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観劇の迎えに行ってみる
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シリル型人形をひとまずカウンターのカーテン越しに来てもらい、店先からは見えないようにしながら、もろもろの作業をしつつ店番をする。
人がいないのを確認してから、私は商品に溢れないようハンカチを敷いてからビスケットをいただいた。
サクッホロッとしておいしい。小麦の匂いも香ばしく、シリルさんはどうしてこんな素敵なものをくれたのかしらと、しばし目を瞬かせた。
その間にもお客様はやってくる。
「人形のメンテナンスを頼みたいのですが……」
「かしこまりました。どこか具合が悪いのですか?」
「この間からちゃんと受け答えができなくなって……」
「かしこまりました。自律稼働部を確認しますので、少々お待ちくださいませ」
さすがに人形の発注はこれ以上はパレード待ちと注意を付けつつも、細々としたメンテナンスを済ませ、店番の合間に、人形のパーツを作成していく。
指先、爪先、関節部。見えないところも丁寧に磨き上げていく。これで組み立てるときに商品の価値がぐんと変わってくる。
それらをもろもろ済ませている中、ひょっこりとシリル型人形が動きはじめた。
「すみません」
「はい、なんですか?」
自律稼働するとはいえど、いくら作り手の人形師とはいえども、主人以外に声をかけてくるのは珍しい。この間、自律稼働の歯車の調整は終わらせたのになあと、私は暢気に思いながら返した。
シリル型人形は神妙な顔をして言う。
「彼女をそろそろ迎えに行きたいのですが」
「あら……?」
そういえば。前に自律稼働の部分を設定する際に、持ち主の予定を管理する執事機能を頼まれた。実際に人形を伴って嫁ぎ先に行く際、恋人人形から執事人形として使う人が多いから、予定管理の部分は重要だ。
私は壁掛け時計を確認した。たしかにそろそろ日が落ちるし、舞台も終わった頃だから迎えに行っても問題ないだろう。それにシリル型人形にそう設定しているということはラモーナ様のご予定も、多分それで問題ないのだから。
でもなあ……。私はシリル型人形を見つめた。
いくら体格がシリルさんのほうがいいとは言えど、金髪碧眼の王子様ルックがふたりも現れたら場は混乱するし、そもそもラモーナ様が恋愛禁止条例に引っかかって婚約がまずいことになりかねない……ラモーナ様のご実家はともかく、嫁ぎ先のはげちゃびん……お方がなにかしら文句を言ってきたらどうなるかわからない。
私はしばらく考えた後、前にラモーナ様のところにカートに載せて運んでいったときと同じく、シリル型人形にフードを被せることにした。
「視界は大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
シリルさんと同じ見た目で、丁寧語をしゃべっていると、頭が混乱する。ひとまず目立つ顔をフード付きコートで隠してもらえば、ただの王都の物見遊山くらいにはなるだろう。誰だって怪しい人にはそう簡単に声をかけないし。
私も【閉店】のプレートをかけつつ、黒いローブを着る。赤い髪はどうしても目立つから、フードで覆うと、「それじゃあ迎えに行きましょう」と出かけることにした。
今日はうきうきの休日なのだから、世間も人形とデートする女性や男性で溢れている。本当にごくたまに、本物の人間同士の……婚約者同士のデートも確認できる。たまにどう見ても未亡人と若いつばめも見えるけれど、そっと見なかったことにする。
王都の街道を真っ直ぐ真っ直ぐ進んでいくと、広場が見えてくる。
平民はそこで並んでいる屋台のフィッシュアンドチップスをジンジャーエール片手に楽しみ、貴族はその広場を抜けた先の劇場まで足を運んで舞台を鑑賞する。多分この広場でしばらく待っていたら、舞台帰りの人たちと会えるはずなんだけれど。
私はシリル型人形に尋ねる。
「ここでしばらく待ってる?」
「はい。もうしばらくしたら帰ります」
「予定があるの?」
「お答えできません」
守秘義務があるから、その辺はきっちりしている。まあその魔法をきちんと組み込んだのは私だけれど。
しばらく待っていたら、案の定ぞろぞろと舞台帰りの人々が出てきた。その人々を眺めていたら、熱視線が集まっている場所が見つかった。
