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最後の希望 星屑の願い
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織姫の重い言葉に、リゲルは目を見開く。
「え……だって、負けたら死ぬのに、それでもルールを追加しないの?」
「優勝し続ける限り、負けないし死なない。むしろライバル企業がどんどん間引かれるから、向こうはなんにも困らないんだよ……ブランペイン・コメットは」
シリウスが悔しげに唇を噛む。
ブランペイン・コメット……通称ブラコメは、田舎者のリゲルすら雑誌で見て知っているアイドルプロダクションだった。
アイドルだけでなく、俳優、モデル、スタントマン……芸能界を牛耳っていると言っても過言でないほどにその影響力は強く、当然ながら二局しか映らないリゲルの地元のテレビにすらそこ所属の芸能人を見ない日はなかった。
デネブは悲しげに笑う。
「ぼくたちだってね、死にたくないんだ。先輩たち、ぼくたちの代で勝てるようにって、皆スターダストフェスティバルに出て死んじゃったしね。でも……ブラコメに勝てるかどうかわからないんだよ。あそこはどこよりもお金があるし、あちこちに売名活動させられる……予選会だって、無名のアイドルよりも少しでも顔を知っているアイドルを応援したくなるじゃない。実力は全然ないアイドルに負けた先輩たちだっていたんだよ」
彼の言葉に、リゲルはただ言葉を失って立ち尽くす。
それを振り払うように、シリウスがパンパンと手を叩く。
「おしゃべりはここまでだ。俺たちの出番はまだ終わっちゃいない。予選会だって突破してないんだ」
それにはっとする。
「もうそろそろ……オレたちの次の対戦相手が決まるよね」
「ああ。行くぞ。俺たちにできることは……勝つことだけだ」
シリウスの言葉に、リゲルもデネブも、大きく頷いた。
「……うん」
****
予選会第二戦。対戦相手はオリプロとほぼ同列の小さな事務所所属アイドル【ハレーション】だった。
彼らはTシャツにデニムという、アイドルというよりもバンドメンバーのような格好で立っていた。
「あっ! 【destruction】さんですよね! さっきの予選見てました! もうむっちゃ歌上手いですよね!」
リーダーらしき少年が、シリウスの手を取るとぶんぶんぶんと振る。まるで黒芝のような愛らしさだ。人懐っこい雰囲気はリゲルやデネブに近いが、このふたりのどちらかと言えば、そういうキャラアピールが欠かせないデネブにより近いようだった。
「あ、ああ……すまない。俺たちはミーティングをしてたんで、【ハレーション】のパフォーマンスは観戦できなかったんだが」
「いーえー! 頑張りましょうね!!」
まるで今からデッドオアアライブの試合がはじまるとは思えないほどに、スポーツマンシップ溢れた挨拶だった。
リゲルは「すごいね」とポツンと言うと「そりゃそうだよ」とデネブが返した。
「正直ね、死ぬ直前って【マウリイ】みたいに暴れまくるのが普通。だって死にたくないもん。どこの誰ともわからない人に自分の内臓がどなどな持って行かれるなんて嫌でしょう?」
「そりゃそうだけど……」
「でもさあ……死ぬときまで、愛されたいじゃない。ぼく思いっきり来ているお客さんたちに媚び売ってるもの。死にたくないから生かしてくださいって。負けてしまっても、可愛いと思った人たちが、もしかしたらペットにしてくれるかもしれないし」
「……デネブはそれでいいの?」
「いい訳ないよ」
デネブはきっぱりと返す。
「いい訳ないけどさ、ぼくはシリウスくんみたいに毅然とした態度を取れないし、才能の塊みたいなリゲルくんみたいにはなれない。だからせめて、死ぬ直前まで愛されたい。殺すとなったら罪悪感を持つくらい愛されたいんだよ」
彼の言葉に、リゲルは俯いた。
やがて、くじ引きがはじまった。残ったくじは──【ダンス】。
先攻後攻は、結果【ハレーション】が先攻、【destruction】は後攻となった。
