哀しみの森

Stella・Noir

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哀しみの森

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―その森には行ってはいけないよ

帰ってこれなくなるからねぇ

森には哀しいおばけがたくさん住んでいて
誰かが迷いこむのを待っている

幸せ者が迷いこめば
崖から突き落とし

怒りんぼが迷いこめば
水に沈めて

独りぼっちが迷いこめば
石や枝を頭上に降らす

そうして自分たちの仲間を増やしていくのさ

みんな
哀しいおばけになってしまうんだよ

―じゃぁ、「哀しい人」が迷いこんだらどうなるの?

そう聞いたときおばあちゃんは
「さぁ、どうなるのかしらね」
そう言って少し微笑んだだけで
答えてはくれなかった

森に一歩踏み入れただけで
形を失った黒い影が至る所に潜んで僕を見ていた

彼らは口々にささやいた

「哀しい人、哀しい人
 こっちへおいで、仲間がいるよ」

ぽつぽつ咲いている白い花
それを追いかけるように進んでいく

泉があった
僕はその水で手足を洗った

おばけは何も言ってこない

崖に続く道
僕はその横を素通りした

おばけは今も黙って見ている

歩き続けた
石も枝も降っては来なかった

おばけは何をしてるんだろう

しばらくすると開けた場所に出た
きれいな花が咲いていて
木漏れ日が差し込んでいる優しい空間

その真ん中に
横幅の広い切り株があり

おばあちゃんが座っていた

「おばあちゃん!」

僕は思わず駆け寄った
大好きなおばあちゃん
こんなところで会えるなんて

「元気だったかい?」

おばあちゃんは僕を抱きしめてくれた

「よくここまで来たねぇ」

温かい手が頭をなでる

「これからは
 ずっと一緒にいようねぇ」

おばあちゃん、

「うん、ずっとおばあちゃんと一緒にいたい」

―ユウ、目を覚ましなさい

突然聞こえた
僕を叱るときの厳しくて優しいおばあちゃんの声

僕はハッとして顔をあげた

そこにいたものは
おばあちゃんとは似ても似つかない黒い塊

「哀しいおばけ!」

辺りを見回すと
素敵な空間だと思っていた場所は
元通りの恐ろしい場所

哀しみの森の中心だった

「離して!」

哀しいおばけを突き飛ばして
元来た道に戻ろうとしたけれど

木々が後ろから迫ってきて
道をすっかり塞いでしまっていた

「ずっと一緒にいようよぉ
 もう離さないよぉ
 独りにしないよぉ
 ここにいようよぉ」

前からは哀しいおばけが迫ってくる

「どうしよう、どうしよう!
 僕はここにはいたくない」

どんどん近づいてくる手を振りほどきながら
必死で逃げる

「おばあちゃん、帰りたいよ!」

その時

―ユウを連れて行かないで

僕とおばけの間に滑り込んできた光の玉から
懐かしいおばあちゃんの声がした

―帰りなさい、ユウ

そして
意識が遠のいた

―ユウ、ユウ!

僕を呼ぶ声
まぶしい光

目を覚ますと、パパとママがいた

「良かった、目が覚めたのね」
「心配したんだぞ、ユウ」

「パパ、ママ、ごめんなさい
 怖かったよぉ」

急に泣き出した僕を
驚いた顔で見つめながら
パパとママは抱きしめてくれた

そこは
おばあちゃんのいない
いつもの僕の家だった

あれからしばらくたったある日の午後に
お茶とお菓子を用意しながら
お母さんが僕に聞いた

「あなたが急に倒れたあの日、どんな夢を見ていたの?」

あの頃おばあちゃんが死んでしまったショックで
僕は塞ぎ込むことが多くなった
それでも僕を一人残して仕事に出ていたことを
お父さんとお母さんはとても後悔したらしい
「ちゃんと一緒にいればよかった」
哀しそうな二人の顔を僕は今でも覚えている

今では適度に休暇をとって
こうして家族でゆっくりすることも増えたけれど
あの時は本当に寂しかった

「哀しみの森に、行ってたんだ」

「おばあちゃんが、言ってたお話の?」

「そう
 哀しいおばけに会って、連れて行かれそうになった
 でもおばあちゃんが助けてくれた」

僕は、あの森での出来事を余すことなく話して聞かせた

「そうなのね」

お母さんは、物思いにふけるように
そっと目を閉じて語りだした
「哀しみの森」のお話を
おばあちゃんそっくりな口調で

―その森に行ってはいけないよ
帰ってこれなくなるからねぇ
森には哀しいおばけがたくさんいて
誰かが迷いこむのを待っている…

もし、哀しみを抱えた人が迷いこんだなら
哀しいおばけたちはとても喜ぶ

自分たちの仲間にするために
その人が大好きな思い出の形をとって
その人の前に現れる

けれど

騙されてはいけないよ

その人はもう死んでいて
全くの偽物だからねぇ

いいかい
よく覚えておいで

どんなに人の死が哀しくなっても
現れたその人にすがってはいけない

あなたにはあなたの人生があるし
死んだ人間は

「二度と、生き返らないのだから」

じっと僕を見つめるお母さんの目は
僕を叱るときのおばあちゃんの目によく似ていた

それは
あの日聞けなかったお話の続き
僕を守ってくれたおばあちゃんからの
最後の教えだった

「さ、食べましょうか
 紅茶が冷めてしまうわ」

にっこりとほほ笑んだお母さんに
同じように微笑み返してお茶をすする
いつも通りの午後だった

―哀しみの森は
悩める者の迷いの具現化

絶対に行ってはいけない
囚われてはいけない

哀しみに付け込まれて
帰ってこれなくなるからね

―fin―
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