鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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究極の選択

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 それから約一週間後、次の日曜日に私は見事に倒れた。
 美月さんがSNSで紹介してくれたのをきっかけに、客足が爆発した最中さなかだった。
 せっかく来てくれたお客様に断りを入れるのが申し訳なくて、途切れるまで営業していると気づけば深夜ということが続いた。
 朝七時から夜十時までお昼ご飯もろくに食べずに立ちっぱなしだったので、さすがに疲労が出たと認めざるを得なかった。日曜の閉店後、シフトをずらしてもらったアルバイトに出かけるところで発熱した。めまいでふらつく私を支え、お姫様抱っこで寝所に運んでくれたのはもちろん閻火だ。
 喫茶店を始めてから労働に加え悩みも多く、しっかりとまとめて眠った記憶がない。
 「無理はあとに祟る」と閻火の忠告を無視した結果だった。
 体力には自信があると大見得を切っていただけに、自己管理すらできない自分がとても恥ずかしかった。
 それでも私を責める人はいなくて、むしろこの機会にしっかり休めといたわってくれた。
 閻火がいるから大丈夫、と心のどこかで安心しているせいで熱が出たような気もした。

 せっかくなので布団で横になっている間にリーフムーンのアカウントを検索した。ヒットしたホームにお邪魔すると「古きよき香りと新時代が融合した喫茶店。亡き祖母の跡を継ぐ若き店主の熱い奮闘」という大層な見出しが目についた。その下には、やんちゃなお子様への対応もばっちり、お客様の意見を積極的に取り入れるユニークさ、見かけに囚われない寛容な姿勢……などなど、私を褒め称える文章が並んでいた。
 実際よりも億倍美化された記事に、照れくさいやら嬉しいやらでさらに熱が上がるようだった。

 二階の自室で休んでいる間もどうしても店の様子が気になり、高熱に喘ぐ身体を引きずりながら階段を下りて覗きに行ったりした。
 けれど私が心配しているようなことはなにもなかった。
 閻火や藍之介に加え、風子や葉月ちゃん、そして美月さんまで手伝いに来てくれていた。
 「私のせいでこうなっちゃったし特別ね!」と舌をペロッと出して言う美月さんに、思わず笑ってしまった。
 学校を欠席してまで加勢してくれた風子と葉月ちゃんには、永久無料飲食チケットを渡そうと誓った。
 優しいみんなに支えられ、私は世界一、いや、宇宙一幸せ者な喫茶店オーナーだと思った。
 けれど奇跡は長く続かない。
 いいことがあれば悪いことがある。
 そしてそれは、奇しくも重なるものなのだ。
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