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収穫祭に挑む前に
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夜になり、神殿のほうの早馬が戻ってきて、学者さんたちが集められた。私はなんとか着替えているものの、メイドさんたちが私の呪い疑惑に脅えている。
それにエリゼさんが声をかける。
「呪いは移るものでも広がるものでもない。奥様に失礼です」
「も、申し訳ございませんっ!」
そうは言っても、知識がなかったら、怖いものは怖いもんな。私は「もう本当に大丈夫ですから」とだけ言って、学者さんたちが通されている応接室へと向かった。
学者さんの中には、以前に顔を合わせた水車の研究をしているマティウス博士もいた。この人は呪いを郷土病かなにかじゃないかと推測を立てていたから、大丈夫かな。
「あのう、お久し振りです。マティウス博士」
「おや、奥様。今日は呪いの関係で寝込んでらっしゃいましたか?」
「はい……お恥ずかしながら。ただ、神殿の情報と私の推測を聞いていただきたくて、招集をかけていただきました」
「はい。妻が言っていることが残念ながら自分では理解できず。どうかご教授願いたく」
ジル様はそう言って頭を下げる。マティウス博士はそれに視線を向けてから、私のほうに視線を戻した。
「たしか奥様は神殿にしばらく滞在してらしたんでしたね?」
「はい……ですから神殿の情報も確認せねばわからないのですけれど……一連の呪いの騒動というのは、枯草熱ではないかと思いまして。ただ、枯草熱にも種類があるようですから、どれに対処をすればいいのかがわからないので、お力添えをと思いました」
「たしかにありますね」
そう言って声を上げてくださった方は、初老の学者さんだった。見てくれがシャツに布をほっかむった姿で、農民なのか学者なのかわからない様相をしていたけれど、メガネの奥には叡智が見え隠れする。
「春と夏、秋。それぞれに起こる人が多いのですよね。ひと括りに枯草熱と言っても、風邪のように対処療養しかなく、特定の薬も効かない不可思議なものです」
「ですよね……切り傷は包帯を巻けばいい、喉の痛みは蜂蜜を舐めればいいって訳にはいきませんから。そして、王都のほうにダリヤの栽培が流行っていると伺いました」
それに学者さんたちがざわめいた。
ジル様にはそれがわからなかったようだ。
「妻も指摘していましたが、ダリヤと枯草熱の因果関係がわからず……」
「……ダリヤとブタクサは、同じ種類の草花なのですよ。姿かたちは似て非なるものですが、根本は同じもので……枯草熱の原因は、花粉じゃないかとは学者たちの中ではよく話していますが、同じ根源の花粉を長いこと浴びていた場合、姿形が違えど同じ根源の草花が咲く季節に枯草熱が発症する場合がございます。おそらくは、王都の住民は、ブタクサの枯草熱の気があるのでしょう。ブタクサの近くに寄らない限りは発症しないのでしょうが……」
「クレージュ領では、基本的に草木を取り扱う際には、決して素手で触らない、布を被って手袋を嵌めるを徹底しています。手を切って毒でやられる場合が多いですからね。ですが王都では農業領では当たり前の常識も広がっているとは思えません」
つまりは。王都のダリヤ栽培流行りが、クレージュ領で生えているブタクサに反応して、枯草熱が起こり、それが呪いだと言われ続けていたという訳だ。
花を愛でるときに、わざわざ布を被って手袋なんて嵌める訳もない。だからクレージュ領で行われていた常識が、王都では非常識として扱われていたんだ。
迷惑にも程がある。
話をひと通り聞き、ジル様は思案する。
「呪いの理屈はこれでわかりましたが……問題はこれをどうするかです」
「一番いいのは、ブタクサはどのみち雑草ですから、燃やすことです」
「燃やす……ですか」
「燃やして肥料にしてしまいましょう。種が飛び散って、来年も生えてしまったら、また呪いだと風評被害が飛び交います。クレージュ領は何度も何度も風評被害に耐えうる力はありません」
ジル様はそれに黙り込んでしまった。
「……今晩は召喚に応じてくださり感謝します。ひと晩だけ、時間をください」
そう言って、一旦話し合いはお開きとなった。
****
ジル様は難しい顔で執務室に向かった。私はおろおろしながら、エリゼさんにお茶をいただいて、ソファに座らせてもらった。
「学者さんたちの焼却の提案、難しいんでしょうか?」
「……今は収穫の時期ですからね。まず人手を集めるのが厳しいです。それにただでさえクレージュ領には呪いの風評被害が蔓延していますから、ここで各地で火を焚き込めた場合、呪いの風評が拡大するおそれがあります……神殿でも、あまり火を焚いてどうこうする行事がないでしょう?」
「ああ……」
どうしても、火を大きく焚くというのは魔女の大祭を連想させてしまい、元々付いてしまった呪いの蔓延の風評被害を、魔女を呼んだとさらに拡大してしまう。そうなったらたしかに風評被害が原因で神殿経由じゃなかったら野菜の売買ができないのが、神殿だけではフォローができなくなる……神殿だって勝手に変なことはじめたら庇い立てができなくなるし!