「素敵な人形ね……」
「ええ……美男美女で美しいわ」
案の定というべきか、シリルさんとラモーナ様には、そんな視線が集中してしまっていた。
ラモーナ様はこちらが恥ずかしくなるくらい、べったりとシリルさんの腕に絡みつき、対するシリルさんはうっすらと微笑だけ浮かべている……私、こんな顔されたことなんて一度もありませんけど。
普段の慇懃無礼な態度を知っていたら、こんな顔を生かした表情できたのかと、私はそんな顔させられないんだなあとなんとも言えない気分になる。
私は声をかけるべきか否かと思っていたら、シリル型人形がそのままラモーナ様のほうに向かおうとするので、慌てて腕を掴んだ。
「ああ、駄目ですよぉ。そっち言っては」
「どうして? 彼女を迎えに来たのです。出迎えないと」
「同じ顔がふたりいたら、どちらかが人形で、どちらかが人間かってバレてしまうでしょう? ご主人様が騎士団にしょっ引かれてしまったら困るでしょう?」
「わかりました。いつになったら迎えに行ってもよろしいですか?」
「視線が捌けてからですねえ」
でもなあ。
皆が皆、うっとりとした視線を向けてくるもんだから、なかなか視線が散ってくれない。そして皆がうっとりと眺めていたら、少しだけ濁った意見が飛び込んできた。
「でもあれだけ綺麗でも、しょせんが人形でしょう? あれだけ美しい人形が執事だけで、満足できるのかしら?」
「花を売らせるのもねえ」
……花を売らせるような人形、つくった覚えはありませんが。
私がピキッとしている中、シリル型人形は私の腕を振り払って、スタスタと歩いて行ってしまう。それに私は慌てて止めようとする。
「駄目ですよぉ。大人しくしてくださいー」
「駄目です。無理です」
「待ってくださいってばぁー!」
私がパタパタ走っていたら、私たちがわちゃわちゃしているのに、シリルさんもラモーナ様も気付いた。
私は慌てて、通りを替えましょうと、必死でジェスチャーをする。さすがにここは目立ち過ぎるし、広場には騎士団も普通に見回りに来ているから、シリルさんの同僚に見つかったら厄介だ。
こちらの意図に気付いたのか、大通りから一本外れた、下町のほうへと歩みを進めた。
王都も一歩路地裏に入ると、たちまち下町であり、平民たちの住むアパートメントが建ち並ぶ区画になる。そちらに入った途端に、やっとシリル型人形はラモーナ様のほうと歩み寄った。
ラモーナ様はかなり満足げな顔だ。
「あら、ふたりともごきげんよう」
「帰りましょう」
「ええ、今日はそういう時間でしたものね……夢のようなお時間でしたわ。本当に、ありがとうございました」
ラモーナ様はうっすらと頬を赤らめて、夢見る顔でシリルさんを見つめた。それにシリルさんは微笑を浮かべて答えた。
「いえ。楽しんでいただけたのならよかったです」
「ええ。あとエスター」
「あ、はいっ」
ラモーナ様は私にずっしりと重い布袋を渡してきた。私は中身を見て唖然とする……金貨がどっさりだ。私のひと月の稼ぎよりも、ちょっとだけ多いのに、口をパクパクさせる。
「い、いただけませんっ。さすがにこれは多過ぎますっ!」
「ですが、あなたもこれからパレードで大変なのでしょう? このお金でたっぷり英気を養ってくださいな」
「英気どころか、これだけいただいたらひと月は店を閉めててもやっていけるだけのお金ですが!?」
「あら……それならば、なおのことゆっくりしてくださいませ。それでは、ご機嫌よう」
パサリ……とシリル型人形はローブを取ると、それを畳んで私に返してきた。彼はラモーナ様をエスコートして、優雅に立ち去っていく。
ここが下町の路地裏だということを忘れそうなほどに、華麗な仕草であった。
そして先程まで王子様のような表情を浮かべていたシリルさんは、一気に顔が崩れた。いつもの慇懃無礼な眉間に皺を寄せた表情に戻ってしまう。
「……疲れた。人形のふりなんて初めてだ。さすがにもうしないぞ」
「お、お疲れ様ですっ。でも、いい雰囲気だったじゃないですか」
「どこかだ。彼女、今から葬式に行くんじゃないかってくらい思い詰めてたから、こちらも必死で励ましていたところだ……俺がモデルにされたっていうのに、俺が人形のふりをしなきゃいけないって、本当になんなんだ」
「……ええ? お葬式って……」
「ラモーナ嬢、学校を中退させられそうなんだと」
「……ええっ?」
