潮騒の音がする

Stella・Noir

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潮騒の音がする

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―背景、君へ

 そうしたためて送った手紙は、ちゃんと君のもとへ届いただろうか。SNSですべて完結してしまえる時代に手紙だなんて、ちょっとやりすぎたかもしれないけれど。

 ひとり暮らしの六畳間。窓から海が見えるこの部屋が、私はたまらなく大好きだ。窓枠に座って海風を浴びながらひっそりとギターを弾き歌う趣味は、今や夢へと姿を変えた。君への想いをつづった歌を、どうしても君へと届けたかった。君はあの日からずっと、小説を書き続けている。その姿を追うように、弦を弾くのがちょっと切ない。こじんまりとした本棚は、今やほとんど君の本で埋まってしまった。君が認定してくれたファン0号。とても幸せな距離感だった。
「宅配便でーす」
はっと我に返る。サインをして受け取った荷物の、送り主に君の名前。
「なんだろう…」
送られてきたのは、メッセージカードと第一作目の君の本。正直、この本はもう持っている。メッセージカードを開いてみると、懐かしい君の文字。

―185ページ、僕の気持ち

 愛想のない走り書き。君らしい回りくどいやり方。はやる気持ちを抑えながら、そっと開く185ページ。

―君のギターからは、潮騒の音がする。その歌を聴いた時から、ずっと、君のことが好きだったんだ。本当は今すぐにでも、君の手を取って駆けだしたい。

 その文章を目にした瞬間、私はぱっとスマホを手に取って、君の番号をコールする。
「…もしもし…読んだ?」
久しぶりに聞いた君の声は、いつになくぶっきらぼうで、照れ臭そうで。私は思わず、柄にもないセリフを、ぶつけていたんだ。

「今すぐ手を取って駆けだしたいわ」

ーEND-
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