私はおろおろとしながら考え……ふと思いつく。
「……いっそのこと、収穫祭と一緒にブタクサを燃やすというのはどうですか? 収穫祭であれば、普通に神殿にも野菜を送っていますから神殿公認の行事ですし?」
「ブタクサを燃やすのと収穫祭を、どうやって一緒に?」
「皆さんで、獲れ立てでもおいしい野菜を焼いて食べましょうよ。いいものが採れた宣伝にもなりますし、水道などの宣伝にもなりますし」
本来、収穫したてでおいしいものもあれば、しばらくの間倉庫で寝かせていたほうがおいしいものもある。でも採れ立てのものを水道で洗った上で焼けば、いい具合に枯草熱対策を広められて、水道の普及にも役立つ。
なによりも皆で火を使ってるって宣伝しているんだから、その隙にブタクサを燃やしてもなんの問題もなくなる……はずだ。多分。
私がそう思いついたことを言ってみたら、途端にジル様に手を伸ばされた。そして背中に腕を回される。
「……ありがとうございます。駄目ですね、自分ひとりだとどうも上手く頭が回らなくて。シルヴィさんのおかげです」
「な、なにを言っているんですか。ジル様じゃないですか。あちこち視察してきて、足りないものを皆で使えるように、病気対策に皆が水を使えるようにって公共事業頑張ってらっしゃったのは」
そもそも冬になったら風邪で寝込む人たちが続出するのだから、水道が普及して皆で活発的に手洗いして綺麗にしていたほうが病気になる人たちだって減る。
学者の意見を積極的に聞き、必要そうなものをつくり、それらを普及させる。本当に立派に領地運営しているんだから、ただ神殿で聞きかじった知識を思いつくままに言っている私よりもよっぽど立派だ。
「あなたはすごい人です。私は、そんなあなただから好きになったんですよ」
途端にジル様は顔をぼっと赤くした。
……この人、どこにツボがあるのかさっぱりわからないな。
「……シルヴィさん。明日の朝一番に、収穫祭の通達を出しますから。それまでの間、こうしててもいいですか?」
もう夜だし、どのみちもう寝て明日に備えるしかない。
私ひとりでこの人の英気を養えるなら。
「どうぞ」
抱き枕になるのも本望だ。
それにエリゼさんが声をかける。
「呪いは移るものでも広がるものでもない。奥様に失礼です」
「も、申し訳ございませんっ!」
そうは言っても、知識がなかったら、怖いものは怖いもんな。私は「もう本当に大丈夫ですから」とだけ言って、学者さんたちが通されている応接室へと向かった。
学者さんの中には、以前に顔を合わせた水車の研究をしているマティウス博士もいた。この人は呪いを郷土病かなにかじゃないかと推測を立てていたから、大丈夫かな。
「あのう、お久し振りです。マティウス博士」
「おや、奥様。今日は呪いの関係で寝込んでらっしゃいましたか?」
「はい……お恥ずかしながら。ただ、神殿の情報と私の推測を聞いていただきたくて、招集をかけていただきました」
「はい。妻が言っていることが残念ながら自分では理解できず。どうかご教授願いたく」
ジル様はそう言って頭を下げる。マティウス博士はそれに視線を向けてから、私のほうに視線を戻した。
「たしか奥様は神殿にしばらく滞在してらしたんでしたね?」
「はい……ですから神殿の情報も確認せねばわからないのですけれど……一連の呪いの騒動というのは、枯草熱ではないかと思いまして。ただ、枯草熱にも種類があるようですから、どれに対処をすればいいのかがわからないので、お力添えをと思いました」
「たしかにありますね」
そう言って声を上げてくださった方は、初老の学者さんだった。見てくれがシャツに布をほっかむった姿で、農民なのか学者なのかわからない様相をしていたけれど、メガネの奥には叡智が見え隠れする。
「春と夏、秋。それぞれに起こる人が多いのですよね。ひと括りに枯草熱と言っても、風邪のように対処療養しかなく、特定の薬も効かない不可思議なものです」
「ですよね……切り傷は包帯を巻けばいい、喉の痛みは蜂蜜を舐めればいいって訳にはいきませんから。そして、王都のほうにダリヤの栽培が流行っていると伺いました」
それに学者さんたちがざわめいた。
ジル様にはそれがわからなかったようだ。
「妻も指摘していましたが、ダリヤと枯草熱の因果関係がわからず……」
「……ダリヤとブタクサは、同じ種類の草花なのですよ。姿かたちは似て非なるものですが、根本は同じもので……枯草熱の原因は、花粉じゃないかとは学者たちの中ではよく話していますが、同じ根源の花粉を長いこと浴びていた場合、姿形が違えど同じ根源の草花が咲く季節に枯草熱が発症する場合がございます。おそらくは、王都の住民は、ブタクサの枯草熱の気があるのでしょう。ブタクサの近くに寄らない限りは発症しないのでしょうが……」
