11 / 23
妓楼の怪談
しおりを挟む
こうして、月鈴は空燕にそそのかされて嫌々妓楼で占術席を開くこととなってしまった。
机に椅子。そして彼女の方術の道具として札を各種。月鈴は嫌そうな顔で空燕を睨んだ。
「何度も言うが、私は占術はあまり詳しくないぞ? そもそも情報収集なのにどうして占術師の真似事なんざしなけりゃならないんだ!」
「おや、お前さん方士としては俺よりも長いのに、どういう人物が占術に頼るのかご存じないので?」
「……どういう意味だ?」
月鈴はなおも半眼で空燕を睨むが、空燕はどこ吹く風だ。
「基本的に占術の場での会話は、その場限りの話とされる。人に頼れない、人に言いたいが言えない、噂を広めたくない……そういうときに、占術に頼るんだ」
「……ひとりで黙ってるんじゃ駄目なのか?」
「そりゃお前さんみたいな強い人間だけならそうだがな。人間そこまで強くないし、本当に困り果てたら藁にすらすがりつくんだよ。特に妓楼にいる女や、ここに酒を飲みに来た人間なんざ、ほとんどは訳ありさ。そんなもん婆さんや同業者になんざ相談できないだろ」
「……つまりは、これで雨桐の不可解な現状の情報を集める、と……?」
「そういうことだ」
たしかにこれは、がたいが大きくて話しかけづらい空燕よりも、若干華奢な月鈴のほうが話しやすいだろう。
空燕は「人を集めてくる」と一旦席を離れた途端に、周りを伺うようにして美しい女性がやってきた。くっきりとした化粧に派手な着物。どう見てもここで働いている女だろう。
「いらっしゃい。占いに?」
「ええ……最近、なかなか客が取れなくて」
「それはそれは」
占術はまずは観察。女性の話を聞きながら、身だしなみや持ち物、手の形などを確認する。それにしても手首が細く、彼女はこの数日食べてないのではと勘繰りたくなる。ここで働く女は、稼ぎの大半は売られた際に被せられた借金の返済に宛がわれ、残った部分で着物や化粧品などの商売道具、食事を得る。彼女が客が取れないのは本当だろう。
爪も上から爪紅を塗って誤魔化しているが、縦にひび割れている。縦に割れているのは、化粧品を買うのも難儀しているのが半分、精神的に苦痛を伴っているのが半分。
(たしかに空燕の言った通り、現状は汲み取れるが……これだけじゃ、どうして雨桐があんな自体に陥っているかがわからない)
まずは女性に「首筋に使うといい」と後宮で医局からもらった桃の香りの香油を渡して助言をしたあと、他にも女性たちが辺りを見回すようにしてやってきた。
どの女性もきちんと食べられているのか心配になる中、当たり障りのない助言を続けている中。ひとり、ボロボロの女性客が多かった中でやけに身なりのいい女性が現れた。
(高級妓女と言ったところだろうか……彼女だけやけに身なりがいいな。しかし、そんな人がどうしてわざわざ占術に頼る?)
どうにか観察していることを悟られないよう、月鈴は「どうなさいましたか?」と尋ねると、おずおずと女性が口を開いた。
「この数日、誰かに見られているような気がしまして……私はどうにか常連客を取れていますが、このところ妓楼にまで足が伸びない客が増えているんで不安なんです」
(……来た)
一番欲しかった情報が舞い込んできたことに、自然と月鈴は唾を飲み下しつつも、どうにかその話を慎重にたぐり寄せる。
「それは災難でしたね。見られているというのは、妓楼の方々には伝えましたか?」
「見張りの方々には伝えましたが、妓女仲間には言えていません……このところ雨桐も治安が悪い中、なんとか客が取れている私の悩みを言ったら最後、なにをされるかわかったものじゃありませんし」
人は嫉妬したとき、相手を引きずり下ろしたところで自分の生活がよくなる訳ではないが、感情として相手を蹴落とそうとする習性がある。
彼女は比較的売れっ子妓女だという自負があるために、この手の嫉妬に対する警戒心が強い様子だった。
(他の人たちの腕の細さと彼女の腕の肉付きの差からして、食べられていないのはだいたい三ヶ月と少し……これは、後宮の連続皇帝昏睡事件に近くはないか?)