一応貴族令嬢の場合、学校を中退させて嫁ぎ先に行くというのは、ステータスとして持てはやされている……ただし、それがステータスと呼べるのは、長男や長女など、そこそこいい縁談がまとまっている場合だけで、次男次女以降の売れ残りサバイバルレースになった途端に、罰ゲーム進行となる。
ラモーナ様の婚約者は、はげちゃびんの子持ちだ。そこに嫁ぐために王立学園を中退させられるとなったら……私が彼女の言葉にあまりに気の毒になって提案したことは、彼女にとっての一生の想い出をつくったということなんだろうか。
「……私、ラモーナ様に想い出をあげられたんでしょうか?」
「わからん。そればかりはラモーナ嬢の心ひとつだろう。おい、エスター」
「はいっ?」
「……もらった金、ちゃんと使って英気を養えよ。正統な報酬なんだから」
「……わかり、ました……ああ、そうだ、シリルさん」
「なんだ?」
「一緒にフィッシュアンドチップス食べませんか? 人形のふりをなさってたんだったら、今日はなんにも食べてないでしょう?」
「まあ、な」
途端に、グルルルルルルル……と野犬の唸り声のような音が響いた。私は思わずシリルさんを見ると、気まずそうにそっぽを向いた。
「仕方がないだろ。俺も慣れない殿下のふりをしてたんだから。腹の音なんて聞かせて幻滅させる訳にも、彼女を恋愛禁止条例で逮捕させる訳にもいかないんだから。
「ですねえ。なら、行きましょう行きましょう」
私とシリルさんが一緒にフィッシュアンドチップスを買って一緒に広場で頬張っていても、誰も見向きもしなかった。
どう見ても魔女と、人形の格好をしている人だったら、見なかったことにするのは順当だろう。
ラモーナ様からいただいたお金でシリルさんの分も支払おうとしたものの、シリルさんは眉間に皺を寄せて「断る」と突っぱねるばかりで払われてくれなかった。
「これはお前の報酬だ。俺が受け取る訳にはいかん」
「シリルさんにお礼をしようとしてるだけじゃないですかぁ」
「……俺は、いい。それにお前も、まだ人形づくりが残ってるんだろ? 食べ終わったら作業があるんだろうが」
「そりゃありますけど。でも計算はちゃんとしてますから、パレードまでに間に合いますよぉ」
「そうじゃないだろ」
こうしてしゃべっていると、まるで私が普通の人間になったみたいで、少しだけ嬉しかった。
人形師が、普通の人間な訳はないのにねえ。
人がいないのを確認してから、私は商品に溢れないようハンカチを敷いてからビスケットをいただいた。
サクッホロッとしておいしい。小麦の匂いも香ばしく、シリルさんはどうしてこんな素敵なものをくれたのかしらと、しばし目を瞬かせた。
その間にもお客様はやってくる。
「人形のメンテナンスを頼みたいのですが……」
「かしこまりました。どこか具合が悪いのですか?」
「この間からちゃんと受け答えができなくなって……」
「かしこまりました。自律稼働部を確認しますので、少々お待ちくださいませ」
さすがに人形の発注はこれ以上はパレード待ちと注意を付けつつも、細々としたメンテナンスを済ませ、店番の合間に、人形のパーツを作成していく。
指先、爪先、関節部。見えないところも丁寧に磨き上げていく。これで組み立てるときに商品の価値がぐんと変わってくる。
それらをもろもろ済ませている中、ひょっこりとシリル型人形が動きはじめた。
「すみません」
「はい、なんですか?」
自律稼働するとはいえど、いくら作り手の人形師とはいえども、主人以外に声をかけてくるのは珍しい。この間、自律稼働の歯車の調整は終わらせたのになあと、私は暢気に思いながら返した。
シリル型人形は神妙な顔をして言う。
「彼女をそろそろ迎えに行きたいのですが」
「あら……?」
そういえば。前に自律稼働の部分を設定する際に、持ち主の予定を管理する執事機能を頼まれた。実際に人形を伴って嫁ぎ先に行く際、恋人人形から執事人形として使う人が多いから、予定管理の部分は重要だ。
私は壁掛け時計を確認した。たしかにそろそろ日が落ちるし、舞台も終わった頃だから迎えに行っても問題ないだろう。それにシリル型人形にそう設定しているということはラモーナ様のご予定も、多分それで問題ないのだから。
でもなあ……。私はシリル型人形を見つめた。
いくら体格がシリルさんのほうがいいとは言えど、金髪碧眼の王子様ルックがふたりも現れたら場は混乱するし、そもそもラモーナ様が恋愛禁止条例に引っかかって婚約がまずいことになりかねない……ラモーナ様のご実家はともかく、嫁ぎ先のはげちゃびん……お方がなにかしら文句を言ってきたらどうなるかわからない。
