魔法執政官エイブラム・ウィルズの尋常ならざる日常

石田空

文字の大きさ
7 / 9
惚れ薬の追徴課罪

久々の再会

しおりを挟む
「ふう……」

 久々の休みに、レイラはお気に入りのワンピースを着て、喫茶店でお茶を飲んでいた。
 仕事の合間に飲む紅茶は慌ただしくて、なかなか飲んだ気にならない。おいしい茶葉をたっぷりと。そしてお茶菓子にはショートブレッドの素朴な甘さがよく似合う。
 彼女が魔法執政官になるべく、エイブラムの助手になり、既に半年が経過していた。
 元々レイラは執政官を排出する家の出だ。だから法律をよく学び、それを皆のために活用しようと思っていた矢先で、禁術法が施行された。
 禁術法が施行されてからというもの、黒魔法を使っていた人々がこぞっていなくなり、魔法使いの業界が軒並み人手不足、そしてそれらの法律専門家の魔法執政官も人手不足に陥ったと聞いたとき、彼女はきっと禁術法違反でたくさんの人が困るだろうと、急遽進路を法律学院から魔法学院に変更し、卒業した上でエイブラムの元で働きはじめたが。

「……思っていたのと違うのよね」

 そう彼女はごちながら、カップを傾けた。やはり紅茶はストレートが一番おいしく、茶葉も春摘みのあっさりとした優しい味がいい。
 実際のところ魔法執政官のところに寄せられるのは、法律のせいで合法だったのが急にグレーゾーンにされてしまった人々の「白だと言ってください!」という悲鳴がほとんどだったのだ。
 本当だったらすぐに業者を呼べば助かったはずの古書店の主人の悲劇やら。嫌われ続けて証言がほぼ取れずに自分たちの足で情報集めをするしかなかった魔眼の暴発事件やら。
 禁術法のせいで、仕事が増えただけで、困っている人たちが全然助かっていないような気がする。それどころか、禁術法のせいで痛い目を見ている人たちがいるのはどういう了見なのか。
 黒魔法も魔法執政官によって考えも区分も変わるから、降霊術を大雑把に死霊術と称して黒魔法認定するか、精霊を呼ぶ術として認定しないかも、本当に変わってしまう。
 だからこそ、エイブラムと一緒に現場に行かないと気付けない部分が多いのだ。
 そうレイラが悶々としながら紅茶をすすっていると。

「向かい、いい?」

 声をかけられて、思わず顔を上げる。
 テラコッタ色の髪をシニョンにまとめた笑みの可愛らしい女性は黒真珠色の瞳をきらめかせていた。ブラウスにスリットの入ったタイトスカートと、フェミニンな装いであった。

「チェルシー!」
「レイラ久し振り。驚いたわよ、手紙で魔法執政官に進路を変えたって聞いたときは」
「ええ……禁術法が制定されたから、いろいろ大変そうだなと思って。執政官だと、魔法に関しては一切権限がないでしょう? だから魔法学院で勉強したの。でもまだまだだわ。魔法使いじゃない私だと、なかなか理解できないこともあるから、魔法使いの上司に教えられてばかり」
「そう……魔法使いって秘密主義じゃない。『こんなこともわからないのか!?』っていじめられたりしない?」
「それはないかな。むしろあの人、なかなかティータイムが取れなくって『紅茶飲みたい』とごねてばっかりよ」
「魔法使いって言っても、案外普通の人なのねえ」

 元々レイラとチェルシーは幼馴染だった。
 執政官の令嬢と富豪の令嬢で、なにかと話が弾んだふたりは、よく一緒に遊んでいた。しかしレイラよりも相当富裕層の彼女は、既に婚約も決まっていたはずだし、そろそろ式だったはずだが。
 家事をするような身分でもない彼女は、なぜか指輪を付けていなかった。体に気を遣っているチェルシーは、重度の肩こりでもあるまい。

「あら? あなたたしか、既に婚約が決まって……」
「それがね。聞いてよレイラ」

 チェルシーはレイラの記憶にある彼女らしからぬ、大きくガッタンと音を立てて椅子を引っ張って座り込むと、本当に彼女らしからぬ頬杖をついて、立て板に水とばかりに語り出した。

