魔法少女の食道楽

石田空

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手土産と里帰りと襲撃

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 お兄ちゃんは教えてくれた。

「一応結婚を前提に付き合っている彼女がいるから挨拶したいけど、母さんまだアレなのか知らないから」
「あー……」

 お母さんの自然食品信仰。それが原因でお兄ちゃんは家出したし、私は実家に帰らないし、お父さんは外食ばかりで家に寄りつかなくなった。
 今帰った場合どうなるのか、私もわからないんだよなあ。

「だから頼む、奈々。仲介して!」

 頼まれてしまったけれど、私だってしばらく実家には帰ってない。
 困り果てた末に「わかった……」と言ってから、続ける。

「でも私も仲介するだけで、お母さんの機嫌を損ねるかどうかまではなんともできないからね」
「ありがとう!」

 それだけ言って、私と立川さんは店を後にした。立川さんは私たちの会話でやっとうちの家の問題について思い当たったみたいだ。

「一ノ瀬さんのお母さんって……」
「うちの親、元々お兄ちゃんはアレルギー持ちだったのを気にして、いろいろやってたんですよねえ。まっずいアロエジュース飲ませたりとか」
「……アロエってそんなに味なくないか?」
「ヨーグルトとかに入ってる奴は全然味しないですよね。でも生のアロエって、無茶苦茶えぐい味するんですよ。リンゴジュースとかで割らないととてもじゃないくらいに飲めないくらい、えげつない味するジュースを、わざわざ手作りでつくってたんです。毎日ご飯がまずくってまずくって、それでだんだん食卓に笑い声が途絶えていったんですよねえ。お腹空いてもご飯食べたくないってのが勝って」
「ああ……だから一ノ瀬さん、体壊しても結構食べたがるのか」
「一番健康な時期に、一番ご飯食べられなかった影響でしょうねえ。ちなみにお兄ちゃんのアレルギー、家出して働きはじめて、皮膚科に通ったら治っちゃったんですよね」
「……病院に行ったりは」
「私はよく知りませんけど、通ってなかったと思います」

 立川さんは押し黙ってしまった。そりゃそうだろう。どう考えたってうちの親のやり口あまりよろしくない。
 引かれてしまったかな。このまんま別れることになるかな。
 私はハラハラしながら立川さんを見ていたら、やがて口を開いた。

「でもお兄さん、どうしてわざわざ実家に帰るんだ? なにか報告か相談でもあるんじゃないか?」
「ああ、そういえば……」

 結婚を前提にお付き合いだから、もう結婚する予定なのはほぼほぼ確定だろう。でもわざわざお母さんに仲介取ってっていうのは、なんか報告があると考えたほうがいい。

「わかりません。でもとりあえず久々に実家に連絡しないといけませんね。あと」
「どうかしたか?」
「うーん。実家に帰る際、喧嘩にならないようになんか買ってから行こうかと思いますけど。なにを買おうかなと」
「でも聞いている感じ、自然派信仰でもものすごくやばい方向には行ってないから、その辺りは問題ないと思う。手土産も食べ物だったらとやかく言われるだろうから、老舗のお茶ならなんとか」
「ああ、そうですね。緑茶だったらまだなんとかなると思いますんで探してみます」
「でもいずれはご挨拶に行きたいんだけどな、俺も」

 その言葉に、思わず笑ってしまった。
 一応この人も挨拶してくれる気あるんだなと。

「はい、そのときはよろしくお願いしますね」

 こうしてその日は別れた次第だった。

****

 家に帰ってから、久々に実家に電話をする。
 電話を取ってくれたのはお父さんだった。

『奈々か、どうした?』
「お父さんお久し振り。この間お兄ちゃんに会って、実家に挨拶に行きたいって言ってるんだけど大丈夫?」
『ああ、無月生きてたか。元気そうか?』
「元気で今は店を切り盛りして過ごしてるよ。それで……お母さんは……」
『ああ、お母さんも元気だよ』
「お母さん、まだ健康志向のまんま?」