私はしばらく考えた後、前にラモーナ様のところにカートに載せて運んでいったときと同じく、シリル型人形にフードを被せることにした。
「視界は大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
シリルさんと同じ見た目で、丁寧語をしゃべっていると、頭が混乱する。ひとまず目立つ顔をフード付きコートで隠してもらえば、ただの王都の物見遊山くらいにはなるだろう。誰だって怪しい人にはそう簡単に声をかけないし。
私も【閉店】のプレートをかけつつ、黒いローブを着る。赤い髪はどうしても目立つから、フードで覆うと、「それじゃあ迎えに行きましょう」と出かけることにした。
今日はうきうきの休日なのだから、世間も人形とデートする女性や男性で溢れている。本当にごくたまに、本物の人間同士の……婚約者同士のデートも確認できる。たまにどう見ても未亡人と若いつばめも見えるけれど、そっと見なかったことにする。
王都の街道を真っ直ぐ真っ直ぐ進んでいくと、広場が見えてくる。
平民はそこで並んでいる屋台のフィッシュアンドチップスをジンジャーエール片手に楽しみ、貴族はその広場を抜けた先の劇場まで足を運んで舞台を鑑賞する。多分この広場でしばらく待っていたら、舞台帰りの人たちと会えるはずなんだけれど。
私はシリル型人形に尋ねる。
「ここでしばらく待ってる?」
「はい。もうしばらくしたら帰ります」
「予定があるの?」
「お答えできません」
守秘義務があるから、その辺はきっちりしている。まあその魔法をきちんと組み込んだのは私だけれど。
しばらく待っていたら、案の定ぞろぞろと舞台帰りの人々が出てきた。その人々を眺めていたら、熱視線が集まっている場所が見つかった。
「素敵な人形ね……」
「ええ……美男美女で美しいわ」
案の定というべきか、シリルさんとラモーナ様には、そんな視線が集中してしまっていた。
ラモーナ様はこちらが恥ずかしくなるくらい、べったりとシリルさんの腕に絡みつき、対するシリルさんはうっすらと微笑だけ浮かべている……私、こんな顔されたことなんて一度もありませんけど。
普段の慇懃無礼な態度を知っていたら、こんな顔を生かした表情できたのかと、私はそんな顔させられないんだなあとなんとも言えない気分になる。
私は声をかけるべきか否かと思っていたら、シリル型人形がそのままラモーナ様のほうに向かおうとするので、慌てて腕を掴んだ。
「ああ、駄目ですよぉ。そっち言っては」
「どうして? 彼女を迎えに来たのです。出迎えないと」
「同じ顔がふたりいたら、どちらかが人形で、どちらかが人間かってバレてしまうでしょう? ご主人様が騎士団にしょっ引かれてしまったら困るでしょう?」
「わかりました。いつになったら迎えに行ってもよろしいですか?」
「視線が捌けてからですねえ」
でもなあ。
皆が皆、うっとりとした視線を向けてくるもんだから、なかなか視線が散ってくれない。そして皆がうっとりと眺めていたら、少しだけ濁った意見が飛び込んできた。
「でもあれだけ綺麗でも、しょせんが人形でしょう? あれだけ美しい人形が執事だけで、満足できるのかしら?」
「花を売らせるのもねえ」
……花を売らせるような人形、つくった覚えはありませんが。
私がピキッとしている中、シリル型人形は私の腕を振り払って、スタスタと歩いて行ってしまう。それに私は慌てて止めようとする。
「駄目ですよぉ。大人しくしてくださいー」
「駄目です。無理です」
「待ってくださいってばぁー!」
私がパタパタ走っていたら、私たちがわちゃわちゃしているのに、シリルさんもラモーナ様も気付いた。
私は慌てて、通りを替えましょうと、必死でジェスチャーをする。さすがにここは目立ち過ぎるし、広場には騎士団も普通に見回りに来ているから、シリルさんの同僚に見つかったら厄介だ。
こちらの意図に気付いたのか、大通りから一本外れた、下町のほうへと歩みを進めた。
王都も一歩路地裏に入ると、たちまち下町であり、平民たちの住むアパートメントが建ち並ぶ区画になる。そちらに入った途端に、やっとシリル型人形はラモーナ様のほうと歩み寄った。
ラモーナ様はかなり満足げな顔だ。
「あら、ふたりともごきげんよう」
