8 / 29
パレード終わりにお茶を飲む
しおりを挟む
朝、急いで掃除をしてから、店を開けておく。
人形自体は前日に全員引き取りに来てもらったから、今日はよっぽどの緊急メンテナンスでも入らない限り、人は来ないだろう。
しばらくしたら、鼓笛隊の軽快な音楽が鳴り響いてきた。
王都の端から、ぐるっと回って王都中央部に向かう、国王陛下のパレードがはじまった。騎士団はあちこちに配属され、見回りを行う。私たちの住む王都の端だと、この時間にパレードが通過したら、もう来ない。
街道をちらりと見ると、店先からパレードを見学する人、屋根に乗って見守っている人、路地裏からこっそり覗き込んでいる人たちで溢れている。一部の人たちは私服で警備をしている騎士団なのだろうけれど、騎士団もまた、馬に乗って国王陛下の乗っている馬車を先導しはじめる。
やがて、白馬の騎士団が現れた。
王都騎士団はたいがい美形揃いなため、パレードの見学に出かける女性陣は後を絶たない。恋愛禁止条例が全く適用されていない平民だったり、人形と一緒に見学に行く貴族令嬢なりがいい場所を陣取って眺めているのだ。
私がしばらく眺めていて、思わず息を飲んだ。
シリルさんがいつもの騎士団服にマントをつけ、サーベルを差して馬に跨がっていたのだ。
「まあ……王子様みたいな方だわ」
「本当に……素敵な方」
パレードを見物していた人たちが、皆一斉にシリルさんのほうに視線を向けてうっとりとしている。
そりゃラモーナ様も、彼そっくりの人形をつくってほしいなんて依頼するよなあと思う。全員ではなくても、半分以上はうっとりと見てしまっているのだから。
そして国王陛下の馬車の通り過ぎる。
国王様と王妃様が笑顔で手を振っているのが過ぎ、さらに騎士団が進んでいったら、パレードが終了だ。あとは王都の中心部のほうへ中心部のほうへと進んでいく。もっと国王陛下のスピーチや鼓笛隊の音楽を聞きたいという人たちは中心部まで向かうのだけれど、私は店もあるからしばらく眺めていた。
シリルさん、この辺りのほうの警備だけって言っていたのに、馬車に乗ってらしたということは、予定が変わったのかしら。私はそう思いながら、今日は久し振りに店の注文もなく、メンテナンスもない暇な状態を持て余していた。
どうせだったら、パレードの期間は屋台が出ているから、その屋台でご飯を買おうかなと思いながら、しばらくはカウンターに肘をついて、お客様を待っていたのだった。
****
「いやはや、本当にすまないね、助かったよ!」
「いえいえ。経年劣化がございますから、もしよろしかったら一年に一度は店にいらしてください。メンテナンスしますから」
「わかったよ。次からは気を付ける!」
暇を持て余していたら、本当に久し振りにメイド人形が急に動かなくなったと、新興貴族の方から連絡をいただき、修理に取りかかっていた。
服を脱がして確認してみれば、どうも自律稼働の歯車が錆び付いてしまい、上手いこと魔法が機能しなくなっていたのが原因だったので、新しい歯車を用意して魔法をかけ直し、交換することで無事に動くことができるようになった。
ついでにサービスで、私がレース編みしたヘッドドレスを着けてあげた。ボブカットの可憐なベージュ色の髪に、レースのバラが咲いた。
メイド人形はこちらにペコリとお辞儀をした。
「ありがとうございました」
「いえいえ。私も楽しかったですから」
銀貨をいただいて、私はうきうきしながら帰って行った。
メイド人形はいい。可愛い髪型を考えり、それに似合うオプションを考えたり、メイド服のデザインを考えたり。なによりも肌がつるんつるんしていて、化粧をするほうも楽しいのだ。化粧をしても全然綺麗にならない私だと、余計にそう思える。
……シリルさんが褒めてくれたって、一朝一夕で長年培ってきたコンプレックスが消える訳でもないしなあ。そう思いながら店に戻ろうとしたら。