 お兄ちゃんが家出し、私も家を出てってからどうなってるかと気を揉んでいたら。お父さんはあっけらかんと言った。

『前に見てたドラマで、ジャンクフードばかり食べる俳優がいてな。それのおかげで前よりはだいぶ薄まった』
「わあ」

 少々どころかかなり意外だったけれど、それで健康志向を捨ててくれたんだったら、話は早い。私はともかく、お兄ちゃんの彼女さん、つまりはお嫁さん予定の人がお母さんと揉めてギスギスするのは居たたまれないから、健康志向は捨ててくれないと困る。
 私は「それなら、今度お兄ちゃんと遊びに行くからね」と言ってから電話を切った。
 それからデパートまで買い物に出かけ、老舗緑茶メーカーの緑茶を選びはじめる。比較的おいしいお茶を選ぶと、それを手土産にお兄ちゃんと実家に帰ることになった。
 お兄ちゃんの連れてきた彼女さんは、てっきりお兄ちゃんは家出してからずいぶんと逞しい体型に成長していたから、彼女さんもまたナイスバディな人と仲良くなったのかと思ったら、ずいぶんと小柄で可愛らしい人だった。

「彼女、梅子さん」
「梅子です……あなたが奈々さんですね。よろしくお願いします」
「いえいえ。妹の奈々です。本日はどうぞよろしくお願いします」

 私と梅子さんでペコペコと頭を下げ合いつつ、電車に乗り込む。私鉄から乗り換えて一時間。それでだんだん、そこそこ洗練されていた街並みが一転、ごみごみごちゃごちゃした風情の町並みへと切り替わる。
 私とお兄ちゃんの故郷は地方都市であり、今住んでいるところよりも人は少ない上にごちゃごちゃしているものの、その雰囲気が気に入られて都会のベッドタウンみたいになっている。
 梅子さんはずいぶんと珍しいそうにしているのを、私が案内していく。しばらく帰ってなかったというのに、驚くほど変わり映えのしない町並みをゆっくり歩いていたところで。

「あそこが我が家です」
「……一戸建てなんですね?」
「いえ。一戸建ての賃貸なんですよ」
「一戸建てって賃貸になるんですか?」
「この辺り、意外と転勤族が多いせいで、一戸建ての賃貸がそこかしこにあるんです」

 うちみたいに何十年も住んでいるのが珍しいだけで、両隣もお向かいも全部引っ越して住民が交替している。
 そこでうちのチャイムを鳴らそうとしたところで。

「ナナ様!」

 最近見ないと思っていたリリパスがいきなり私の目の前に現れて、思わず背中を仰け反らせた。タイミングが悪過ぎる。ここは実家の真ん前だ。

「すぐに来てください! 大きな闇妖精の気配です!」
「ちょっと待って……これからうちに挨拶しないといけないんですけど……」

 私がゴニョゴニョ言っていても、お兄ちゃんも梅子さんも見えていない。

「あのう……奈々さん? どちらにしゃべって……」
「い、いえ。今そこに犬がいた気がして……昔隣が飼ってたんですけどね、ハハ」
「ナナ様! これは大変なんですよ!」

 おい、やめてリリパス。ここでお腹痛いから実家帰れないなんてのたまったら、お兄ちゃんも梅子さんを家族に紹介できないから!
 私はあせあせとしていると、お兄ちゃんが「奈々」と呼んだ。
 ああ、お兄ちゃんごめんなさい。私ってば……。

「お前まさか母さんと喧嘩してから、家に帰ってないのか?」
「へあ?」

 一方的に気まずくって連絡取ってないだけで、別に喧嘩はしていない。そもそもお父さんとは普通に連絡取り合っていたし、実家に送られてきた手紙や書類は私のアパートに転送してもらっている。
 だから数年ぶりとはいえど、そこまで気まずいとは思ってない。だけどお兄ちゃんは勝手に納得してしまった。

「そっか。そうだよな、俺ばっか被害者じゃなかったもんな。ごめんな。無理に連れてきて。ちょっと話してくるから、お前は久々の地元見て来いよ」
「あ……違う……」
「俺は挨拶してくるから」
「あ、せめてお土産。私からって言っても言わなくてもいいけど」

 私は緑茶を押しつけると「ちょっと風当たってきます!」とだけ言って、そのまますたこらさっさと走り出した。
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