聖女オブザデッド

石田空

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聖女、ようやく重い口を開く

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 カルミネは困惑して、やってきた宮廷魔術師の少女とアンナリーザを見比べた。
 宮廷魔術師はそばかすが浮いているし、目は小さいが、栗色の肩までに切り揃えられた髪はなかなか綺麗に見える。そして宮廷魔術師の特徴である、裾に模様の入ったローブをワンピースの上に羽織っている。
 彼女の言い出した言葉を耳に、カルミネはちらりとアンナリーザに視線を向ける。
 押し黙ったアンナリーザは、一瞬だけ唇を噛みしめると、ようやく口を綻ばせた。

「……あなた、本当に上からなにも聞いてないようね? 私は国王に謁見を申し込みに来たのだけれど。でもあなたの言い方からして、国王は私たちを閉じ込めるだけ閉じ込めて、時間稼ぎがしたいだけみたいね。ルーチェが滅びるまでの時間稼ぎを」

 彼女の言葉に、カルミネは絶句し、宮廷魔術師も「やっぱり……!」と悲鳴を上げる。

「わ、私……シェンツァと申します……で、ですけど、だったらなおのこと、聖女様は帰らなければならないのでは」
「そうね。もう国王も私と話したくないみたいだし、重宝だけ持ってルーチェに帰ろうと思うけれど。あなた、重宝のありかは知らない? カルミネの言葉だと、宮廷魔術師はルーチェを封鎖するために結界を張るため、重宝を使っていると聞いたけれど」

 シェンツァと名乗った宮廷魔術師は、アンナリーザの問いかけに、少し黙り込んで、膝をもじもじと摺り合わせた。そして、意を決したかのように、口を開く。

「……私の班の分は、既に返却していますが、返却場所までご案内はできます。ただ、あのう……」
「ありがとう。それじゃあ、さっさと重宝持って帰りましょうか」

 アンナリーザがすっくと立ち上がると、カルミネも一緒に立ち上がりつつ、困惑してシェンツァを見ると、シェンツァは言う。

「あ、案内しますから、教えてください! どうして聖都でリビングデッドが発生したんですか? いろいろと……こう、いろいろとあり得ないことが多過ぎて……誰もかれもが知らぬ存ぜずを貫き通してて……気持ち悪くって……」
「……そうね、宮廷魔術師相手に、ただで重宝をお借りするのは申し訳ないわね。案内してちょうだい。歩きながら、少し話しましょうか」
「は、はい……! ありがとうございます、聖女様……!」

 シェンツァはペコリと頭を下げると、そそくさとふたりの前に立って、案内をはじめた。
 カルミネは困惑したまま、彼女のあとについていきつつ、アンナリーザの顔を見る。今まで何度聞いても、神殿関係者たちは口を割らず、アンナリーザ自身も口を閉ざしていたことを、まさかこんな形で聞くことになるとは、思いもしなかった。

「どういう風の吹き回しです? 何度聞いても教えてくれなかったのに、彼女には教えるんですか」
「あら、だって宮廷魔術師は知識があるから、公表していいことと悪いことの分別がつくもの。迂闊に吟遊詩人に教えたりしたら、普通は警戒して口を閉ざすでしょ。口から出任せで迷惑こうむるのはごめんだって、誰だって思うもの」
「あのう、俺も聞くことになるんですけど……」
「今はあなたがそこまで馬鹿じゃないとわかったから、平気。あなたいろいろとしょうもないけれど、毒にもならなければ、薬にもならないもの」

 それは褒められているのか、けなされているのか。多分「吟遊詩人にしちゃまだマシ」という判断を下されたのだろうと、ポジティブに考えることにした。
 歩いて行ったら、騎士たちが剣を構えて見張りをしているのが見えた。まずくないかとカルミネはシェンツァを見たら、シェンツァはローブからなにかを取り出した。
 カルミネが結界を突破する際に見た皿に似た重宝にも見えるが、それにしてはあまり綺麗ではないし、皿の表面になにか塗ってあるのが見える。

