鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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挑戦と距離

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 それからというもの、閻火は当然のように私の家、兼喫茶店に住み着いた。
 帰れと言ってもテコでも動かないので仕方なくあきらめることにした。
 ただし、この家の一番上である三階におじいちゃんが使っていた部屋があるので、そこで寝泊まりするならという条件つきだ。早くに亡くなったので私は会ったことがないけれど、おばあちゃんは再婚していないのでずっと空き部屋なのだ。
 翌朝早起きの私が部屋を覗きに行くと、布団の上で丸まって寝ている鳳凰を発見した。
 鬼獣きじゅうの姿になることで、地獄以外の世界でも鬼の力を保てるらしい。人間でいうところの光合成のようなものだろうか。
 驚いたのは人外との生活が意外にも円滑なことだ。
 お風呂や布団に当然のように入ってきた時はこっぴどく叱りつけたけれど、本人に悪気はないので言い聞かせればふんぞり返りながらも納得していた。
 なんだかんだ言いつつも結局は閻火が譲歩してくれている。
 その言動の根本にあるものが私への好意だと思うと、左手小指を包む二人にしか見えない契約の赤い輪に触れてみたくなった。
 そんなわけで特に喧嘩をすることもなく、閻火においしいチャレンジをする日々が過ぎた。
 一つ、気がかかりなことができたけれど……。

 牧場の件があってから三日後。
 土曜の昼下がり、喫茶店には二人のお客様の姿があった。
 お客様、と呼ぶには距離が近い関係の二人だ。

「ん、これおいしいですね」

 もぐもぐと動かす口を手のひらで隠す、上品な食べ方をするのは葉月ちゃんだ。
 カウンターのそばにある四人がけのテーブル席に着いて、たった今私が作ったばかりのオムライスを食べている。
 以前約束したように、学校が休みの日にまた来てくれた。
 だから今日は制服ではなく、パーカーにショートパンツというカジュアルな私服だ。しまちゃんを引き取りに来てくれた時と似たような格好だった。
 今現在そのしま猫ちゃんは、葉月ちゃんの膝の上に乗り気持ちよさそうに寝息を立てている。
 たった数日ぶりの再会だけれど、心なしか身体がふっくらしたような、毛並みの艶も増した気がする。
 いい飼い主さんに出会えたんだなぁと、胸がぽわりあたたかくなった。
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