店の入口に見覚えのある人がうろうろしているのが見えた。既に騎士団の正装を解いて軽装になっているシリルさんだった。
「シリルさん? どうしましたか?」
「……ああ。エルシー。パレードで俺の出番は終わったからな」
「終わりました、か? でも先程のパレードで、シリルさんいらっしゃいましたよね?」
先程眺めていたシリルさんを思い返しながら口にしてみると、シリルさんは気まずそうにふいっとそっぽを向いた。
「見たのか」
「は、はい? 見ましたけれど」
「……本当はあんな目立つ引率の仕事はしたくなかったんだが……王城側から、警備じゃなくってパレードのほうに回れと言われた」
「あら、まあ……それはそれは、お疲れ様です」
パレードは見目のいい人で固めるって聞いていたけれど、それでシリルさんもこの辺りの警備の仕事からパレードのほうに回ったのね。顔がいいというのも考え物だ。
私の荷物を持っているのに、シリルさんは首を傾げた。
「今日は仕事はないと聞いていたが……」
「あー。前に納品した人形が壊れたっていうので、メンテナンスに行っていたんですよ。特にメイド人形なんて、お仕事忙しい方がお買い上げしますから、なかなかメンテナンスにも出さずに、唐突に呼び出す方も多くって」
「大変なんだな……」
「新興貴族の方々は、お仕事たくさんして名前上げないといけませんから。もっとお金稼げるようになりましたら、普通のメイドさんも雇えるようになるんですけどねえ。ああ、そういえばシリルさんは、お食事もういただきましたか?」
「いや? まだだが」
「今日は屋台がたくさん出てるじゃないですか。それでたくさん買ってきたんですけれど、よろしかったらいかがですか?」
私は屋台で並んで買ってきたものを並べる。
マフィンサンドにはマフィンの間に分厚いベーコンと卵が挟んであり、コテージパイにはパイ生地の中に羊の挽肉がたっぷり入って焼いてある。あとパヴァロワは卵白を焼いた生地の上にクリームとジャムをたっぷり塗った軽い食感のケーキだ。
それを呆れた顔でシリルさんは眺めていた。
「いくらなんでも買い過ぎじゃないのか……こんなにひとりで食べられないだろ」
「甘い物は別腹ですし。それに多分もうちょっとしたらシリルさんもいらっしゃるんじゃないかと思いまして。先日はごちそうしてくださったのに、お礼もできてませんでしたし。私ひとりじゃあんまりご飯たくさんつくれませんから、買ってきました」
そう言うと、シリルさんはなんとも言えない顔をしてから、視線を逸らしてしまった。気のせいか、耳から首筋まで真っ赤だ。
「あ、あのう……余計なことしましたか?」
「……なんでもない。お茶くらいは淹れる」
「あらまあ。でもうち、高価なお茶っ葉はあんまり買えませんから、麦湯くらいしかありませんけど」
「茶葉は俺が持っている」
そう言いながら、軽くシリルさんはポケットから缶を取り出し、それを振った。私はそれを「おお……」と言いながら彼を家に招き入れた。
台所に私は手をかざして魔力を注ぎ込むと、火がついた。それにシリルさんは「おお……」と声を上げる。
「あんまり驚くほどの魔法じゃないですよ。今だったらだいたい魔法石が代替してくれますから、魔力なくっても魔法使えますし」
「だが、これは普通にすごい」
「褒められても屋台で買ったご飯しか出ませんよぉ。ああ、お茶はこれで淹れてください」
私がポットを差し出したら、沸いたお湯でシリルさんは丁寧にお茶を淹れてくれた。
ポットから漂ってくるのは甘い匂い。紅茶……貴族以外だったら高級品過ぎて、ほとんど手に入らない。だから平民には安価の麦湯が流行っている。
私はカップを持ってきながら申し訳なくなる。
「すみません……こんなに素敵なお茶ですのに、カップ安物しかなくて」
「そうか? いいものだと思う。淹れるぞ」
「あっ、はい。それじゃあ買ってきたものも分けますね」