「帰りましょう」
「ええ、今日はそういう時間でしたものね……夢のようなお時間でしたわ。本当に、ありがとうございました」
ラモーナ様はうっすらと頬を赤らめて、夢見る顔でシリルさんを見つめた。それにシリルさんは微笑を浮かべて答えた。
「いえ。楽しんでいただけたのならよかったです」
「ええ。あとエスター」
「あ、はいっ」
ラモーナ様は私にずっしりと重い布袋を渡してきた。私は中身を見て唖然とする……金貨がどっさりだ。私のひと月の稼ぎよりも、ちょっとだけ多いのに、口をパクパクさせる。
「い、いただけませんっ。さすがにこれは多過ぎますっ!」
「ですが、あなたもこれからパレードで大変なのでしょう? このお金でたっぷり英気を養ってくださいな」
「英気どころか、これだけいただいたらひと月は店を閉めててもやっていけるだけのお金ですが!?」
「あら……それならば、なおのことゆっくりしてくださいませ。それでは、ご機嫌よう」
パサリ……とシリル型人形はローブを取ると、それを畳んで私に返してきた。彼はラモーナ様をエスコートして、優雅に立ち去っていく。
ここが下町の路地裏だということを忘れそうなほどに、華麗な仕草であった。
そして先程まで王子様のような表情を浮かべていたシリルさんは、一気に顔が崩れた。いつもの慇懃無礼な眉間に皺を寄せた表情に戻ってしまう。
「……疲れた。人形のふりなんて初めてだ。さすがにもうしないぞ」
「お、お疲れ様ですっ。でも、いい雰囲気だったじゃないですか」
「どこかだ。彼女、今から葬式に行くんじゃないかってくらい思い詰めてたから、こちらも必死で励ましていたところだ……俺がモデルにされたっていうのに、俺が人形のふりをしなきゃいけないって、本当になんなんだ」
「……ええ? お葬式って……」
「ラモーナ嬢、学校を中退させられそうなんだと」
「……ええっ?」
一応貴族令嬢の場合、学校を中退させて嫁ぎ先に行くというのは、ステータスとして持てはやされている……ただし、それがステータスと呼べるのは、長男や長女など、そこそこいい縁談がまとまっている場合だけで、次男次女以降の売れ残りサバイバルレースになった途端に、罰ゲーム進行となる。
ラモーナ様の婚約者は、はげちゃびんの子持ちだ。そこに嫁ぐために王立学園を中退させられるとなったら……私が彼女の言葉にあまりに気の毒になって提案したことは、彼女にとっての一生の想い出をつくったということなんだろうか。
「……私、ラモーナ様に想い出をあげられたんでしょうか?」
「わからん。そればかりはラモーナ嬢の心ひとつだろう。おい、エスター」
「はいっ?」
「……もらった金、ちゃんと使って英気を養えよ。正統な報酬なんだから」
「……わかり、ました……ああ、そうだ、シリルさん」
「なんだ?」
「一緒にフィッシュアンドチップス食べませんか? 人形のふりをなさってたんだったら、今日はなんにも食べてないでしょう?」
「まあ、な」
途端に、グルルルルルルル……と野犬の唸り声のような音が響いた。私は思わずシリルさんを見ると、気まずそうにそっぽを向いた。
「仕方がないだろ。俺も慣れない殿下のふりをしてたんだから。腹の音なんて聞かせて幻滅させる訳にも、彼女を恋愛禁止条例で逮捕させる訳にもいかないんだから。
「ですねえ。なら、行きましょう行きましょう」
私とシリルさんが一緒にフィッシュアンドチップスを買って一緒に広場で頬張っていても、誰も見向きもしなかった。
どう見ても魔女と、人形の格好をしている人だったら、見なかったことにするのは順当だろう。
ラモーナ様からいただいたお金でシリルさんの分も支払おうとしたものの、シリルさんは眉間に皺を寄せて「断る」と突っぱねるばかりで払われてくれなかった。
「これはお前の報酬だ。俺が受け取る訳にはいかん」
「シリルさんにお礼をしようとしてるだけじゃないですかぁ」
「……俺は、いい。それにお前も、まだ人形づくりが残ってるんだろ? 食べ終わったら作業があるんだろうが」
「そりゃありますけど。でも計算はちゃんとしてますから、パレードまでに間に合いますよぉ」
「そうじゃないだろ」
こうしてしゃべっていると、まるで私が普通の人間になったみたいで、少しだけ嬉しかった。
人形師が、普通の人間な訳はないのにねえ。
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