あなたの推し作家は私

石田空

文字の大きさ
8 / 25
ファンに見つめられるのはいささか照れるし

3話

しおりを挟む
 たつきの反応を見て、浜尾さんとはなるべく顔を合わせないように配慮するしかないと、浜尾さんにアプリで書き置きだけして、私は彼女を連れて食事に出ることにした。
 さすがに仕事帰りの食事くらいは、落ち着いて食べて欲しい。
 たつきは人におごってもらうのは大好きなため、私が「おいしいイタリアン連れてってあげるから、大人しくして。ご飯食べたらちゃんと寝てて」と言ったら、素直に頷いてくれた。
 さすがに面接前に酒が残ったらまずいだろうと、私はワインを頼むのを躊躇ったけれど、たつきは私がメニューを見ている中「お姉ちゃんお姉ちゃん」とメニューを見ながら言う。

「私、白ワイン飲みたいなあ……」
「あのねえ……白ワインがグラス一杯だけでもかなりアルコールあるよ? 明日あんたの面接だったら、なおのこと出せる訳ないでしょ」
「えー、水を飲みながらアルコール飲むんだったら、悪酔いしないってネットで言ってた!」
「それ、多分アルコール飲み慣れている人の言葉だし、飲み慣れてない人間が真似してもあんまり意味ないと思う。まだたつき、自分の酔い度がどれくらいか把握できるほども飲んでないでしょ」
「えー……」

 結局私は大量の果物と炭酸で割っているからギリギリ大丈夫だろうと、サングリアを注文することで妥協した。たくさんの果物の果汁が入っているおかげで、ほとんどジュースと変わらないけれど、たつきが調子に乗って「お替わり頼んでいい?」と言うから、「駄目」と即答して黙らせたけれど。
 出てきたマッシュルームのポタージュを飲みながら、たつきはきゃっきゃと聞く。

「人間嫌いのお姉ちゃん、どうやって知り合ったの? 同居人さんと!」
「えー……あの人お隣さんだったの」
「それだけえ?」
「うん」

 さすがに、浜尾さんが自主的に言ってないのに、私の読者だって言うのもなあと、言うのを躊躇った。
 たつきはジトォと私を半眼で見ながら言う。

「でもお姉ちゃん、基本的に人間嫌いじゃん。お隣さんだからって理由で仲良くなれるとは思えないよ。趣味一緒とか? お姉ちゃんみたいにオタクとか」
「……止めてよ、そういうのは」
「今って別に、オタクっていうのはなんの恥ずかしいことでもないよ? お姉ちゃんものすっごく公言したがらないけどさあ」
「あんたと私だと、世代が違うの。私は自主的に自分の趣味をひけらかすの、好きじゃないし」
「ふうん? そういうもんなの?」

 年が離れていると、趣味に関する距離感も変わるなと、少しだけ怖くなる。少なくとも私は、「BLが好きです」と公言して歩き回らない。たつきが暢気で無神経なのか、あの子の世代はこういうもんなのかが、私にはよくわからないままだった。自分自身が繊細ヤクザである自覚はあるんだけれど。
 私は「そういうもんです」と言うと、たつきは「ふうん」とだけ言った。わかってくれたのかどうかは知らない。

「でも大家さんにはお姉ちゃん、気を許してるんだねえ」
「何度も言うけれど、あんたが思っているようなこと、私たちにはなにひとつないから。そういうの期待しないで」
「なんで?」

 それはなにに対する「なんで?」なんだ。思わず聞き返しそうになるのを、ぐっと堪える。食事がまずくなるから。
 メインディッシュの手長海老のパスタは、手長海老を手で取ってしゃぶらないと身を食べられないせいで、少しだけ無言になる。ふたりでもりもり手長海老をすすって、その甘く引き締まった身を堪能していたら、トマトソースのパスタをフォークに絡めながら、ようやくたつきは口を開いた。

「私、それがよくわかんないなと思ったんだけど」
「だから……なにが『なんで?』なの。話が飛び過ぎててよくわかんない」
「なんにも飛んでないよ? 単純に、ひとつ屋根の下に男女が住んでて、どうしてなんの事故も起こらないんだろうって不思議に思っただけ。おまけに私が泊まりに行ってもなんの問題もないって、変なのって思ったの。その人、LGBTの人でもないんだったら、なんでなんだろうって」
「あのねえ……私が四六時中発情して、ムラムラしている人と同居なんてできる訳ないでしょ」
「うん、お姉ちゃんの人間嫌いを考えればそうだよね。その人間嫌いのお姉ちゃんが許容できる関係ってなんだろうって、普通に疑問に思ったんだよ」

