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第一章 鬼無里編

修行パートはカットされがちですけど、何故かファンディスクで追加されることって多いですよね

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 屋敷に帰ると、夕食をいただく。
 ここの世界観って、服装や職業が平安時代チックだけれど、料理は割とざっくばらんな感じになっている。……死ぬ前にちらっと読んだ平安時代の読本のうろ覚え記憶だと、あんまり料理がおいしそうじゃなかったから、この辺りは『黄昏の刻』のスタッフに大感謝だ。決してクソプロデューサーに感謝している訳ではない。
 こんもりと椀に盛られたご飯に、青野菜の煮浸し……干しきのこの出汁を使っているのか、コクがあるのにさっぱりしている……、意外とジューシーな鹿肉の醤油焼き……ここは弓使いも多いし、自然豊かな山の中なせいか、獣臭くない上に肉厚だ……そしておやつにたくさんのやまももをいただいた私は、満足満足としながらも、部屋に戻りながら考え込む。
 さて、一年の猶予がある訳だけれど、どうしたもんか。
 維茂は絶対に反対するから、紅葉の目の使い方を教えてくれる人に弟子入りするにしてもなあ……。
 本当だったら弓使いの利仁に弟子入りしたいけれど、利仁と仲良くしたら、ますますもって維茂の機嫌が悪くなりそうで怖い。維茂と利仁の相性が悪過ぎるからなあ。
 だからと言って、田村丸は。あの人も基本的に侍で刀を得物として扱うけど、弓の扱いも長けていたはずだ……この間のチュートリアル戦闘で使わなかったのは、これはクソプロデューサーの訳のわからない修正ペンのせいだと思う……。そこまで考えて、彼が一番駄目だろうと気が付く。
 正直、鈴鹿はこの時点だったら、使命のことで頭がいっぱいで恋愛のことなんか全く考えてない感じだけれど。彼女の大本命は、一緒に神社で暮らしている田村丸だもの。本家本元だったら、フラグの立て方に気を付けなかったら真っ先に彼とくっつくようになっていたはずだし。
 仮に鈴鹿と田村丸の恋路にフラグが立たなかったら、維茂の言葉足らずに付き合える彼女と維茂にフラグが立つような気がする。ものすごくする。それが嫌だからついていくと言っているのに、彼女の恋愛フラグを折るのは本末転倒過ぎる。よって彼は却下だ。
 そして残っているのはというと。

「……たしかに、同じように目を使うんだけど、大丈夫かな……」

 ひとまず明日にでも、行ってみようと考えて、部屋の明かりを消した。
 鬼無里の夜は深く、寝ずの番の門番たちや星詠みたちが見回りしている以外、全ての人が眠っている。明かりを消したら真っ暗で、あっという間に眠気が襲ってくるのだった。

****

 次の日。私は維茂にお使いに行ってもらうことで、私の護衛の任を外すことにした。

「ざくろ酒が飲みたいんです」
「はあ……まだ漬け込む時期から外れてませんか?」
「去年の分が残っているかもしれませんから。ねえ維茂、買ってきてくださらない?」
「……今度はなにを企んでらっしゃるんですか。昨日、石で頭を打ち付けてから、ところどころおかしいですよ?」

 ギクリ。
 私は明後日の方向を向いた……まさか前世の記憶を取り戻したとか、リメイク版の修正ペンが気に入らないからあがきたいとか、そんなことを言っても信じてくれないでしょうよ。
 グルグルと考え込んでから、思いついたことを言ってみた。