彼女はきちんと食べられている手前、下手に甘い香りを漂わせたら他の妓女の嫉妬の的になるだろう。そう判断した月鈴は、彼女の前に木の枝を並べた。
それに彼女は困惑した顔で月鈴を見る。
「これは?」
「お守りです。桃の枝になりますね。一本はあなたの袖の中に、残りは香炉に投げ込んでください。火をつけられるのならば、他のものでもかまいませんよ」
「……ありがとうございます。方士様のお守りでしたら、大層効きそうですね」
そう言って、彼女は頭を下げた。どうも彼女が売れっ子なのは、方術に対しても知識の面では勉強しているかららしかった。桃を魔除けとして使っていることをきちんと心得ているのだろう。
こうして、月鈴はやってくる女性や、ときおり外から来る旅の客に占術を施して、一旦お開きとなった。
どうも老婆にはかなり満足されたらしく、いい部屋を用意してくれて、そこで月鈴と空燕は一泊することとなった。
ふたりは肉を食べないからと用意してくれたのは茶粥だった。それを食べつつ、ふたりで話をする。
「話をまとめると、数ヶ月ほど前から雨桐全体に怪しげな影が通るらしい。このことは国にも苦情を入れているものの、なかなか兵を挙げての捜査はしてくれず、影の出没はなかなか止められないらしい」
「これは……前にあなたが言っていた奇術の理論そのままではないか?」
「たしかに俺たちが兄上の影武者と愛妃として後宮に入る際に雨桐に入ったときも、嫌な感じはしたが……」
「あれは、後宮内で見た屍兵と同じものだったのか?」
青蝶の微笑みが月鈴の脳裏に瞬いた。
あの年齢不詳な少女。明らかに自分たちと同じ方士だったが、限りなく仙女に近い力を悪用して、屍兵を集めている。
……それは、雨桐の現状を隠すためのものだったのではないだろうか。
「仙女になりうる力を、こんな悪用して……っ」
月鈴は悔しげに唇を噛む中、空燕は短く「落ち着け」とだけ答える。
「もし雨桐の不景気、皇帝の連続昏睡事件、あちこちに沸き立つ屍兵……これは、ひとりの仙女のしわざにしたら無理がないか? あれが雇われているのか、首謀者なのかはわからないが……」
「青蝶を追い出すことはできないのか!?」
「それは危険だ。第一にあれを理由を付けて追い出した場合、屍兵はどうなる? あれがぞろぞろ後宮の外に出たら、それこそ民草が屍兵に襲われて死ぬぞ?」
「じゃあ屍兵を、薔薇園ごと燃やして……!」
「落ち着け。青蝶を妃として入れた者が黙っているとは思えない。それは調べたが、普通に雲仙国の中でも一、二を争う豪商だ。あれをいきなり敵に回したら、この国は経済的に死ぬ」
「あなたはできないできないばかり言うな!? なら代替案はないのか!?」
「だから、落ち着けと言っている」
月鈴は空燕から出た存外に冷淡な声に、思わず怯んだ。
基本的に飄々とした人物である彼が、こんな声を出すことは滅多にない──出すときは大概、相当立腹しているときだけだ。
彼は後ろ盾がいない以上、よっぽどのことがない限りは雲仙国の皇帝になり得ることはない。だが、彼は出家してもなお、紛れもなく皇族であり、自身の国の民に無体を働かされて怒っている。
一連の出来事の黒幕に対して。
「まずは雨桐に結界を張らなければならん。さすがに寺院から応援を呼ぶにも時間がかかり過ぎる以上、俺と月鈴で手分けして、夜の内に張る」
「雨桐……雨桐全域にか?」
「まずは屍兵の動きを制止させなければならんからな」
結界には二種類ある。
外部から侵入する妖怪を防ぐものと、内部に存在する悪意を封じるものと。
後宮に張り巡らされていたものは紛れもなく前者だが、既に意味をなさないことはふたりともよくわかっている。おまけに首都まで屍兵に冒されている以上、必要なのは後者だ。