 そこかあ……。私はなにもかもを面倒臭く思いながら、パスタを食べるのに集中した。
 せっかく海老の味が濃厚なパスタが、これじゃあ台無しだ。

「あの人と私は同類だから。だから上手く行ってるんだよ。だからたつき、お願いだから私たちを引っかき回さないでよ。本当にお願いだから」

 そう懇願するように言うと、たつきは「仕方ないなあ」と言ってから、サングリアを傾けた。

「なんというかさ、お姉ちゃんもその、大家さんも。生きにくそうだよね」

 そうしみじみと言われてしまい、私はがっくりとうな垂れた。
 自分たちが生きにくい性分だってこと、自分たちが一番よくわかっている。
 私たちは互いに人間嫌いで、互いにパーソナルスペースが広いのを知っているから、それにできる限り触れないようにしているから、かろうじて上手く行っている関係だ。
 互いに風呂の時間を分け、生活動線を引いて、絶対に踏み込んではいけないスペースに入らないように心掛け、実際にそれで上手く行っている。
 BL作家とその読者。今は同居人。
 他になにも入り込む余地がないからこそ、居心地のいい関係を築いている。
 それは異物が入ってきたら、簡単に決壊してしまう関係だ。だからこそ、頼むから余計なことは言ってくれるなと、私は必死になって言っている訳だ。

****

 帰りに、浜尾さんにお土産兼お詫びでエッグタルトを買って帰ることにした。さすがに了承してもらったとはいえど、私たちのパーソナルスペースにたつきを入れることにしたのは申し訳がなさ過ぎて、せめて手土産でも持って帰らないと無理だった。
 私たちがアパートに帰り着くと、とっくの昔に浜尾さんは帰ってきていた。日頃はもっとダラッとしたシャツにジャージ姿にもかかわらず、仕事帰りのスーツ姿のままなのは、私たちに風呂を譲ろうとした結果なのかもしれない。

「ただいま戻りました……食事、外で済ませました。これ、お騒がせしますからお土産のエッグタルトです。暇なときでもどうぞ」

 私がエッグタルトの紙箱を差し出すと、浜尾さんは怖々と受け取った。

「お帰りなさい……えっと、こんばんは……」

 浜尾さんはあからさまに視線がおかしい。私とはなんとか目を合わせられるものの、視界から必死でたつきを外そうとしているのだ。
 たつきは怪訝な顔で一瞬見たものの、すぐ屈託のない笑みを浮かべた。

「こんばんは! 初めまして、しばらくお世話になります、柏原たつきです! よろしくお願いします!」
「えっと……はじ、めまして……浜尾、努です……せ、まい部屋ですけど、好きに使ってくれて、かまいませんから……ああ、自分はできる限り部屋にいますから、本当に気にせず……」

 あからさまに私と初体面のときに戻ってしまった浜尾さんは、今にも口から魂が出そうになっていたものの、どうにかたつきとの挨拶を終えたあとは、部屋に引っ込んで本当に出てこなくなってしまった。
 まるで彼の家を私たち姉妹が乗っ取ったみたいで、非常に申し訳ない。
 たつきは私と顔を合わせた。

「お姉ちゃんとも、いつもああなの?」
「いや、私とは普通に会話ができてるけど。というより、そうじゃなかったら同居できないでしょ」
「それもそうか。でもああだったら、大変そうだねえ」
「なにが?」
「ずっと人の言動に緊張し続けていたら、いつかパァンと破裂してしまいそう」
「止めて。それ絶対に浜尾さんに言わないで」
「わかってるよ。ただ、大変そうだなと思っただけで」
「それ。そういうの本当に止めて」

 私が注意すると、たつきは少しだけ唇を尖らせてから「はあい」とだけ言った。
 浜尾さんの風呂の時間は私たちよりも大分遅いから、たつきに最初に入らせてから、私も風呂をいただくことにした。
 久々に人が使ったあとの湯船で、風呂場が暖まっているのがわかった。
 浜尾さんはシャワーしか使わないせいで、私しかお湯を使わず、あまりにも申し訳ないのともったいないので、残り湯は全て洗濯と風呂掃除に使わせてもらっていた。
 何度かお湯をよかったら使って欲しいとか、シャワーだけだと体に悪いと言っても、浜尾さんは頑なにお湯に入らなかった。そういう性分なのか、私のあとのお湯に入りたがらないのかがわからず、私が風呂の時間を入れ替えるよう交渉しても、やっぱり「かしこ先生に申し訳ないです」と首を振って、受け入れてもらえなかった。
 普段は私しか使わない湯船に入りながら、ぼんやりと今日一日のことを考える。
 一日たつきに付き合った疲労が、お湯に流れて消えていったらいいなとぼんやりと湯船にもたれながら思う。
 この子は気を遣っているのか、人の神経を抉っているのかがわからない。でも繊細ヤクザはなんでもかんでも「傷付きました」と言ったら傷付いてしまう認識になってしまうから、これは単純な私の認知の歪みなのかもしれない。
 そもそも、私はなんでたつきに久々に会って、ずっと繊細ヤクザがまろび出るくらいに警戒心を露わにしているのか、自分でもよくわからなくなっていた。
 もしかしたら。
 私と浜尾さんは、異物が入ってきたら簡単に決壊してしまうような、脆い関係だ。本当に居心地がいい同居生活を崩されたくなかったのかもしれない。
 ……それはあんまりにも、浜尾さんに対しても、たつきに対しても失礼だ。

「……申し訳ないな」

 湯船にひとり言が思いっきり響いて、慌てて私は膝を抱えた。
 どうせたつきは面接三件終えたら、地元に帰る。それが終わったら日常に戻れるんだから、それまで我慢しよう。
 今までの生活がどれだけ居心地よかったのか、嫌というほど思い知らされたのが、私にとってはどうしようもなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...