アオハルのタクト

碧野葉菜

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小夜曲(セレナーデ)

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「明石海峡って、私たちと同い年なんでしょ」
「あ、ああ、よう知ってるな、俺と春歌が生まれた年にできたらしいな」

 一九九八年に開通した橋で、俺の誕生日に二人でおる。

「すごく綺麗で、今日に相応しいね」

 ライトの色と一緒に、春歌の煌めきも変わる。ミントグリーンに染まった横顔が期待を呼ぶ。もしかしたら春歌も、俺と同じ気持ちやないかって。
 ぎゅっと拳を握り、視線を落として、静かに深呼吸する。そしてついに覚悟を決めると、勢いよく顔を上げた。

「春歌っ、俺、春歌のこと――」

 刹那、あの時の感覚が再来した。
 振り絞った勇気を丸ごと連れ去る、温かさ柔らかさ甘さとそれから――。

「十六歳の誕生日、おめでとう」

 離れていって初めて気づく、名残惜しい唇が紡いだ祝いの言葉。澄んだ瞳に映る俺が遠ざかってゆく。両手を差し出した春歌は、見たことがない優しい顔をしていた。まるでこの世の幸福を独り占めしたかのような。

「拓人が一番欲しいもの、あげる」

 瞳が傾く。綺麗な髪が靡いて、最後まで視界に引っかかった華奢な手も消えて。あっという間に見失った。
 波が音を立てたのが合図のように、ポケットが激しく振動を繰り返す。
 何事もなかったように、静寂に還る水面。七色のライトを浴びながら、呆然と立ち尽くした。
 十六歳の誕生日、目の前で、好きな子が死んだ。
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