鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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原点回帰

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 そこでおばあちゃんだけ頼りにしていてはダメだと思った私は、先ほどの料理雑誌などを参考にし、日々試作を繰り返している。
 そんな中、今現在店でも出しているナポリタンが完成したわけだ。
 私の返事を聞いた閻火は、やっぱりな、とでも書いたような顔で見てくる。

「それはただの創作過程だろう、俺が聞いているのは自信だ」

 自信……?
 閻火の言葉が頭の中に反響する。
 なんの結果も伴っていない私に、なにをもって自信なんて文字を使うことができるだろうか。

「つまりこれは、お前が好きな料理ではないわけだな?」
「そ、それは……」

 即答できず口ごもる。見事に図星を突かれたからだ。
 実は私が本当に好きなのは、もっとケチャップがべちゃべちゃの赤いナポリタン。だけどおばあちゃんのは薄味だったから、それでは遠ざかってしまう。肉系はハムやウインナーの方が好き。だけど以前テレビでやっていた洋食屋さんがベーコンを入れていたから。
 
「だからどちらつかずの味がするのだ、なにがしたいのかわからん」

 これには応えた。
 閻火の感想は単なる食事そのものへの批判ではなく、作った者の心情まで読み取るようだ。

「自分がうまいと思わないものを客に出すのは失礼ではないか?」

 ぶすりと槍で心臓を貫かれたような気分だ。
 閻火の言うことはもっともだ。
 ただ、やさぐれている今の私には、そんなことは綺麗事のように思えてしまう。

「……好きなことだけして商売になれば言うことないですよ、でも、それができないから苦労してるんです」
「やってみればいいだろう」
「簡単に言わないでください、そんなことして、今の数少ないお客様まで失くしたらどうするんですか」

 容易く口にする閻火に苛立ちを覚える。
 けれど悔しいほど事実だ。ここで私が怒るのはお門違いだと、荒げそうになる声をどうにか抑えた。
 相手は鬼だ。人智を超えた力と知恵を持っている。そんな特別な存在に、私のような凡人の気持ちなど理解できないのだろう。
 胸の内で悪態ついていると、それまで黙っていた閻火が不敵な笑みを浮かべた。

「原点回帰、してみるか?」

 は――? 
 その意味を問いかける前に、立ち上がった閻火が私の肩に手を置いた。
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