皆で幕の内から、彼らの踊りを見る。
彼らのダンスは、ヒップホップともストリートダンスとも違う、雑技団の曲芸のような動きだった。拳法のような型を決めたと思ったら、ふたりの肩の上にひとりが乗り、艶やかに逆立ちをする。
たしかに彼らのダンスの前では、アイドルらしい衣装はそぐわない。ギリギリまで体を動かせるような格好が一番だ。
彼らのダンスを見ながら、リゲルは「ねえ」と声を上げた。
【ハレーション】のダンスを見ていたシリウスが振り返る。
「オレさあ……さっきの【マウリイ】もだけれど、【ハレーション】も、他のアイドルも助けたい。そりゃブラコメは強いかもしれないけどさ。でも……」
たしかに彼らの才能は、遺伝子調整によりつくられたものかもしれない。
美貌、美声、運動神経の高さ……全て遺伝子調整によりつくられても、それでもなお捨てられてしまった少年たち。
だが。彼らの笑顔と熱量、観客席の人々の笑顔は、果たしてつくられたものだろうか。
星の瞬きは、何千年前のもので、もうその星が存在しているのかどうかさえ定かではないが、伝わったという事実だけは残っている。
彼らのダンスの迫力は、見てる自分たちにも理解できている。
「これをさ、無くしちゃうのって、やっぱり違わなくない?」
リゲルの言葉に、シリウスはふっと笑った。デネブはニコリと笑う。
「ここから先は、茨の道になるぞ」
「わかってるよ。まずは予選会を突破する……そうしたら他の皆も助けられるんでしょう?」
「なーんか、こういうのって、青春って言うの?」
自体はなにも解決してはいない。
勝てば生き残れ、負ければ死ぬ。スターダストフェスティバルのルールの書き換えに成功しない限り、自分たちの命は主催者たちに握られたままだ。
しかしこの場にある輝きは、本当に切って捨てていいものだろうか。
生まれた命がある。生まれた光がある。生まれた友情がある。生まれた願いがある。
最初は望まれた命。でも捨てられてしまった命。その命は消耗品として使い潰していいものではない。
彼らの舞台の幕が上がった。
星屑たちの逆襲が──今、はじまった。
<了>
「え……だって、負けたら死ぬのに、それでもルールを追加しないの?」
「優勝し続ける限り、負けないし死なない。むしろライバル企業がどんどん間引かれるから、向こうはなんにも困らないんだよ……ブランペイン・コメットは」
シリウスが悔しげに唇を噛む。
ブランペイン・コメット……通称ブラコメは、田舎者のリゲルすら雑誌で見て知っているアイドルプロダクションだった。
アイドルだけでなく、俳優、モデル、スタントマン……芸能界を牛耳っていると言っても過言でないほどにその影響力は強く、当然ながら二局しか映らないリゲルの地元のテレビにすらそこ所属の芸能人を見ない日はなかった。
デネブは悲しげに笑う。
「ぼくたちだってね、死にたくないんだ。先輩たち、ぼくたちの代で勝てるようにって、皆スターダストフェスティバルに出て死んじゃったしね。でも……ブラコメに勝てるかどうかわからないんだよ。あそこはどこよりもお金があるし、あちこちに売名活動させられる……予選会だって、無名のアイドルよりも少しでも顔を知っているアイドルを応援したくなるじゃない。実力は全然ないアイドルに負けた先輩たちだっていたんだよ」
彼の言葉に、リゲルはただ言葉を失って立ち尽くす。
それを振り払うように、シリウスがパンパンと手を叩く。
「おしゃべりはここまでだ。俺たちの出番はまだ終わっちゃいない。予選会だって突破してないんだ」
それにはっとする。
「もうそろそろ……オレたちの次の対戦相手が決まるよね」
「ああ。行くぞ。俺たちにできることは……勝つことだけだ」
シリウスの言葉に、リゲルもデネブも、大きく頷いた。
「……うん」
****
予選会第二戦。対戦相手はオリプロとほぼ同列の小さな事務所所属アイドル【ハレーション】だった。
彼らはTシャツにデニムという、アイドルというよりもバンドメンバーのような格好で立っていた。
「あっ! 【destruction】さんですよね! さっきの予選見てました! もうむっちゃ歌上手いですよね!」
