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第二章 四神契約の旅編
東の封印・二
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「ハナ」
「ハナハナ」
「ハナ」
「ハナナ」
可愛い可愛い月光木霊は、胞子を揺らしながらのったりと歩いてくる。
焼き払いたい。ゲーム脳の過激な自分と「これは青龍に見せる試練だから。全部焼き払ったのを見た青龍が、問答無用で焼き払った光景見て鈴鹿と契約したいとどうして思うの」と怒って説教してくる紅葉とがせめぎ合っている。
こちらに月光木霊が寄ってくる前に、保昌が皆に言った。
「月光木霊は胞子が特殊ですから、絶対に吸わないでください! 攻撃は動きが止まったときだけで! 胞子を振りまいているときは、絶対に攻撃しないで!」
それだけ言うと、結界の詠唱を唱えはじめた。
それに利仁は「ふむ」と言いながら弓に矢を番う。頼光もそれに続いている。
「鈴鹿、焦ってし損じるなよ」
「……うん、ありがとう。わかっている」
鈴鹿の鬼ごろしの剣も、田村丸の大剣も、維茂の太刀も、今は使えない。
「天に后、海に子、黄泉に婿……身を案じる父の姿よ、柘榴石星《ざくろいしぼし》!!」
途端に薄い膜に覆われる。でもこれはダメージを弱める結界ではないように思える。私がその結界に触れていると、保昌が伝えた。
「これで胞子を浴びても大丈夫だと思います。ただ三回浴びたら下がってください!」
「ありがとう、保昌!」
なるほど、毒や特殊無効化の結界って訳ね。私は納得しつつも、自分も詠唱をはじめる。
利仁と頼光が矢で仕留め、し損じた月光木霊を鈴鹿や田村丸、維茂が剣や刀で仕留めている。
これだったらそこまで頑張らなくっても大丈夫なのかな。そう思いながら、月光木霊に対して、下弦をかける。これで月光木霊の攻撃力は半減するから、前線で出ている皆にも有利に働くはずなんだけれど。
そう思っていたけれど。
「ハナ」
「ハナハナ」
「ハナハナ」
「ハナナ」
「ハ・ナ!」
数を減らして、逃げ回っていた月光木霊がいきなり全員集合した。
そりゃ全員揃ってくれたほうが、攻撃しやすいけれど。そのままとどめを差すべく鈴鹿が走っていたけれど。
月光木霊は「ハァァァナァァァ……!!」と両手を挙げると、おしくらまんじゅうしはじめた。……な、に? みるみる月光木霊はくっついて……巨大化してしまった。
「ハナァァァァァァ!!」
でかいわ!!
巨大化した月光木霊の声は野太く、足も腕も短いから、胞子にさえ当たらなかったら大したことがなかったのに、こちらはただ転がるだけ、足や腕を振り回すだけで暴力になるのだから、どうしようもない。
巨大化した月光木霊が歩くたびに、ドシン、ドシンと地面が震え、そのたびに私たちの足下が宙に浮く。
なんで乙女ゲームのボス戦で怪獣戦争せにゃならんのか、訳がわからないわ!
イケメンがボスだと、攻略対象になるからだと思うけど! 知ってた!
私の内心はさておき、こちらまで下がってきた維茂は、月光木霊を睨みながら見上げた。
「あのう……あれだけ大きくなってしまいましたけど、どうしましょう?」
「暴れられたら、それだけでひどい損害です。足止めさえできたら、こちらも対処はできるのですが」
「そうですね……」
実際に、利仁と頼光からしてみれば、的が大きくなったのだから、弓矢で攻撃しやすくなっているのだ。
でも。これは鈴鹿の契約の試練であり、鈴鹿がとどめをさせる状態にならなかったら意味がない。どうにかしてサポートは……。
そこでふと気が付いた。
「足止めさえできればいいんですね?」
「ええ……可能であれば、ですが」
「やってみます。維茂は鈴鹿の補助をお願いします。月光木霊の胞子もそろそろまた降りかかるでしょうから、保昌に詠唱を任せてください」
「わかりました」
維茂が急いで鈴鹿のサポートに戻ったところで、私も詠唱をはじめる。
補助詠唱しかできないし、結界も張れなければ回復詠唱も使えないと嘆いていたけれど、できることが意外と多いことに、少しだけほっとしている。
今はちょうど夜で、空の星も拝める……そこから少しだけアンチョコをもらえれば、新しい詠唱も覚えられる。私は星を読み取った。
「姫の嘆きを鎖で繋ぎ、鎖は海のしぶきを受けよ……斗掻《とか》き星《ぼし》!!」
攻撃も防御にも影響しない、ただ詠唱をかけた相手の動きを遅くするだけのもの。あれだけ足場を悪くしてくれていた月光木霊の動きさえスローモーションになったら、動きが制限されていた侍も走ることができる。
「ありがとう、紅葉! 皆、どいて!!」
ようやく紅葉が、鬼ごろしの剣をきらめかせた。
彼女の剣舞は美しい。星明かりを受けてきらめいた刀身は、真っ直ぐに月光木霊へと躍り出た。
「ハァァァァナァァァァ!!!!」
「桜花剣舞!!」
彼女の一閃が、勝負を付けた。
月光木霊は彼女の一閃を受けて拡散し、あとには胞子の光だけが残った。
これで、巫女の力を試すっていう、この試練は乗り越えられた……はずだよね。
「青龍!! 試練は突破したはずだ! 私と契約を……!!」
「ああ愛しの巫女よ……よくぞ青龍の試練を乗り越えられた──……」
途端に先程まで月光木霊が暴れていた場所に、光が集まってきた。
そこに現れたのは、風もないのに靡く青い髪を流した、金色の瞳の狩衣の青年だった。
ん、こんなキャラ知らない。私は唖然としている中、青年は先程からずっと聞こえていた声のまま続ける。
「我と契約を果たすか、巫女よ」
「うん。私はこの皿科を平和に導くために、選ばれたのだから」
「我が巫女よ……その剣をこちらへ」
鬼ごろしの剣を鞘に収めて渡すと、青年はそれを自分の額に当てて掲げた。途端に剣の鞘に、金色の龍の絵柄が写り込んだ。これが、契約完了の印ってことなんだろうか。
青年は微笑んだ。
「どうか我が巫女、旅の安寧を」
「ありがとう……」
そこで青年は再び光を拡散させて、消えてしまった。
……リメイク版から、四神に人間の姿が追加されるようになったのかな。今までこんなことはなかったはずなんだけどな。なんでこんな細工をするんだろう。
私がしばし本家本元とリメイク版の違いについて思いを馳せた──……そのときだった。
「うっ……!!」
田村丸がガクッと膝を突いて、その場にうずくまってしまったのだ。慌てて保昌が近付く。
「田村丸さん!? 呪いの影響ですか!?」
そうだ、元々四神契約の旅と連動して、田村丸にかけられた忘却の呪いも解除されるはずなんだけど、これどうなったんだ!?
私たちも慌てて近付くものの、保昌以外に呪いの対処はできないし、利仁と頼光に至っては薄情にもさっさと夜営の準備をはじめた。
「ど、どうしてですか!?」
思わず抗議の声を上げるものの、利仁はあっさりと言う。
「我らは星詠みではない。解呪は管轄外だ」
「むしろ手伝えば余計に彼を苦しめそうだしね……専門家に任せよう。旅は続くのだから」
そう言って、封印であろうことか焚き火の準備まではじめる。
そりゃそうなんだけれど、もうちょっと心配する素振りを見せることはできないかな!? 都から派遣された頼光はともかく、利仁は元々同居人でしょうが!
抗議で声を上げようと思ったものの、ぽんと肩を叩かれた。維茂だった。
「維茂……あの」
「ふたりの言うことも事実です。まだ我々は一柱としか契約を果たしていない。あと三カ所回らなければならないのです。特に……明日進むのはあの北の封印です。今の我々でも対処できるかは、わからないのですから。休まねばなりません」
「そうなんですけど……でも」
「それに、あれを見てなにか口出しできますか?」
そう言って維茂が顔を向けた先には、座り込んで涙を溜めている鈴鹿に、必死で詠唱の追加を施している保昌。そして苦悶の顔で横たわっている田村丸の姿だ。
……鈴鹿も保昌も、そして田村丸も。明日はきっとあまり戦うことができない以上、私たちだけで、三人を守って進まないといけないんだ。
私も維茂に連れられて、利仁と頼光の夜営の準備を手伝いに行った。干し野菜をあぶって食べて、そのまま眠る……眠ることもまた、使命のひとつだ。
「ハナハナ」
「ハナ」
「ハナナ」
可愛い可愛い月光木霊は、胞子を揺らしながらのったりと歩いてくる。
焼き払いたい。ゲーム脳の過激な自分と「これは青龍に見せる試練だから。全部焼き払ったのを見た青龍が、問答無用で焼き払った光景見て鈴鹿と契約したいとどうして思うの」と怒って説教してくる紅葉とがせめぎ合っている。
こちらに月光木霊が寄ってくる前に、保昌が皆に言った。
「月光木霊は胞子が特殊ですから、絶対に吸わないでください! 攻撃は動きが止まったときだけで! 胞子を振りまいているときは、絶対に攻撃しないで!」
それだけ言うと、結界の詠唱を唱えはじめた。
それに利仁は「ふむ」と言いながら弓に矢を番う。頼光もそれに続いている。
「鈴鹿、焦ってし損じるなよ」
「……うん、ありがとう。わかっている」
鈴鹿の鬼ごろしの剣も、田村丸の大剣も、維茂の太刀も、今は使えない。
「天に后、海に子、黄泉に婿……身を案じる父の姿よ、柘榴石星《ざくろいしぼし》!!」
途端に薄い膜に覆われる。でもこれはダメージを弱める結界ではないように思える。私がその結界に触れていると、保昌が伝えた。
「これで胞子を浴びても大丈夫だと思います。ただ三回浴びたら下がってください!」
「ありがとう、保昌!」
なるほど、毒や特殊無効化の結界って訳ね。私は納得しつつも、自分も詠唱をはじめる。
利仁と頼光が矢で仕留め、し損じた月光木霊を鈴鹿や田村丸、維茂が剣や刀で仕留めている。
これだったらそこまで頑張らなくっても大丈夫なのかな。そう思いながら、月光木霊に対して、下弦をかける。これで月光木霊の攻撃力は半減するから、前線で出ている皆にも有利に働くはずなんだけれど。
そう思っていたけれど。
「ハナ」
「ハナハナ」
「ハナハナ」
「ハナナ」
「ハ・ナ!」
数を減らして、逃げ回っていた月光木霊がいきなり全員集合した。
そりゃ全員揃ってくれたほうが、攻撃しやすいけれど。そのままとどめを差すべく鈴鹿が走っていたけれど。
月光木霊は「ハァァァナァァァ……!!」と両手を挙げると、おしくらまんじゅうしはじめた。……な、に? みるみる月光木霊はくっついて……巨大化してしまった。
「ハナァァァァァァ!!」
でかいわ!!
巨大化した月光木霊の声は野太く、足も腕も短いから、胞子にさえ当たらなかったら大したことがなかったのに、こちらはただ転がるだけ、足や腕を振り回すだけで暴力になるのだから、どうしようもない。
巨大化した月光木霊が歩くたびに、ドシン、ドシンと地面が震え、そのたびに私たちの足下が宙に浮く。
なんで乙女ゲームのボス戦で怪獣戦争せにゃならんのか、訳がわからないわ!
イケメンがボスだと、攻略対象になるからだと思うけど! 知ってた!
私の内心はさておき、こちらまで下がってきた維茂は、月光木霊を睨みながら見上げた。
「あのう……あれだけ大きくなってしまいましたけど、どうしましょう?」
「暴れられたら、それだけでひどい損害です。足止めさえできたら、こちらも対処はできるのですが」
「そうですね……」
実際に、利仁と頼光からしてみれば、的が大きくなったのだから、弓矢で攻撃しやすくなっているのだ。
でも。これは鈴鹿の契約の試練であり、鈴鹿がとどめをさせる状態にならなかったら意味がない。どうにかしてサポートは……。
そこでふと気が付いた。
「足止めさえできればいいんですね?」
「ええ……可能であれば、ですが」
「やってみます。維茂は鈴鹿の補助をお願いします。月光木霊の胞子もそろそろまた降りかかるでしょうから、保昌に詠唱を任せてください」
「わかりました」
維茂が急いで鈴鹿のサポートに戻ったところで、私も詠唱をはじめる。
補助詠唱しかできないし、結界も張れなければ回復詠唱も使えないと嘆いていたけれど、できることが意外と多いことに、少しだけほっとしている。
今はちょうど夜で、空の星も拝める……そこから少しだけアンチョコをもらえれば、新しい詠唱も覚えられる。私は星を読み取った。
「姫の嘆きを鎖で繋ぎ、鎖は海のしぶきを受けよ……斗掻《とか》き星《ぼし》!!」
攻撃も防御にも影響しない、ただ詠唱をかけた相手の動きを遅くするだけのもの。あれだけ足場を悪くしてくれていた月光木霊の動きさえスローモーションになったら、動きが制限されていた侍も走ることができる。
「ありがとう、紅葉! 皆、どいて!!」
ようやく紅葉が、鬼ごろしの剣をきらめかせた。
彼女の剣舞は美しい。星明かりを受けてきらめいた刀身は、真っ直ぐに月光木霊へと躍り出た。
「ハァァァァナァァァァ!!!!」
「桜花剣舞!!」
彼女の一閃が、勝負を付けた。
月光木霊は彼女の一閃を受けて拡散し、あとには胞子の光だけが残った。
これで、巫女の力を試すっていう、この試練は乗り越えられた……はずだよね。
「青龍!! 試練は突破したはずだ! 私と契約を……!!」
「ああ愛しの巫女よ……よくぞ青龍の試練を乗り越えられた──……」
途端に先程まで月光木霊が暴れていた場所に、光が集まってきた。
そこに現れたのは、風もないのに靡く青い髪を流した、金色の瞳の狩衣の青年だった。
ん、こんなキャラ知らない。私は唖然としている中、青年は先程からずっと聞こえていた声のまま続ける。
「我と契約を果たすか、巫女よ」
「うん。私はこの皿科を平和に導くために、選ばれたのだから」
「我が巫女よ……その剣をこちらへ」
鬼ごろしの剣を鞘に収めて渡すと、青年はそれを自分の額に当てて掲げた。途端に剣の鞘に、金色の龍の絵柄が写り込んだ。これが、契約完了の印ってことなんだろうか。
青年は微笑んだ。
「どうか我が巫女、旅の安寧を」
「ありがとう……」
そこで青年は再び光を拡散させて、消えてしまった。
……リメイク版から、四神に人間の姿が追加されるようになったのかな。今までこんなことはなかったはずなんだけどな。なんでこんな細工をするんだろう。
私がしばし本家本元とリメイク版の違いについて思いを馳せた──……そのときだった。
「うっ……!!」
田村丸がガクッと膝を突いて、その場にうずくまってしまったのだ。慌てて保昌が近付く。
「田村丸さん!? 呪いの影響ですか!?」
そうだ、元々四神契約の旅と連動して、田村丸にかけられた忘却の呪いも解除されるはずなんだけど、これどうなったんだ!?
私たちも慌てて近付くものの、保昌以外に呪いの対処はできないし、利仁と頼光に至っては薄情にもさっさと夜営の準備をはじめた。
「ど、どうしてですか!?」
思わず抗議の声を上げるものの、利仁はあっさりと言う。
「我らは星詠みではない。解呪は管轄外だ」
「むしろ手伝えば余計に彼を苦しめそうだしね……専門家に任せよう。旅は続くのだから」
そう言って、封印であろうことか焚き火の準備まではじめる。
そりゃそうなんだけれど、もうちょっと心配する素振りを見せることはできないかな!? 都から派遣された頼光はともかく、利仁は元々同居人でしょうが!
抗議で声を上げようと思ったものの、ぽんと肩を叩かれた。維茂だった。
「維茂……あの」
「ふたりの言うことも事実です。まだ我々は一柱としか契約を果たしていない。あと三カ所回らなければならないのです。特に……明日進むのはあの北の封印です。今の我々でも対処できるかは、わからないのですから。休まねばなりません」
「そうなんですけど……でも」
「それに、あれを見てなにか口出しできますか?」
そう言って維茂が顔を向けた先には、座り込んで涙を溜めている鈴鹿に、必死で詠唱の追加を施している保昌。そして苦悶の顔で横たわっている田村丸の姿だ。
……鈴鹿も保昌も、そして田村丸も。明日はきっとあまり戦うことができない以上、私たちだけで、三人を守って進まないといけないんだ。
私も維茂に連れられて、利仁と頼光の夜営の準備を手伝いに行った。干し野菜をあぶって食べて、そのまま眠る……眠ることもまた、使命のひとつだ。
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