ふたりは首都の地図を引っ張り出すと、それぞれの場所を眺めた。
城の回りに広がる雨桐の周辺。ふたりがかりでひと晩走り回ればどうにか張れないことはない計算にはなるが。
「だが……仮に屍兵に邪魔された場合は?」
「まずは明日一旦後宮に帰るまでに、妓楼から流行りものをつくる。なにぶん、現状宿はここしか開いてないんだから、妓楼から出る客はいくらでもいる。それで屍兵の自由をひとつでも多く減らす」
「……あなたはいつも、簡単なことのように言うな。ふたりがかりで張るとは言えど、印を結ばなければいけないのは私ではないか」
「俺はな、月鈴」
空燕は月鈴の髪をくしゃりと撫でた。
今日は完全に方士として方服を着て、髪もひとつに括っただけの体たらくであり、綺麗でもなんでもないが、それでも空燕は愛しげに彼女を撫でる。
「お前さんの才覚を信じているよ。なあ、姉弟子の姉さん」
「……いつも都合のいいことを言うな、あなたは」
「お前さんの憎まれ口を聞かなかったら、こちらも元気にならんからな。お前さんが憎まれ口を叩く余裕があるんだったら、まだ大丈夫さ。今日はあれだけ桃の枝やら香油やらを配ったんだ。よっぽどのことがない限りは大丈夫だろうさ。明日は大仕事だ。まあ一旦寝ようや」
そう言って、空燕は彼女を寝台に無理矢理引っ張り込むと、本当にそのままいびきをかいて寝てしまった。
彼に抱き枕のように抱き込まれたまま、月鈴はむっつりと膨れていた。
「……あなたはいっつもこうじゃないか」
****
生まれたときには親はなく、気付けば彼女は寺院にいた。
口減らしで子が寺院に捨てられることは珍しくなく、方士たちには「またか」という様子で下働きとして育てられた。
その場で方士として育てなかったのも、ひとえに彼女がどこかに嫁入りできるようにという、方士たちなりの親心だったのだが、彼女はそれをよしとしなかった。
方士たちは下働きの子に名前がないのを気の毒がり「仙女の鳴らす月の鈴」から、月鈴と名付けてくれた。
方士たちが月鈴に語ってくれる物語が好きで、彼女が仙女になりたいと思うようになったのは、彼らが彼女に向けた憐憫からだったなんて、誰が思うのか。
「わたしもせんにょになりたい。そして、だれかをたすけたい」
方士たちが方術修行に明け暮れているのも、仙人になるためだった。そして方士たちは月鈴を助けてくれた。
彼女が仙女になって誰かを助けたいと考えるのは、ごくごく自然なことだったのだが。
周りは慌てて止めたのだ。
「やめておけ。出家したら、もう二度と現世に戻れなくなるぞ?」
「修行は厳しいぞ? 仙女になるなんて生半可な気持ちじゃ無理なんだから」
既に彼らは世俗を捨てた身。子などできないだろうと思っていた中拾って育てた下働きの子なのだから、余計に止めたかったのだが、月鈴は止まらなかった。
「わたし、せんにょになる!」
こうして彼女は出家して方士になり、方術修行に明け暮れたのだった。
彼女は存外に才能があり、まるで寒天が水を吸うように知識を吸収していき、さまざまな方術を会得し、薬学にも長けるようになったのだ。
全ては優しくしてくれた人たちのため。自分の恩義を他の人に返すのだ。
そう思って育ってきたからこそ。
彼女は仙女の疑いのある女のやったことが、許せずにいたのだ。
机に椅子。そして彼女の方術の道具として札を各種。月鈴は嫌そうな顔で空燕を睨んだ。
「何度も言うが、私は占術はあまり詳しくないぞ? そもそも情報収集なのにどうして占術師の真似事なんざしなけりゃならないんだ!」
