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紹介される。

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 他のパティシエたちが作業を中断して、よそ見してしまいたくなる気持ちもわかる。
 キッチン台を陣取る、丸い三段重ねのケーキ。それも真っ直ぐではなく、階段のように斜めに建っている、下にかけて大きくなっていく姿はまるで階段だ。
 漆黒のクリームでコーティングされた生地に、上から下にかけて蜘蛛の巣を模したホワイトチョコがかかっている。レースのように繊細なそれには、紫の宝石のような蝶が舞っていた。
 一羽は羽を大きく広げ、ある一羽は羽を閉じている、もう一羽は片羽が欠け、羽がもがれてボロボロなものもいた。肝心な蜘蛛はあえて描かず、残酷な美しさを表現している。
 大手ホテルから頼まれた商品だ。夕方のハロウィンイベントで使う、個性的で芸術性の高い作品という注文だった。ちょうど蜜流が来る日と重なっていたので、一緒に作ることにした。値段は開示されない、もちろんプレミアム価格だ。
 ――もう、すごいしか出てこない……。
 ケーキの前で話す二人を、少し離れた場所から眺めるくるみ。
 ふとそんな彼女に気づいた蜜流が振り向いた。

「えーと、名前は……」
「あっ、申し遅れました、大桃くるみといいま――」
 
 す、と言い終える前に、ポンと口になにかを放り込まれる。
 犯人は長い指を下ろすと、ニッコリと甘く微笑んだ。
 
「菓子業界向きの名前やね」

 くるみの口に自作のチョコレートをお見舞いした蜜流は、満足げにそう言った。
 
「おい、蜜流、勝手なことするな」
「ええやんちょっとくらい、お近づきのシ、ル、シ」

 自由すぎる蜜流の行いに注意する甘路。
 甘路が気に入っているであろうくるみに、軽く戯れたつもりの蜜流だったが――。

「……なんでしょう、この、香りの豊かさは……私が今まで食べてきたチョコレートとは別物です……まろやかな紫芋にブルーベリーをプラスすることで、キルシュの魅力も引き立たせながら、ほのかなハチミツの風味が後を引く、癖になる仕上がりになっています」

 驚きながらもしっかり食したくるみは、いつも通りに感想を述べた。甘路との特訓の成果で、酒の種類まで見事に言い当てる。
 甘路との間では恒例となった食リポだが、初めての人は何事かと思うだろう。特に、食に精通する者ならなおさらだ。
 その証拠に、蜜流の顔から余裕が消えている。

「え…………えーーっ、なにこの子!? そこまでわかるん!?」

 興奮した蜜流は食い入る勢いでくるみに接近した。

「あ、はい、入っているものは、なんとなく……間違えてたらすみません」
「間違えてへんよ、ぜーんぶ大正解! 香りが豊かなんはクリオロ種ってカカオを使ったから、生産量全体の三パーセントくらいで超手に入りにくいんやけど、がんばって現地調達してきてん! 六甲山で採れたハチミツを使うんは蜜瑠璃の基本やけど、ブルーベリーは隠し味として使ったのに、それまでわかるって、ある意味職人泣かせやけどすごい! えーなーこの子、僕んとこ欲しい~~!」

 なんと、蜜流は思いきりくるみを抱きしめた。
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