを説明できるはずがないから。
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