鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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究極の選択

19

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 ぶるぶると身体が震える。
 恐怖でも悲嘆でもない。歓喜でわななくなんて初めてだった。

「迷惑じゃありませんっ……嬉しいんですよこんちくしょーー!!」

 我慢していたものが一つ残らず弾ける。
 その瞬間、私は閻火の腕の中にいた。
 苦しいほど抱きしめられて、幸せな現実をありありと感じる。
 破裂しそうな動悸と心地よさが同時に襲ってきてたまらなかった。
 閻火は私の左手を取った。
 瞳を逸らさずしてその小指を口元にいざなう。
 不意に、ちくり、と刺すような痛みが走り、反射的に目を閉じた。
 
「な、なに……?」
「見てみろ、新しい……いや、これが本物の契約〝指契り〟だ」

 おそるおそる瞼を持ち上げ、自身の左手を確認してみる。
 小指のつけ根のかすかな傷。それは閻火の牙で咬みつかれた痕だ。
 裂け目からこぼれていたのは血液ではなく赤い系。血のような紅色の一筋をたどっていくと、真っ直ぐに伸びた先は閻火の左手小指に繋がっていた。
 骨張った長い指の根元には、幾重にも巻かれた糸が埋まるようにして固く結ばれている。
 私と閻火の身体が糸を介して通じたのだ。

「たった今俺とお前の命を繋げた。鬼の寿命は長いぞ、覚悟しておけ」
「え……ええ!? そ、そんな、私まだ気持ちも伝えてないのに!」
「口に出さなくてもわかる、顔に書いてあるぞ、この閻火様を愛している、とな」

 にっ、と口の両端を上げて笑う。
 彼らしい自信に満ちた表情に、肩の力が抜け私まで笑いが込み上げてきた。

「はい……はい、はいはいはい、そうですよその通りです愛してますよ、これでいいですか?」
「投げやりだな、五十点」
「はあー? 告白の採点までするんですか!」

 互いに真顔を見合わせたあと、ぷっと吹き出し思いきり笑った。
 
「これでお前はまごうことなき俺の妻だ、もう絶対逃がさんぞ」

 もしかしたら天国に行ったおばあちゃんが、私を心配して閻火と巡り会えるよう祈ってくれたのかもしれない。
 ある日突然現れた失礼な鬼は、私のかけがえのないご主人様へと変わった。
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