リーダーらしき少年が、シリウスの手を取るとぶんぶんぶんと振る。まるで黒芝のような愛らしさだ。人懐っこい雰囲気はリゲルやデネブに近いが、このふたりのどちらかと言えば、そういうキャラアピールが欠かせないデネブにより近いようだった。
「あ、ああ……すまない。俺たちはミーティングをしてたんで、【ハレーション】のパフォーマンスは観戦できなかったんだが」
「いーえー! 頑張りましょうね!!」
まるで今からデッドオアアライブの試合がはじまるとは思えないほどに、スポーツマンシップ溢れた挨拶だった。
リゲルは「すごいね」とポツンと言うと「そりゃそうだよ」とデネブが返した。
「正直ね、死ぬ直前って【マウリイ】みたいに暴れまくるのが普通。だって死にたくないもん。どこの誰ともわからない人に自分の内臓がどなどな持って行かれるなんて嫌でしょう?」
「そりゃそうだけど……」
「でもさあ……死ぬときまで、愛されたいじゃない。ぼく思いっきり来ているお客さんたちに媚び売ってるもの。死にたくないから生かしてくださいって。負けてしまっても、可愛いと思った人たちが、もしかしたらペットにしてくれるかもしれないし」
「……デネブはそれでいいの?」
「いい訳ないよ」
デネブはきっぱりと返す。
「いい訳ないけどさ、ぼくはシリウスくんみたいに毅然とした態度を取れないし、才能の塊みたいなリゲルくんみたいにはなれない。だからせめて、死ぬ直前まで愛されたい。殺すとなったら罪悪感を持つくらい愛されたいんだよ」
彼の言葉に、リゲルは俯いた。
やがて、くじ引きがはじまった。残ったくじは──【ダンス】。
先攻後攻は、結果【ハレーション】が先攻、【destruction】は後攻となった。
皆で幕の内から、彼らの踊りを見る。
彼らのダンスは、ヒップホップともストリートダンスとも違う、雑技団の曲芸のような動きだった。拳法のような型を決めたと思ったら、ふたりの肩の上にひとりが乗り、艶やかに逆立ちをする。
たしかに彼らのダンスの前では、アイドルらしい衣装はそぐわない。ギリギリまで体を動かせるような格好が一番だ。
彼らのダンスを見ながら、リゲルは「ねえ」と声を上げた。
【ハレーション】のダンスを見ていたシリウスが振り返る。
「オレさあ……さっきの【マウリイ】もだけれど、【ハレーション】も、他のアイドルも助けたい。そりゃブラコメは強いかもしれないけどさ。でも……」
たしかに彼らの才能は、遺伝子調整によりつくられたものかもしれない。
美貌、美声、運動神経の高さ……全て遺伝子調整によりつくられても、それでもなお捨てられてしまった少年たち。
だが。彼らの笑顔と熱量、観客席の人々の笑顔は、果たしてつくられたものだろうか。
星の瞬きは、何千年前のもので、もうその星が存在しているのかどうかさえ定かではないが、伝わったという事実だけは残っている。
彼らのダンスの迫力は、見てる自分たちにも理解できている。
「これをさ、無くしちゃうのって、やっぱり違わなくない?」
リゲルの言葉に、シリウスはふっと笑った。デネブはニコリと笑う。
「ここから先は、茨の道になるぞ」
「わかってるよ。まずは予選会を突破する……そうしたら他の皆も助けられるんでしょう?」
「なーんか、こういうのって、青春って言うの?」
自体はなにも解決してはいない。
勝てば生き残れ、負ければ死ぬ。スターダストフェスティバルのルールの書き換えに成功しない限り、自分たちの命は主催者たちに握られたままだ。
しかしこの場にある輝きは、本当に切って捨てていいものだろうか。
生まれた命がある。生まれた光がある。生まれた友情がある。生まれた願いがある。
最初は望まれた命。でも捨てられてしまった命。その命は消耗品として使い潰していいものではない。
彼らの舞台の幕が上がった。
星屑たちの逆襲が──今、はじまった。
<了>
応援ありがとうございます!
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