鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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転機

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 向かったのは喫茶店の裏口。
 お世辞にも綺麗とは言えない大きな水色のゴミ箱が並んでいるところ。
 開閉した古い扉を背に、長四角の液晶画面を顔に近づける。
 速まる心音を吐き出すように、一度大きく息をついた。
 ゆっくりと指先で通話ボタンに触れると、そっと持ち上げたスマートフォンを耳に当てた。
 相手も出るとは思っていなかったのか、しばらく躊躇うように無音の時が流れた。店内と正面玄関の賑やかさが嘘のようだった。
 やがて時計の針を動かそうと息を吸い込む。
 空気に音を載せようとした瞬間が、まったく同じだった。

「元気か?」
「元気にしてる?」

 互いの声がかぶさるだけで血の濃さを感じるなんて、やっぱり私はお父さんのことが好きなんだと思う。
 それでもずっと電話を無視していたのは、今のお母さんの味方をすると疑っていたから。
 あの女を連れて来た時のお父さんの顔、すごく嬉しそうだったから、なにも言えなかった。
 「新しいお母さんができてよかったな」って、幸せそうに私の名前を呼ぶから、湧き出した本音を潰して消した。
 「お母さんなんていらない。お父さんさえいてくれたらいい」心からそう思っていたのに。
 ステップファミリーにも円満な家庭はたくさんあるだろう。
 けれどそこには親だけではなく、子供の努力だってあると思う。
 私を見てほしかった。だから気を引くために奇抜な格好をしたりわざと刃向かったりした。
 それでもどんどん距離が開いていって、私はお父さんを見なくなった。見たくなかった。私を置き去りにして幸せになる父親なんて。
 生みの母に捨てられ、新しい母にいびられ、お父さんにまで見放されて、私は誰からも「いらない子」だと思った。
 おばあちゃんは優しかったけれど、それはみんなに対しても同じだ。
 体当たりに叱咤激励と愛情を伝えてくれる人を求めていた。
 もう私は子供ではない。
 本当の意味で親離れする時だ。
 喧嘩するのではなく冷静に、自分の気持ちを噛み砕いて伝え、昇華することだって叶うはず。
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