「私、婚約が水に流れちゃったの。婚約破棄って奴だわ」
「それは……」

 ロマンス小説の中で、婚約者が「真実の愛に目覚めたから君とはお別れだ」と、恋人の元に去ってしまう展開はよくあるが。
 それが小説だから面白いのであって、実際に自分の身に降りかかってきて面白いと言える人間はそう多くはあるまい。
 当然ながら、チェルシーはカンカンであった。

「仕方がないから、私訴訟を起こすことにしたのよ。私、幼少期には既に決まっていたのよ。だから恋もできなかったわ。結婚して子供をつくってからならいざ知らず、新婚で早々に恋人をつくる訳にもいかないでしょう?」
「そ、そうなの……」

 貴族や富裕層の中では、結婚して跡継ぎをつくったあとならば、夫婦共に恋人をつくってもかまわないという暗黙の了解が存在している。
 レイラはそこまで恋愛に対して強い訳でもないから「そんな文化もあるのね」くらいだったのだが、それをまさか友人の口から聞くとは思ってもみなかった。

「幼少期から成人までの時間を拘束されたのに、たったひと言で全部パーよ。パー。それで急遽新しい婚約者を探せって無茶にも程があるじゃない? ねえ?」
「そ、そうかもしれないわね……」

 実際のところ、レイラの幼馴染の贔屓目を抜きにしても、チェルシーはセンスもいいし、おしゃべりも軽快で楽しく、新しい相手なんてすぐに見つかるとは思うが。
 そんな女性に恥を掻かせて恋人の元に逃げた男が、まずは信じられない。恋は盲目とはよく言うが、巻き込まれて恋の背景にされてしまったほうからしてみれば、そりゃ怒るし訴えるだろう。彼女にはそのお金があるのだから。

「そうでしょう? そうでしょう? でもねえ……訴えて裁判を起こしたら様子が変わってきちゃったの」
「……もう裁判まで話が進んだの」
「この二年頑張って戦っているわ。もしレイラがそのまま法律学院に入っていたら相談に乗ってもらおうと思ってたくらい、ずっと法律の勉強をし続けているもの」
「あはははははは……」

 困ったらもう、笑うしかない。笑うしかない。
 しかし、そこまで話が進んでいるのに、様子が変わったというのはどういうことだろうか。

「その、様子が変わったってなに?」
「それがね。このまんまだと裁判が続けられそうにないの」
「……相手のお金が尽きたとか?」
「そんなんじゃないわ。まさか私も魔法の管轄に入ると思っていなかったから困ってたのよ」
「ええ……この流れで魔法……?」
「それがね、向こうの弁護士が、『被告は惚れ薬を使われた形跡があるので』無実を主張してきたのよ」
「……惚れ薬?」

 魔法使いたちは、自分たちの研究を続けるのには、とにかくお金がかかる。
 優秀な魔法使いや、有益な研究であったらパトロンがつくこともあるが、それ以外の魔法使いたちは、アルバイトとして魔道具やらちょっとしたアイテムをつくって売ることもある。
 特に惚れ薬なんて典型的な魔法使いの内職であり、レイラもたびたびエイブラムからそんな話を聞かされてきた。
 そしてその惚れ薬もまた、魔法使いの腕によりピンからキリまでだ。本当におまじない程度にハーブとスパイスを調合したものから、これを一般人に売りつけて本当に大丈夫なのかというレベルの魔法が使われているものまで。
 魔法使いの研究は、結果的に多くの人々を助けるために、内職問題の黒魔法認定は、未だに各魔法学院の専門家と政治家で綱引きが続いている。
 チェルシーは大きく溜息をついた。

「……正直、どう考えても嘘だけれど、普通の弁護士じゃ惚れ薬を使われてないって立証ができないの。本物の魔法使いの魔法執政官と知り合いだったら、なんとかならないかしら?」
「……本当に難しい話だね」

 正直、専門技術をただで行使すべきではない。レイラも魔法学院に入学した上で、魔法執政官見習いになっているのだから。
 エイブラムに頼むにしても、どこまでだったら相談できるのか。

「……わかった。今度聞いてみるから」
「本当!? ありがとう」

 ……しかし幼馴染は既に人生を潰されている上に、魔法使いの知り合いがいなくて困っている。自分の給料からさっ引いた上で、エイブラムに相談しよう。
 そう心に決めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...