「おや、お前さん方士としては俺よりも長いのに、どういう人物が占術に頼るのかご存じないので?」
「……どういう意味だ?」
月鈴はなおも半眼で空燕を睨むが、空燕はどこ吹く風だ。
「基本的に占術の場での会話は、その場限りの話とされる。人に頼れない、人に言いたいが言えない、噂を広めたくない……そういうときに、占術に頼るんだ」
「……ひとりで黙ってるんじゃ駄目なのか?」
「そりゃお前さんみたいな強い人間だけならそうだがな。人間そこまで強くないし、本当に困り果てたら藁にすらすがりつくんだよ。特に妓楼にいる女や、ここに酒を飲みに来た人間なんざ、ほとんどは訳ありさ。そんなもん婆さんや同業者になんざ相談できないだろ」
「……つまりは、これで雨桐の不可解な現状の情報を集める、と……?」
「そういうことだ」
たしかにこれは、がたいが大きくて話しかけづらい空燕よりも、若干華奢な月鈴のほうが話しやすいだろう。
空燕は「人を集めてくる」と一旦席を離れた途端に、周りを伺うようにして美しい女性がやってきた。くっきりとした化粧に派手な着物。どう見てもここで働いている女だろう。
「いらっしゃい。占いに?」
「ええ……最近、なかなか客が取れなくて」
「それはそれは」
占術はまずは観察。女性の話を聞きながら、身だしなみや持ち物、手の形などを確認する。それにしても手首が細く、彼女はこの数日食べてないのではと勘繰りたくなる。ここで働く女は、稼ぎの大半は売られた際に被せられた借金の返済に宛がわれ、残った部分で着物や化粧品などの商売道具、食事を得る。彼女が客が取れないのは本当だろう。
爪も上から爪紅を塗って誤魔化しているが、縦にひび割れている。縦に割れているのは、化粧品を買うのも難儀しているのが半分、精神的に苦痛を伴っているのが半分。
(たしかに空燕の言った通り、現状は汲み取れるが……これだけじゃ、どうして雨桐があんな自体に陥っているかがわからない)
まずは女性に「首筋に使うといい」と後宮で医局からもらった桃の香りの香油を渡して助言をしたあと、他にも女性たちが辺りを見回すようにしてやってきた。
どの女性もきちんと食べられているのか心配になる中、当たり障りのない助言を続けている中。ひとり、ボロボロの女性客が多かった中でやけに身なりのいい女性が現れた。
(高級妓女と言ったところだろうか……彼女だけやけに身なりがいいな。しかし、そんな人がどうしてわざわざ占術に頼る?)
どうにか観察していることを悟られないよう、月鈴は「どうなさいましたか?」と尋ねると、おずおずと女性が口を開いた。
「この数日、誰かに見られているような気がしまして……私はどうにか常連客を取れていますが、このところ妓楼にまで足が伸びない客が増えているんで不安なんです」
(……来た)
一番欲しかった情報が舞い込んできたことに、自然と月鈴は唾を飲み下しつつも、どうにかその話を慎重にたぐり寄せる。
「それは災難でしたね。見られているというのは、妓楼の方々には伝えましたか?」
「見張りの方々には伝えましたが、妓女仲間には言えていません……このところ雨桐も治安が悪い中、なんとか客が取れている私の悩みを言ったら最後、なにをされるかわかったものじゃありませんし」
人は嫉妬したとき、相手を引きずり下ろしたところで自分の生活がよくなる訳ではないが、感情として相手を蹴落とそうとする習性がある。
彼女は比較的売れっ子妓女だという自負があるために、この手の嫉妬に対する警戒心が強い様子だった。
(他の人たちの腕の細さと彼女の腕の肉付きの差からして、食べられていないのはだいたい三ヶ月と少し……これは、後宮の連続皇帝昏睡事件に近くはないか?)
