鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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原点回帰

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「いやぁ、やっぱり、お客様の笑顔はプライスレスだよね」
「肝心な収益はまったく上がっていないがな。それどころかマイナスだ」
「よくわかってるじゃないですか」

 はあっ、と大きく息を吐き、振り返る。
 するとやはり想像した通り、背後には閻火が立っていた。
 あんなに踏みつけたはずなのに鼻血一つ出ていないなんて、さすがは鬼だ。

「だってあんな話聞いたらご馳走してあげたくなるじゃないですか、たかが五百円くらい」
「こういう時に使う人間のことわざがあったな、確か……塵も積もれば山となり」

 耳に痛いことを言われ、頭を抱えてぐぬぬ、と唸る。
 情をかけすぎるとあまりよくないことが起こる……のかもしれない。
 現に和鬼に取り憑かれたようなものだし。
 かといって今更この性格を変えようもない。
 美しさや賢さがない私から人情と根性を取ってしまったら、本当になにもかもが終わってしまう。

「いいんです、ちょっと大人ぶりたかっただけなんで」
「しましまパンツなのにか?」

 せっかく格好をつけようとしているのに、すかさず返ってくる言葉のストレートパンチ。
 人柄と下着の柄は必ずしも一致しないはずだと、まだ十月なのに豆まきをしてやりたくなった。

 それからまばらな客入りをこなし、ようやくお昼時になる。
 人が来ないと時間の経過が遅くて、頻繁にかけ時計や腕時計を確認してしまう。
 もう十分経ったと思えば一分しか針が動いていなくて、とほほなんてことはしょっちゅうだ。
 とはいえ今日は閻火がいたせいか、いつもよりは早く感じた。
 十一時半になったし、そろそろ自分のお昼ご飯にしようかな。
 もちろん閻火の分も作る。「おいしい」と言わせるためのチャンスタイムなのだから。

「お前はずうっと店を開けているのか?」

 キッチンで動き始めた私を見て、閻火が尋ねる。
 店内で長い時間、自分以外の気配を感じる。
 主という立場になってからはずっと一人だったため、この環境に慣れていなくて少し落ち着かないような変な感じがした。
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