大学寮の偽夫婦~住居のために偽装結婚はじめました~

石田空

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偽夫婦、またまたトラブルに対処します

6話

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 櫻大の事務所に電話を入れて、面会を求める。
 その日の格好は比較的新しい私服にしようとしたら、素子さんに「待ってください」と止められた。

「ええっと、素子さん?」
「亮太くん。面接に着ていったスーツ、まだ捨ててないですよね? それ着て行きましょう」
「ええっと……大袈裟ではないですか?」
「ちっとも。むしろ話し合いをする場合は、正装で行かなかったら舐められますから。話し合いに来たって気概を伝えることが肝心です」

 そういうもんなのか。俺はどこにスーツを片付けたかなと探し出してから、それに着替えることにした。
 スーツを着て、髪に櫛をかける。この間日名大に行ったときの髪形ではなく、ビジネスマンみたいな髪形だ。俺のネクタイを素子さんは真剣に結んでくれた。素子さんは素子さんでリクルートスーツを着て、首元にネックレスまで付けているんだから、話し合いに行くという気概を感じさせる格好だった。

「ここまですると、脅迫に思われませんからね」
「むしろこちらが被害者になりかけましたし、亮太くんは既に二回ほど七原さんを助けに向かっています。そもそもマルチ商法に加担した場合は、普通に退学処分にされてもおかしくないんですからね。それに対して苦情する権利はあります」
「そうですね……よし」

 今日は土曜日だから、基本的に青陽館の中も気が緩んでいる。土曜の講義に出る子たちは朝ご飯を済ませたらさっさと出てしまったし、授業のない子たちはバイトなり部屋で課題なりをだらだらとしている。
 昼間は出かけてくるという旨は昨日のうちに伝えているから、俺たちは意を決して青陽館を出た。
 電車に乗り継ぐこと三十分。
 駅前に既にででんと構えてあるのが見える校舎に、俺はまじまじと見行ってしまった。普段はここの駅で降りることもないから、あまり気にしていなかったけれど、櫻大はかなり大きな大学だった。
 俺が呆気に取られている間も、素子さんは冷静だった。

「事前に連絡しましたし、約束した時間の三分前になりましたら向かいましょう」
「あ、はい……いきなり弁護士とか待ち構えてないでしょうね?」
「亮太くん、それはさすがに小説の読み過ぎです。学生のことでお話があるから電話ではなく直接出向きたいと言っただけでしょう」
「そう……ですね。ははは」

 緊張しているらしい俺に、素子さんは微笑む。

「大丈夫です。前に亮太くんはきちんと早川さんだって助けましたし、七原さんだって二回も助けているんです。あなたはあなたが思っているよりもずっと、寮生の子たちを助けているんですから、今回も大丈夫ですよ」

 その言葉に、俺はふにゃふにゃになりそうになるのを堪える。本当に素子さんは、とことん俺を甘やかしている気がする。この人のほうがずっと頼りになるのに、ひたすら俺を肯定してくれるんだ。俺はそこまで大した人間じゃないのに、彼女に励まされていると上等な人間になったような気がしてくる。

「だと、いいですよね」

 そう自分に言い聞かせるようにして、素子さんに返事をしてから。とりあえず時間が来たので、俺たちは櫻大の事務所へと向かった。
 警備員さんに約束を取り付けた旨を伝えたら、すぐに確認をして案内してくれることとなった。土曜だから、もっとうちの寮生たちみたいにのんびりしているのかと思いきや、結構学校に来ている学生が多い。

「学生さん多いですね」
「ええ……結構実験で大学に泊まり込んでいる子たちも多いんですよ。どこの大学でも真面目な子たちは本当に真面目なんです」

 俺の感想に、警備員さんは嬉しそうに答える。警備員さんはここの子たちが可愛いらしかった。それを見ていると、ますますあいつらどうにかしないとまずくないかという気分になってくる。
 こんな真面目な子たちで大学は支えられているのに、詐欺まがいなことをやっているOBやOGのせいで台無しなんてもったいない。
 通された事務所で、事務長らしい人が「わざわざようこそお越しくださいました」と頭を下げられ、俺たちも頭を下げる。

「今日は単刀直入に申しますと、大学を跨いで繋がっているサークル内で蔓延しているマルチ商法についてお話に伺いました」

 七原さんから聞いたことと、今までの時系列を全部ワープロソフトでまとめてプリントしたものを差し出すと、事務長さんは顔をしかめる。こちらも既に日名大に通報しているものの、学外の話な上に未遂だからと取り合ってもらえない。あまりにどうしようもない場合は警察に相談しようとしている旨までを語る。
 事務長さんは「大変うちのOBがご迷惑をおかけしました」と頭を大きく下げる。

「うちの大学でも注意勧告は致しますし、サークル内の査察も進めたいと思います。本当に被害に合われた学生さんに申し訳ございません」

 日名大の事務員から受けた横柄な態度を思ったら、あまりに腰の低い櫻大の対応に、ただ目を白黒させて、俺はあわあわと声を上げる。

「いえ。本当に我々もサークル活動を糾弾した上で、寮生からサークル活動を取り上げたい訳ではないんです。健全なサークル活動でしたら応援したいのですが、学生が犯罪に巻き込まれかけているのを見過ごせなかっただけですので」
「本当に……その学生さんも幸運だったと思います。実家から離れている学生でしたら、相談できる相手が限られているせいで、なにもわからないまま学生ローンを組まされていて、大学を辞めてまで借金返済に走らざるを得なくなるケースも見られますから……その学生さんは運がよかったと思います」