彼女はきちんと食べられている手前、下手に甘い香りを漂わせたら他の妓女の嫉妬の的になるだろう。そう判断した月鈴は、彼女の前に木の枝を並べた。
それに彼女は困惑した顔で月鈴を見る。
「これは?」
「お守りです。桃の枝になりますね。一本はあなたの袖の中に、残りは香炉に投げ込んでください。火をつけられるのならば、他のものでもかまいませんよ」
「……ありがとうございます。方士様のお守りでしたら、大層効きそうですね」
そう言って、彼女は頭を下げた。どうも彼女が売れっ子なのは、方術に対しても知識の面では勉強しているかららしかった。桃を魔除けとして使っていることをきちんと心得ているのだろう。
こうして、月鈴はやってくる女性や、ときおり外から来る旅の客に占術を施して、一旦お開きとなった。
どうも老婆にはかなり満足されたらしく、いい部屋を用意してくれて、そこで月鈴と空燕は一泊することとなった。
ふたりは肉を食べないからと用意してくれたのは茶粥だった。それを食べつつ、ふたりで話をする。
「話をまとめると、数ヶ月ほど前から雨桐全体に怪しげな影が通るらしい。このことは国にも苦情を入れているものの、なかなか兵を挙げての捜査はしてくれず、影の出没はなかなか止められないらしい」
「これは……前にあなたが言っていた奇術の理論そのままではないか?」
「たしかに俺たちが兄上の影武者と愛妃として後宮に入る際に雨桐に入ったときも、嫌な感じはしたが……」
「あれは、後宮内で見た屍兵と同じものだったのか?」
青蝶の微笑みが月鈴の脳裏に瞬いた。
あの年齢不詳な少女。明らかに自分たちと同じ方士だったが、限りなく仙女に近い力を悪用して、屍兵を集めている。
……それは、雨桐の現状を隠すためのものだったのではないだろうか。
「仙女になりうる力を、こんな悪用して……っ」
月鈴は悔しげに唇を噛む中、空燕は短く「落ち着け」とだけ答える。
「もし雨桐の不景気、皇帝の連続昏睡事件、あちこちに沸き立つ屍兵……これは、ひとりの仙女のしわざにしたら無理がないか? あれが雇われているのか、首謀者なのかはわからないが……」
「青蝶を追い出すことはできないのか!?」
「それは危険だ。第一にあれを理由を付けて追い出した場合、屍兵はどうなる? あれがぞろぞろ後宮の外に出たら、それこそ民草が屍兵に襲われて死ぬぞ?」
「じゃあ屍兵を、薔薇園ごと燃やして……!」
「落ち着け。青蝶を妃として入れた者が黙っているとは思えない。それは調べたが、普通に雲仙国の中でも一、二を争う豪商だ。あれをいきなり敵に回したら、この国は経済的に死ぬ」
「あなたはできないできないばかり言うな!? なら代替案はないのか!?」
「だから、落ち着けと言っている」
月鈴は空燕から出た存外に冷淡な声に、思わず怯んだ。
基本的に飄々とした人物である彼が、こんな声を出すことは滅多にない──出すときは大概、相当立腹しているときだけだ。
彼は後ろ盾がいない以上、よっぽどのことがない限りは雲仙国の皇帝になり得ることはない。だが、彼は出家してもなお、紛れもなく皇族であり、自身の国の民に無体を働かされて怒っている。
一連の出来事の黒幕に対して。
「まずは雨桐に結界を張らなければならん。さすがに寺院から応援を呼ぶにも時間がかかり過ぎる以上、俺と月鈴で手分けして、夜の内に張る」
「雨桐……雨桐全域にか?」
「まずは屍兵の動きを制止させなければならんからな」
結界には二種類ある。
外部から侵入する妖怪を防ぐものと、内部に存在する悪意を封じるものと。
後宮に張り巡らされていたものは紛れもなく前者だが、既に意味をなさないことはふたりともよくわかっている。おまけに首都まで屍兵に冒されている以上、必要なのは後者だ。
ふたりは首都の地図を引っ張り出すと、それぞれの場所を眺めた。
城の回りに広がる雨桐の周辺。ふたりがかりでひと晩走り回ればどうにか張れないことはない計算にはなるが。
「だが……仮に屍兵に邪魔された場合は?」
「まずは明日一旦後宮に帰るまでに、妓楼から流行りものをつくる。なにぶん、現状宿はここしか開いてないんだから、妓楼から出る客はいくらでもいる。それで屍兵の自由をひとつでも多く減らす」
