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前編 カナリア
しおりを挟む「セリーナ様、あの子がサラン王国のカナリア姫ですわ。余り物のお姫様よ」
「わざわざ隣国まで夫探しにいらしたのだとか」
隣国サランの第4王女であるカナリアは二年次の途中から編入してきた転入生であった。
輝くように美しい金色の髪と鮮やかな緑の瞳をしていた。小柄で可愛らしく、春の木漏れ日のようなお姫様だった。
その美しさを見たとき、私の中で警鐘が鳴り響いた。
十六を過ぎれば身分の高い貴族の娘達は次々に婚約が決まる。そうでなければ、自分で結婚相手を探さなければならない。学園も婚約者探しの場であったし、ダンスパーティーも社交界も同じだ。
カナリアは結婚相手が決まらない貴族の娘達にとって脅威だった。けれど私は既に王太子ハリストンの婚約者。本当なら、カナリアが驚異になるはずはなかった。
本来ならば……。
王子は美しい者に目がない。けれど、カナリアは遊びで手を出すには身分が高すぎる。
もちろん、王家が今まで隣国の姫であり年齢の近いカナリアを王子の妻にと検討しなかった筈が無い。けれど第4王女を娶るよりは、公爵家の一人娘である私を娶る方が国益になると判断した筈だ。
王家は私と王子との結婚を覆したいとは思わないだろう。
けれど、もしあの王子が強烈にカナリアとの結婚を望んだら?
確信に近い予感。……この婚約は覆る。
王子のことは愛していない。妻になどなりたくない。その思いは揺るがない。けれど、自ら捨てるのと奪われるのでは結果がまるで違うのだ。
私と王子の婚約は政略結婚だ。故に、王子でも簡単には覆せないだろう。私が王子との婚約を覆すために腐心しているように、王子も同じことを考えるはず。
私は陥れられる。
例えば、ありもしない罪を仕立て上げられ、王子の婚約者に相応しくないと糾弾されて。
…………
「セリーナ·セレナーゼ。私、まだ学園のことには不慣れで友人と呼べる人もおりませんの。仲良くして頂けないかしら」
カナリアは躊躇なく、私との距離を詰めてきた。拒否することはできない。無下に扱うにはリスクがあった。
「もちろんですわ。カナリア様」
精一杯の虚勢でにこやかにカナリアを迎えた。カナリアはぱぁっと音がしそうなほど、嬉しそうに表情を綻ばせた。まさに愛らしい笑顔だった。
少しだけ胸が痛む。
私にもカナリアのような可愛げがあれば、と……。
私とカナリアは急速に親しくなった。そして、私のそばにいる美しい金色の小鳥に王子が目をつけるのはすぐだった。
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