アオハルのタクト

碧野葉菜

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小夜曲(セレナーデ)

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 二〇〇一年、明石の歩道橋で群衆事故が発生した。朝霧駅から降りた客と、花火大会から帰る客で混雑を極めた末、何人も亡くなるという惨事が起きた。当時、二歳の俺を連れていかんでほんまによかったと、母さんが何度も話すから記憶に刷り込まれた。
 そのせいで花火大会は中止になり、現在に至る。だから俺たちの世代は、明石の空に光が咲くのを知らん。それでも嘆いたことがないんは、俺には関係ないことやから。心臓が弱い春歌を、大きな音が鳴る打ち上げ花火や、人混みの縁日に連れていく選択肢はなかった。命に関わる可能性が低くても、なるべく刺激になることは避けたかったから。
 好きになった子が健常者なら、どこか違う場所の花火大会にでも誘ったやろうか。その時の心境はたぶん、行きはワクワクして、帰りは余韻に浸って……少なくとも、事故に遭うなんて想像もしてへん。思いもよらんことが、実際に起こるんが現実や。
 なにが言いたいってつまり、明日の自分が生きてるかなんて、明日が終わるまでわからんって話。今どんなに元気でも、病気や事故、天災や事件のせいで急死する人もおる。
 だから体が悪いことは、春歌をあきらめる理由にはならんかった。今現在ここにおる。それだけで恋するには十分やった。
 親戚との約束をキャンセルした当日「誕生日おめでとう」と言う父さんと「ケーキ買ってくるね」と言う母さんに生返事をして、支度をする。
 俺が断ったあの時から、うちはギクシャクしている。だけど誰も指摘せん。見て見ぬふりでいつもの顔を装っている。
 急いで予約した美容院で切った髪を、新発売のワックスで固める。服はいつもより高い店に行ったけど、ベストや小物を上手く使いこなせる自信がなくて、結局無難なスカイブルーのシャツと黒のパンツにした。もう少し背があれば、鼻が高ければ……鏡に映る自分にため息をついても仕方がない。
 与えられた素材で最大限カッコをつけて、新鮮な空気を求めて家を出た。
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