公爵令嬢は罠を張る

白槻

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後編  聖女

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 ダンダンダンダン。
 深夜、寮のドアが力任せに叩かれた。

「何事だっ」

 ノアは困惑しながらもドアを開けた。

「た、助けてくれ……」 

 ドアの前にいたのはクリス·ダダンだった。ダダンはノアの手を掴むと強引に部屋の中に押し入った。

「お、王子がいない。寮の何処にもいないっ」

「王子が居ないのはいつもの事だ。お前が連れ出したんだろう」

「違うっ、違うんだ……」

 ノアはダダンの手を振り払いながら睨む。

「いつもはっ、いつもは確かに俺が連れ出してたっ。けど、今日はうちの馬車が迎えに行ったら……」

「行ったら何だ?」

「王子らしき金髪の人影が、別の馬車に乗って行くのを見たって……」

 ノアは息を飲み込む。

「王子の警護の者はどうした、報せたのか?」
「あ、あいつ等は駄目だ」
「なぜ!?」
「酒を飲んで寝ちまってて、使い物にならんっ。頼むよ、助けてくれよっ。王子が攫われたんだ」

 王子は警護を買収し、自分が不在の間は酒盛りでも居眠りでも好きにしてろと言った。初めのうちは気がきではなかった警護達も、今ではすっかり慣れ、堕落してしまっていた。

「なんて事だ……」

「馬車の準備なら、すぐに出来ますわ」

 明かりを落とした室内から、突如高い声が響いた。鈴を鳴らすように美しく、冷ややかな声だった。

「セリーナ嬢!?、な、何で」

 何故王子の婚約者であるセリーナが深夜にノアの部屋にいるのか。喚きそうになったタダンの首にヒタリ、と冷たいものが押し当てられた。

「お静かに」

 冷たい声に気圧され、ダダンは口を閉じた。

「私の従者を起こし、王子の後を追いましょう」

 公爵令嬢であるセリーナは学園に侍女や従者を連れて来ている。一刻も早く王子を追うには学園を頼るより、セリーナの従者を動かしたほうが速いだろう。ノアは頷いた。

「ダダン、王子をさらった者に心当たりは?」

「あるわけ無いっ。……けど、相手は俺達の行動を把握してたんだ。きっと、下町のゴロツキだ」

「わかった。セリーナ様、従者をお借りします。貴方は学園と城に急ぎ伝令を」

「いいえ、私も参ります」

 セリーナは緩やかにカールする長い髪を揺らして首を横に振った。

「王子は私が命に変えてもお守りします。ですから、貴方は」

 セリーナはノアとダダンの目の前に、水をすくうようにして手を差し出した。セリーナの手のひらに光の粒が集まり、それは急速に形を作った。透けるような羽を持つ、小さな人形のそれ。

 妖精だ。
 ノアも、ダダンも目を見開いて、眼前の光景に見入った。

「聖女、様……?」

 それは聖女が見せる奇跡と同じだった。セリーナの手のひらに出現した妖精は軽やかに舞い上がりセリーナの頬にすり寄った。

「セリーナ様。……貴方は聖女の力をお持ちでしたか」

 現聖女は既に二十代の後半。十代の前半で聖女となって以来、既に十五年。歴代最長の在職期間となっていた。その為、新しい聖女が探されることもなかった。
 
 もし、現聖女がこうも長い間役目を勤めていなければ、セリーナは聖女として選ばれていたかもしれない。

 王子の婚約者であるより、セリーナにはあっていたのではないか。

 ノアはそう思い、けれど頭を振って自分の考えを退けた。まるで幽閉されたような聖女の暮らしは若い娘にはあまりに酷だ。

 ダダンは魅入られたように恍惚の表情でセリーナを見つめていた。
 
「王子の居場所が解らなくては後を追えないでしょう。悪くすると、この国は王位継承者を失うことになりますわ。急ぎましょう」

 セリーナの言葉は惚けていたダダンは背筋を凍らせた。

「た、助け出さないと、」

 セリーナは頷く。

「私には聖女様と妖精の御加護があります。王子の居場所もこの子が教えてくれるでしょう。けれど、この子は人を傷つけることはしません。私の従者も武芸の心得はありません」

 セリーナは真顔のまま、首を傾げた。

「……ノア、ダダン。腕に覚えはありまして?」

 

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