アオハルのタクト

碧野葉菜

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小夜曲(セレナーデ)

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「……柳瀬?」
「そうだけど?」 

 スマホをハンドバッグに戻しながら、即答する春歌を見ていると、躊躇っている自分がバカらしくなってきた。この際に聞きたいことは全部聞いてやろうかと考えるけど。

「死に方、探してるの、あいつも」

 春歌の言葉を引き取らずにはおれん。そういえば楽な死に方同盟とか、なんかそういうニュアンスのネーミングをしてたな。だけど柳瀬は、クラスで一番運動が得意。春歌と仲間意識を持つなら、どこか共通点があるはずやけど。

「あいつも、どっか体悪いん?」 

 率直な疑問を投げかけると、ハンドバッグのファスナーを閉めた春歌が上目遣いに俺を見た。

「お父さんは愛人宅に入り浸り、お母さんはアル中で、弟は引きこもりらしいよ。よくあの程度の跳ねっ返りで済んでると思わない? 一瞬、私のがマシだと思っちゃったもん。お母さんに愛されてるだけ」
 
 春歌の話に、自身の浅はかさを知る。
 体が健康でも、生きていたくない人間はたくさんおるやろう。第一の可能性として、家庭の問題を思いつかんのは、俺にとって身近なことやないからか。
 春歌と柳瀬、今に絶望する二人を繋ぐ、死への憧れ。同じ目的を持たん俺には、とやかく言う権利はないやろうか。それでも、春歌が想ってもない相手と、肌を合わせるなんて許せんかった。

「……かといって、好きでもない相手と」
「大丈夫だよ、桜牙のことも好きだから――二番目に」

 右手の甲で、肩にかかった髪を掻き上げる、生気が少ない唇の動きに、心まで奪われた。
 ――じゃあ、一番は?
 頭ではこんなに大きく響いているのに、喉がつっかえて声にはならん。
 慎重と臆病の違いってなんやろう。後先考えずに行動する、無鉄砲に近い勇気が、たまに欲しい時がある。

「拓人のデートプランにも飽きたし、次は私に付き合ってよね」

 そう言って、前を向いて歩き始める。飽きたという追撃がなければ、春歌の口からデートという文字が出たことを素直に喜べたのに。
 春歌の一歩先を進んで、石造りの階段を下りる。上りは後ろを歩いた。春歌がつまづいても、俺はカッコよく受け止められんやろう。だけど、下敷きにくらいにはなれると思って。

「春歌は、神様信じてるん?」

 行きと同じ鳥居をくぐりながら、神社には相応しくない質問をした。

「仮にいたとしたら、すごく自己中でわがままなんじゃない。じゃなきゃこんなに世の中が不公平なはずないし」

 イエスでもノーでもない答えを胸に、なんでいつも出し渋る金を、見たこともない神様に捧げたんや。
 
「さっき、なにをお願いしたん?」

 聞こえんかったんか、気づかんふりをしたんか、俺の後ろから声が返ってくることはなかった。
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