「だ、だって、もうしばらくしたら、鈴鹿が旅立ってしまうんですよ? 折角の女友達との語らいの時間が失われるんですもの。ここで一対一で語りたいっておかしい?」

 そう言ったら、途端に維茂が鋭い目付きを緩めた。

「……申し訳ございません、紅葉様のお気持ちを考えず。それじゃあ、私はざくろ酒を探してきますから。ちゃんと夕刻までには屋敷に戻るんですよ」

 そう言って、私の嘘に乗って出て行ってくれた。
 ああ……本当に、そういうところが優しいんだからさあ。
 紅葉は頭領の娘っていう立場上、対等な友達が神社で巫女として育てられた鈴鹿以外にいない。その鈴鹿が四神契約の旅でいなくなってしまったら、紅葉はひとりぼっちになってしまうんだ。巫女がいなくなってしまったら世界が困ってしまうから、腕利きの維茂だっていなくなってしまう以上、ますます紅葉が寂しがるって気付くんじゃないかな。
 ……本当にさあ、クソプロデューサーよ。乙女ゲームのプロデューサーだから、鈴鹿至上主義なのは百歩譲って認めるにしてもさ、紅葉の設定盛りまくって彼女を孤独に追い込むって、どんな神経してるのさ? 維茂の婚約者設定を破棄しても、まだひとりぼっちじゃないならマシだけど、彼女に馴れ馴れしい相手なんて、せいぜい根無し草の利仁くらいしかいないじゃん。その利仁だって旅出るじゃん。ひど過ぎない?
 クソプロデューサーへの殺意を新たにし、私は早速出かけることにした。
 行き先は星見台だ……ゲームでも実のところ地図でほんの少しだけ出ただけで、マップが解放されずに行けたことがないから、どんなところなのかちょっとだけ楽しみだ。
 私が歩いていたら、里の人たちから「紅葉様ご機嫌よう」とどんどん頭を下げられていく。
 ……うん。紅葉、私の知っている本家本元だったら、そこまで頭を下げられまくるキャラじゃなかったんだけど。丁寧語な言動に反してお転婆だったし、そもそも純真無垢ながらも凄腕の剣の達人の鈴鹿を怖がらずに友達扱いしていた子なんだから、肝が据わっているのに。
 紅葉の内面を見てくれる人って、本当に少ないんだな……。
 そのことに少しだけ寂しさを覚えていたところで、星見台が見えてきた。
 星見台と言うくらいだから、灯台みたいに細長い塔があって、そこから星を眺めているのかなと思っていたけれど、平べったい小屋がひとつあるだけだ。そこから星詠みたちがきびきびと出入りしている。

「子丑の位置に魑魅魍魎の気配が、すぐに門番たちに連絡を」
「今日は卯の刻に大雨が降るということですから、百姓たちにお伝えせねば」

 どうも星詠みで預言した結果で優先順位の高いものを、各方面に伝えて回っているらしい。ここまで細かく占っていたなんて思わなかった。
 保昌の星詠みの後方支援って、戦闘のとき便利だなあくらいにしか思ってなかったから、仕事しているときの現場なんて見たことなかったもんなあ。
 私が驚いて眺めていたら、「あれ、紅葉様……?」と見慣れた狩衣の少年がこちらに駆けてきた。竹簡をたっぷりと持っているのは、星詠みの預言結果を里の各方面に伝えてきた帰りなんだろう。私は小さく手を振る。

「こんにちは、忙しそうですけど……」
「ああ。もう大丈夫ですよ。先程今日一日の預言の結果を頭領に報告してきた帰りでしたから」
「まあ、父様に……」

 知らなかった。星詠み超重要じゃん。
 平安時代の陰陽師は、都の貴族をむっちゃ占って、一日の生活も全部報告してたとかは読んだことあるけど、まさか鬼無里の生活に密着しているなんて思わなかった。
 まあ、魑魅魍魎が出たら、人に取り憑いたり獣に取り憑いたりする前にさっさとお清めしてしまえば終わりだもんねえ。
 でも。私は保昌に手を合わせた。

「お願いします……私に、目の使い方を教えてくださいませんか?」
「えっ……紅葉様どうなさったんですか?」

 保昌は困惑したように、声を上擦らせる。
 でもこちらだって必死なんだ……一年の内に、物にしないといけないんだから。守護者として、同行できるくらいの力を。

「……私、友達と離ればなれになりたくないんです。一年後に、皆が旅立つのを、ひとりで待つのなんて……」
「ちょっと、落ち着いてくださいっ! ……ひとまず、お話しを星見台でお伺いしてもよろしいですか?」

 私は頷いた。ひとまずは保昌の優しさに甘えて、お邪魔させてもらおう。
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