 事務長さんのあまりにもの丁寧な説明と、もしもサインしてしまった場合の話を聞いて、内心「ひいっ!」と悲鳴を上げていた。本当に、何度も何度もよく七原さんも逃げ切れたもんだと、彼女のことは思いっきり褒めないといけないと思った。

「このことは、大学の上層部にも報告を入れておきますから。繰り返しになりますが、本当にこのたびは申し訳ございませんでした」

 事務長さんに思いの他丁寧に謝られた上で、俺たちは櫻大を後にした。
 プレッシャーから解放されたせいなのか、思っている以上にとんとん拍子で話が進んでしまったせいなのか、どうにも落ち着かない。

「もっと大きな大学だったら横柄な態度取られると思ったんですけど、無茶苦茶腰低かったし、日名大よりも丁寧な対応でしたね?」

 櫻大の対応を口にしてみると、素子さんも「そうですねえ」と頷いた。

「うーん、ひとつは予算の違いだと思います。さっきも言いましたけど、櫻大は地元企業がスポンサーになって研究を進めていますから、お金に余裕があります。もうひとつは地元企業の心証が悪くなった場合、スポンサーを降りてしまう場合がありますから。その場合スポンサーのおかげで進んでいる研究がストップしてしまう場合があります。学生が犯罪を起こして、他校の学生に迷惑をかけているとなったら余計にです」
「なるほど……そこまで考えが及びませんでした」
「最近はどこもクリーンなイメージで進めたいですから、マルチ商法に関与しているというのは避けたいかと思いますよ」

 俺たちが電車に青陽館に戻ろうとするとき、ホームの向こう側にあのガラの悪いOBたちがいるのを見つけた。あいつらもいい加減に懲りてくれたらいいのに。
 今日は俺がジャージではなくスーツだったせいか、あちらは気付くこともなく立ち去ってしまったのを見送りながら、俺たちは目的の電車に乗り込んだ。

   ****

 櫻大に抗議に出かけてから、二週間ほど経った。
 その日も日名大の事務所から食材を受け取ったとき「こちらもどうぞ」と日名大からの配達員から手渡されたものを見て、「あっ」と声を上げた。
 こちらが抗議を入れても無視されていたマルチ商法の注意勧告のポスターだった。俺が自分でコンビニでプリントしたものよりも立派なもので、紙質もつるんつるんとしている。
 俺が食材を食堂の厨房に入れに行く際にそのポスターを素子さんに見せたら、素子さんもクスリと笑う。

「櫻大が本当にサークルに査察を入れてくれたみたいですね」
「俺らが抗議しても自己責任で通していたのに、櫻大が動いたら注意勧告してくれるんですか……もっと早くしてくれたらよかったのに」

 俺だけでなく、日名大の学生たちだって抗議を入れていたのに、大きな大学が動いた途端にこれだもんなあ。俺がげんなりとしていたら、素子さんはクスリと笑いながら、食材を冷蔵庫に入れようと抱える。

「なにもしてくれないよりも、大分ましですよ」

 そんなもんか。俺はそう思いながら、ポスターを貼りに行ったとき、「あっ、管理人さん、ただいまー」と溌剌とした声で挨拶をされる。
 ちょうどテニスラケットを背中に抱えている七原さんだった。

「ああ、お帰り。サークル活動はどう?」
「はい! なんかようやく縁が切れてほっとしてたんですよ」

 七原さんがようやくいつもの明るい調子で、声を弾ませて返事をする。

「うちのサークルも、しばらくはグループごとのイベントに参加は見送ろうってなってくれたんで、他校と交流できないのは残念ですけど、しばらくは身内だけで楽しくテニスできるんで」

 さんざん泣いていたのを見ていたせいで、彼女がようやく調子を取り戻したのを見ると、こちらもほっとする。

「そっかそっか。よかった。でも七原さんも本当によく逃げ切れたね」
「だって。あたしのせいで、青陽館の皆に迷惑かけられませんし、そういう人たちがうちに押しかけてくるの、すっごく嫌でしたから。えっと、管理人さん。話聞いてくれてありがとうございました!」

 そう言って彼女は元気に部屋に戻っていった。俺たちなんてあちこちに抗議に行っただけで、早川さんのときほどなにか大きなことをした訳でもないのになあ。
 俺が見送っているのに、またも素子さんはクスリと笑う。

「よかったじゃないですか。七原さんも元気になってくれて。それに、前に櫻大の事務長さんもおっしゃってたじゃないですか」
「ええ?」

 俺が振り返ると、素子さんはしみじみと言った。

「七原さんは、本当に運がよかったんですよ。すぐに亮太くんに助けを求められて。普通はサークルを居場所だって思ってしまったら、早く帰りたい一心でサインをしてしまって取り返しのできないところまで追い込まれていました。もしかしたら、七原さんだって加害者側に回っていた可能性だってあるんですから」
「あー……それを防げたってことなら、まあよかったんですかね」
「なんでもそうですよ。なにも起こらないのが一番ですけど、それを防ぐのって、どんなに手間暇かかっても派手じゃないから評価されないんです。でも私は、亮太くんが動いていたのをちゃんと見ていますから。頑張りました」

 そう素子さんに言われて、またもむず痒い気分がせり上がってくるのを感じる。
 でも、そりゃそうか。なにか大事おおごとになってからだったら、それがたとえ解決したって禍根が残ってしまう。だからこそなにもないってことが、一番平和なんだ。
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