「クレージュ領では、基本的に草木を取り扱う際には、決して素手で触らない、布を被って手袋を嵌めるを徹底しています。手を切って毒でやられる場合が多いですからね。ですが王都では農業領では当たり前の常識も広がっているとは思えません」
つまりは。王都のダリヤ栽培流行りが、クレージュ領で生えているブタクサに反応して、枯草熱が起こり、それが呪いだと言われ続けていたという訳だ。
花を愛でるときに、わざわざ布を被って手袋なんて嵌める訳もない。だからクレージュ領で行われていた常識が、王都では非常識として扱われていたんだ。
迷惑にも程がある。
話をひと通り聞き、ジル様は思案する。
「呪いの理屈はこれでわかりましたが……問題はこれをどうするかです」
「一番いいのは、ブタクサはどのみち雑草ですから、燃やすことです」
「燃やす……ですか」
「燃やして肥料にしてしまいましょう。種が飛び散って、来年も生えてしまったら、また呪いだと風評被害が飛び交います。クレージュ領は何度も何度も風評被害に耐えうる力はありません」
ジル様はそれに黙り込んでしまった。
「……今晩は召喚に応じてくださり感謝します。ひと晩だけ、時間をください」
そう言って、一旦話し合いはお開きとなった。
****
ジル様は難しい顔で執務室に向かった。私はおろおろしながら、エリゼさんにお茶をいただいて、ソファに座らせてもらった。
「学者さんたちの焼却の提案、難しいんでしょうか?」
「……今は収穫の時期ですからね。まず人手を集めるのが厳しいです。それにただでさえクレージュ領には呪いの風評被害が蔓延していますから、ここで各地で火を焚き込めた場合、呪いの風評が拡大するおそれがあります……神殿でも、あまり火を焚いてどうこうする行事がないでしょう?」
「ああ……」
どうしても、火を大きく焚くというのは魔女の大祭を連想させてしまい、元々付いてしまった呪いの蔓延の風評被害を、魔女を呼んだとさらに拡大してしまう。そうなったらたしかに風評被害が原因で神殿経由じゃなかったら野菜の売買ができないのが、神殿だけではフォローができなくなる……神殿だって勝手に変なことはじめたら庇い立てができなくなるし!
私はおろおろとしながら考え……ふと思いつく。
「……いっそのこと、収穫祭と一緒にブタクサを燃やすというのはどうですか? 収穫祭であれば、普通に神殿にも野菜を送っていますから神殿公認の行事ですし?」
「ブタクサを燃やすのと収穫祭を、どうやって一緒に?」
「皆さんで、獲れ立てでもおいしい野菜を焼いて食べましょうよ。いいものが採れた宣伝にもなりますし、水道などの宣伝にもなりますし」
本来、収穫したてでおいしいものもあれば、しばらくの間倉庫で寝かせていたほうがおいしいものもある。でも採れ立てのものを水道で洗った上で焼けば、いい具合に枯草熱対策を広められて、水道の普及にも役立つ。
なによりも皆で火を使ってるって宣伝しているんだから、その隙にブタクサを燃やしてもなんの問題もなくなる……はずだ。多分。
私がそう思いついたことを言ってみたら、途端にジル様に手を伸ばされた。そして背中に腕を回される。
「……ありがとうございます。駄目ですね、自分ひとりだとどうも上手く頭が回らなくて。シルヴィさんのおかげです」
「な、なにを言っているんですか。ジル様じゃないですか。あちこち視察してきて、足りないものを皆で使えるように、病気対策に皆が水を使えるようにって公共事業頑張ってらっしゃったのは」
そもそも冬になったら風邪で寝込む人たちが続出するのだから、水道が普及して皆で活発的に手洗いして綺麗にしていたほうが病気になる人たちだって減る。
学者の意見を積極的に聞き、必要そうなものをつくり、それらを普及させる。本当に立派に領地運営しているんだから、ただ神殿で聞きかじった知識を思いつくままに言っている私よりもよっぽど立派だ。
「あなたはすごい人です。私は、そんなあなただから好きになったんですよ」
途端にジル様は顔をぼっと赤くした。
……この人、どこにツボがあるのかさっぱりわからないな。
「……シルヴィさん。明日の朝一番に、収穫祭の通達を出しますから。それまでの間、こうしててもいいですか?」
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