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薔薇の耽血

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 穏花は涙に咽びながらも、何かに取り憑かれたかのように、彼の最も高い位置に刺さっている十字架を目指した。

 凍てつく寒さに体温が奪われ、身体は活動をやめようとしていた。

 穏花は浅い呼吸を繰り返しながら、もう感覚のない掌で十字架を抜くと、コートの袖をたくし上げた。

 そして露になった左腕の内側に、その尖った先端を当て、突き立てた。

 吸血族の血が特別なら、その血を浴びた自身はどうなのか?
 そんな理知的な思考に基づいた行為ではない。

 美汪にしてもらった、同じことをしたなら、彼が戻ってきてくれるような気がしただけだった。

 穏花は美汪を生き返らせたかったのか、それとも、彼の後を追いたかったのか。
 自分でもわかっていなかった。

 穏花の裂けた白い肌から流れ落ちる鮮血は、美汪の紅い花をさらに色濃く染め――
 ただ、それだけだった。

 自分に命を与えてくれた父と母、育ててくれた叔父や叔母に、優しく世話を焼いてくれる友人たち。
 彼らに恥じないように、美汪の分まで立派に生きなければならないのか。
 そんな人間らしい体裁や、建前も、綺麗事も、全部かなぐり捨てて、穏花は今、ただわがままに、自分自身と愛する者のためだけに狂い泣いた。



「やだ、いや、だあ、置いてか、ないで、一人に、しないで、行くなら、私も、わたしも、一緒に……美汪…………みおぉ――――!!!」



 言葉などなくても、あの冷徹な仮面を被った吸血族の王は、誰よりも残酷に一人の少女を愛していた。
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