「あまり息をしないでください」

 シェンツァのぼそりとした物言いに、カルミネはきょとんとすると、アンナリーザは心得たように鼻ごと口元を抑えたので、彼もそれに倣う。
 皿からはなにかが立ち上っていくのが見えた。

「ご機嫌よう」

 シェンツァの声に、騎士たちは振り返った。

「聖女様たちのもてなしは?」
「それが……聖女様のお連れの方がお酒をご所望なので。あちらにはお酒がありませんでしたから厨房まで取りに行くんです。使いっ走りさせるとかひどいですよね」
「なんだ、聖女様もとんだヒモに捕まったなあ」
「まあ、神殿なんで年寄りか女子供しかいないから、吟遊詩人が物珍しかったんだろうなあ」

 シェンツァと騎士の会話がおかしいことに、カルミネはあれ。と思う。この場にアンナリーザがいるとわかったらまず言えないようなことをのたまっているのだ……百歩譲って、自分が相当けなされているのはさておいて。
 さんざん会話をしてから、そのまま騎士たちに通されて去って行った。
 騎士たちの姿が見えなくなり、長い階段に差し掛かったとき。いい加減カルミネは塞いだ口と鼻が苦しくって、だんだんと顔に熱が篭もっていくのを、フガフガとさせていたら。

「もう普通に呼吸しても大丈夫ですよ」

 シェンツァにそう言われ、ぜはーとカルミネは息をする。空気がおいしい。呼吸ができるのは素晴らしい。
 アンナリーザはというと、平然と顔から手を放している。先程まで呼吸ができなかったとは思えないんだから、聖女はいったいどういった修行を行っているのかと勘ぐりたくもなる。
 さんざん息をしてから、ようやくカルミネはシェンツァに疑問をぶつけてみることにした。

「今のはいったい?」
「目くらまし……と言えばいいんでしょうか? いるものをいない、いないものをいるように錯覚させたんです」
「その……皿は重宝?」
「国が貸し出すような魔力が潤沢なものではありませんが……簡単な魔法でしたら、詠唱を省略できる代物です。ですがあまり大きな物音を立てられたら、その錯覚の通用しなくなりますから、呼吸をあまりさせなかったんですけど……もう息は大丈夫でしょうか?」
「いや、大丈夫……」

 酒場で出会う魔術師という魔術師は、皆暴力的な魔法ばかり見せてきたが、どうにもシェンツァはそういう暴力的な魔術師とは違うものらしい。カルミネは宮廷魔術師のなにがそんなにすごいのかはよくわかっていなかったが、少なくとも簡単なものとはいえど呪文詠唱を省略できるのはすごいのではないかと、目の前で賛美歌を歌いながら倒れていった巫女たちのことを思いながら納得する。
 アンナリーザはシェンツァの説明に笑う。

「シェンツァ、あなた本当にすごいわね。宮廷魔術師になれるはずだわ」
「せ、聖女様に褒められるなんて……」

 シェンツァは今にも足から羽根でも生やしそうな、うっとりとした声を上げるので、アンナリーザは苦笑しつつ、「さて」と口を開く。

「それじゃ、どうして聖都にリビングデッドが現れたか、だけれど」
「は、はい……」

 ようやく核心に迫れるのかと、ふたりの視線がアンナリーザに向かう。
 アンナリーザは一瞬だけ目を伏せると、重々しく唇を動かした。

「……神殿は地下のカタコンベに、遺体を埋葬するということは知っているわね?」
「ああ……それは聞いたような」

 先程アンナリーザが言っていたことだ。
 神殿が遺体を預かり、アンデッドにならないよう清めてから、地下墓地のカタコンベに埋葬する。日々神に祈ることと同様に、神殿では必要不可欠な仕事だが。
 アンナリーザは続ける。

「全てのはじまりは、一名の遺体を清めることからだった」

 国王がどうして聖都を滅ぼしたがっていたのか。どうして結界を張ってまでなかったことにしてしまったのか。どうして結界の張られているこの国の聖都はリビングデッドに乗っ取られてしまったのか。
 全てのはじまりは、ただの神殿の日常業務からだったのだ。
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