「……あなたはいつも、簡単なことのように言うな。ふたりがかりで張るとは言えど、印を結ばなければいけないのは私ではないか」
「俺はな、月鈴」
空燕は月鈴の髪をくしゃりと撫でた。
今日は完全に方士として方服を着て、髪もひとつに括っただけの体たらくであり、綺麗でもなんでもないが、それでも空燕は愛しげに彼女を撫でる。
「お前さんの才覚を信じているよ。なあ、姉弟子の姉さん」
「……いつも都合のいいことを言うな、あなたは」
「お前さんの憎まれ口を聞かなかったら、こちらも元気にならんからな。お前さんが憎まれ口を叩く余裕があるんだったら、まだ大丈夫さ。今日はあれだけ桃の枝やら香油やらを配ったんだ。よっぽどのことがない限りは大丈夫だろうさ。明日は大仕事だ。まあ一旦寝ようや」
そう言って、空燕は彼女を寝台に無理矢理引っ張り込むと、本当にそのままいびきをかいて寝てしまった。
彼に抱き枕のように抱き込まれたまま、月鈴はむっつりと膨れていた。
「……あなたはいっつもこうじゃないか」
****
生まれたときには親はなく、気付けば彼女は寺院にいた。
口減らしで子が寺院に捨てられることは珍しくなく、方士たちには「またか」という様子で下働きとして育てられた。
その場で方士として育てなかったのも、ひとえに彼女がどこかに嫁入りできるようにという、方士たちなりの親心だったのだが、彼女はそれをよしとしなかった。
方士たちは下働きの子に名前がないのを気の毒がり「仙女の鳴らす月の鈴」から、月鈴と名付けてくれた。
方士たちが月鈴に語ってくれる物語が好きで、彼女が仙女になりたいと思うようになったのは、彼らが彼女に向けた憐憫からだったなんて、誰が思うのか。
「わたしもせんにょになりたい。そして、だれかをたすけたい」
方士たちが方術修行に明け暮れているのも、仙人になるためだった。そして方士たちは月鈴を助けてくれた。
彼女が仙女になって誰かを助けたいと考えるのは、ごくごく自然なことだったのだが。
周りは慌てて止めたのだ。
「やめておけ。出家したら、もう二度と現世に戻れなくなるぞ?」
「修行は厳しいぞ? 仙女になるなんて生半可な気持ちじゃ無理なんだから」
既に彼らは世俗を捨てた身。子などできないだろうと思っていた中拾って育てた下働きの子なのだから、余計に止めたかったのだが、月鈴は止まらなかった。
「わたし、せんにょになる!」
こうして彼女は出家して方士になり、方術修行に明け暮れたのだった。
彼女は存外に才能があり、まるで寒天が水を吸うように知識を吸収していき、さまざまな方術を会得し、薬学にも長けるようになったのだ。
全ては優しくしてくれた人たちのため。自分の恩義を他の人に返すのだ。
そう思って育ってきたからこそ。
彼女は仙女の疑いのある女のやったことが、許せずにいたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……
後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる
gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜
高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀!
片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。
貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。
しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。
利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。
二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー?
曄琳の運命やいかに!
視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―
島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる