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第二章 四神契約の旅編

闇オチはファンの間で行うから面白いのであり、公式がそれに乗っかると萎えるんですよね

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 私たちが庄屋さんの屋敷に戻った途端に、ザシュン……と太刀がなにかを切り裂いた音が響いた。

「……庄屋がいるところで、戦闘が行われているのか!?」
「おやおや、穏やかではないね。紅葉、背後にどうぞ」
「いえ、私は大丈夫なんですけど……いったいなにが?」

 おい……おい。
 サブシナリオで庄屋さんの屋敷の戦闘が起こったことなんて、一度もないぞ。
 いったいクソプロデューサーは、どんなシナリオ改変を行ったっていうんだよ。維茂が「紅葉様は俺の後ろから出ないでください」と言われ、私の背後を頼光が挟む形で、慎重に庄屋屋敷を進んでいく。
 でも。そこで視界がやけに曇ることに気付いた。私は懐から塩を取りだし、それを振りかけてみると、ぱっと視界がクリアになる。
 おい……なんで屋敷内に黒いもやがあるの。こんなもんを大量に吸ったら、ここで働いている人たちが……!

「屋敷内に、瘴気? こんなもの放っておいたら、魑魅魍魎が!」
「すみません。こちら頑張って祓いますから! おふたりは先に保昌の元に!」
「いやねえ、これはいくらなんでも紅葉を置いていったらまずいだろうね。君が襲われたら、この屋敷でもう魑魅魍魎を祓える者はいなくなる。鈴鹿はまだ、瘴気を斬るだけの力は手に入れていないんだから」

 そうでした。そうでした。
 本来、巫女である鈴鹿は、レベルアップを続けたら星詠みの力抜きで瘴気を祓えるようになるんだけど……彼女の鬼殺しの太刀が解放されたらそうなるんだ……まだ四神と一柱しか契約していない彼女だったら、無理なんだよ。
 保昌がまだ回復してないとなったら、私が全部祓うしかないんだけど……これ、屋敷内全部祓って大丈夫なんでしょうね!?
 そう思っていたところで「失礼します」と維茂が私を俵抱きした。それに私は「きゃっ」と「ギャッ」の間の声を出す。

「な、なんですか!?」
「屋敷内を一周します。それで清め終え次第、戦闘に合流しましょう。鈴鹿や田村丸、利仁がいるんでしたら、こちらがいなくとも問題ないとは思いますが」
「うんうん。もし使用人がいたら、保護もできるだろうしね」
「私……保昌のように結界を張ることなんてできませんけど……」

 保昌が全快してたら、結界を張ってその中に使用人さんたちを避難させられただろうけれど、そんなことできないだろうしなあ。
 頼光はおっとりと笑いながら、扇子を取り出す……さすがに屋敷内で弓矢なんてつがえない以上、得物はこれという訳か。
 維茂はそのまま私を担いで走りはじめ、私は塩を撒いて回る。途中で蔵を見つけ、お清めを済ませてから使用人さんたちに避難してもらった。
 途中でおろおろした庄屋さんを発見し、頼光が声をかける。

「いったいなにがあったんだい? 屋敷内にこんなに瘴気が湧くなんてただ事ではないと思うのだけど」
「あ、ああ……守護者様たち……ただいま、巫女様と守護者様たちで、交戦がはじまって」
「誰と?」
「それが……うちの使用人のひとりが、鬼だったのです」
「鬼?」

 維茂と頼光は顔を見合わせる。
 おい、おい……。私は頭を抱える。
 まさかまさかとは思っていたけれど、やっぱり和泉の設定にメスが入った挙げ句に、勝手に改悪されていたのか。
 闇オチとかは、後出しじゃんけんでするもんじゃないんだよ。リメイク版だからって、鈴鹿の恋愛ムーブにてこ入れするからって、他の女子キャラを改悪させる必要がどこにあるっていうんだよ。
 そもそも『黄昏の刻』の下敷きにしている鬼狩り伝説を勝手に無茶苦茶にするんじゃない。クソプロデューサーをクビにして、本家本元のシナリオライターさんを呼び戻すことはできんかったんかい!?
 私が勝手に頭を抱えている中、維茂はいつもの調子で話を聞く。

「使用人とは?」
「はい……星詠みの守護者様の世話を仰せつかっていた和泉が……」
「ふむ。それで、和泉が世話をしていた保昌……守護者は無事か?」
「今、巫女様たちとの交戦に加勢しております」

 だから! クソプロデューサーをクビにしろ!
 どうしてこのふたりが殺し合わないといけないんだよ!? 私はだんだんと泣きそうになってきた。
 よかれと思って、ふたりで話をさせようと思っていたのに。どうしてこんなサブシナリオ改悪を掘り当ててしまったんだろう。このままふたりの会話を抜きにして、さっさと北の封印を目指せばよかったのかな。
 私が、ふたりを……。
 だんだん目尻から涙が溢れそうになった中、ふいに私を抱えていた維茂の腕の力が強くなった。

「……維茂?」
「町を見回ろうとおっしゃった紅葉様の提案に、なにも間違いはございませんでした。鬼がこちらの使用人と偽装していたことに気付かなかった、我々全員の過ちです。幸い、この場にいる庄屋も使用人たちも全員、魑魅魍魎と化したものはいらっしゃいません」

 私は不安げに周りを見回す。
 ……たしかに私たちを歓迎してくれた人たちが全員、蔵で不安げに顔を見合わせているものの、誰も欠けてはいない……和泉以外は。
 頼光は緩やかに言う。

「おそらくは紅葉と同じく、巫女も落ち込んでいるだろうさ。巫女の元へと急ごうか。全てが終わったら慰めさせておくれ」

 あからさまに維茂がいやそーうな態度を取ったものの、私は「……わかりました」と
声を絞り出した。
 鈴鹿だって、私と同じだ。きっと鬼を見逃したことを後悔している。
 全部終わったら反省会だ。
 私は維茂に背負われ、頼光はその後ろをついて、走りはじめた。
 目指すは戦場だ。

****

 鬼は神通力という力を使う。
 前にやり合った鬼たちもまた、同じような力を使っていたと思う。
 和泉もまた、神通力で私たちの体力をガリガリと削っていっていた。和泉のもつ神通力は……瘴気の発生。本来、保昌が全快だったらすぐに祓った挙げ句に結界を張って無効化できるものだけれど、今の保昌にはそんな体力はない。
 そして私たちもまた、瘴気を祓えない。
 ……こんなとき、紅葉がいてくれたら。
 友達に頼りっきりなところが、我ながら情けない。私が選ばれた巫女のはずなのに。
 私たちは瘴気を避けながら、どうにかして和泉とやり合っているものの、剣を振ろうとすれば瘴気を出される、弓矢をつがおうとすれば瘴気を出されるで、戦いたくっても戦えず、防戦一方になってしまっている。
 田村丸は唸り声を上げる。

「どうする? いっそこの屋敷を更地にでもして、屋敷ごと屠るか?」
「やめてよ! 庄屋さんの屋敷がなくなったら、庄屋さんもここで働いている人たちも困るでしょう!?」

 たしかに田村丸の怪力だったら、屋敷ごと彼女を倒すことはできるだろうけど、皿科の安寧のために旅しているのに、ここを危険地帯にしてどうするの。
 一方、防戦に徹している中でも利仁は相変わらず冷静だ。

「鈴鹿。そちは青龍と契約したのではなかったのかえ?」
「したけれど……でも青龍の力で瘴気を祓うなんてことは」
「あれの使うのは神通力であろう。瘴気を撒き散らすばかりで鬱陶しいことこの上ないが、戦えなければ同じことよ」
「本当にまどろっこしい言い方しかしないな、あんたは」

 田村丸の呆れ返った声にも、利仁が臆することがない。
 でも……そっか、神通力が使えなくなったら、これ以上は瘴気が出ない。瘴気は紅葉が来てくれたら祓ってもらうとしても、戦う手段がないのだとしたら。

「やってみる」

 私は太刀を力を込めて握ると、和泉は怪訝な顔をしてみせた。

「いったいなにを? なにをやっても無駄で」
「それを決めるのは、あなたではないよね?」

 私たちが四神契約の旅に出たのだって、四神の力を借りるためなのだから。その借りた力を使えばいいだけの話だ。
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