ふたりで席に座り、屋台のものを分けながらお茶を飲みはじめた。
マフィンサンドのチーズとベーコンは香ばしく、コテージパイはこってりしていそうで後味はさっぱりだ。そしてデザートのパヴァロワは、本当に軽い食感でいくらでも食べられる
。そしてシリルさんの淹れてくれた紅茶。
なにも甘いものを足してないのに、不思議と甘い。
「……不思議ですね。このお茶。なにも入れてないのに甘いです」
「これはそういう茶葉だな。ミルクティーにするんだったらともかく、なにも足さないんだったら、色がほんのり色付く程度でいい」
「へえ……不思議です。甘いのに、食べてるものの味を邪魔しません」
「無理に後引く甘味を足してないからな。口直し用だから」
「不思議ー」
ふたりでたっぷりと屋台のご飯を平らげてから、次の定休日の話になった。
「たしか、岩絵の具を取りに行くと言っていたな?」
「あ、はい。人形に化粧するために必要なんです」
「……前から思っていたが、取りに行くというのは?」
「そのまんまの意味ですよ」
「……はあ?」
そういえば。人形師以外だったら、魔女の中でももうほんの少しの人しか知らないもんなあ。そう思いながら、私は手にシャベルを持って言った。
「宝石鉱山に登って、土を掘り起こすんです。それで岩絵の具は取れますから」
「……はあ?」
シリルさんは思ってもみなかったというように、顔が崩れた。
綺麗な顔がもったいない。
「大昔は魔女だけでなく、染料師とか画家とかも一緒に宝石鉱山に登って一緒に土を掘ってたんですけど、産業革命からこっち、魔法以外で染料をつくる方法が増えたんで、今だったら人形師やこだわりのある染料師、あと魔法に使う魔女以外はほとんどわざわざ登山しませんから」
「そ、そうだったのか……でもそのためにわざわざ山に登るんだな」
「当然ですよぉ。たしかに塗るだけだったら、王都の外れにだって画材屋さんはありますし、そこで売ってる岩絵の具でもいいんですけど、これを生きてる風に見せる魔法をかけるとなったら、自分で取った岩絵の具でなかったら、なかなか難しいんです。そういえばシリルさん、荷物持ちしてくださるって聞きましたけど、登山で岩絵の具を細々と運ぶとなったら、結構重くて大変ですけど大丈夫ですか?」
「……問題ないが。さすがに掘るのには協力できないかもしれない」
「別にいいですよぉ。さすがに宝石鉱山に登るのは、結構大変ですから、一緒に手伝ってくれるだけで嬉しいです」
私がそうきっぱりと言い切ると、途端にシリルさんは上機嫌になった。
「そうか……そうか」
その態度に、私はこの人は借金とか貸しとかつくるの苦手なのかなと思ってしまった。
でもあれ? 元々はラモーナ様にデートをしてあげて欲しいという私の頼みからだったと思うけど。この間の看病のこと考えたら、もう貸し借りはなかったと思う。
今もこうして普通に一緒にご飯食べてたし。
どういうことなんだろ。私はシリルさんが嬉しそうに頷いているのを見ながら、しきりに首を傾げていた。
人形自体は前日に全員引き取りに来てもらったから、今日はよっぽどの緊急メンテナンスでも入らない限り、人は来ないだろう。
しばらくしたら、鼓笛隊の軽快な音楽が鳴り響いてきた。
王都の端から、ぐるっと回って王都中央部に向かう、国王陛下のパレードがはじまった。騎士団はあちこちに配属され、見回りを行う。私たちの住む王都の端だと、この時間にパレードが通過したら、もう来ない。
街道をちらりと見ると、店先からパレードを見学する人、屋根に乗って見守っている人、路地裏からこっそり覗き込んでいる人たちで溢れている。一部の人たちは私服で警備をしている騎士団なのだろうけれど、騎士団もまた、馬に乗って国王陛下の乗っている馬車を先導しはじめる。
やがて、白馬の騎士団が現れた。
王都騎士団はたいがい美形揃いなため、パレードの見学に出かける女性陣は後を絶たない。恋愛禁止条例が全く適用されていない平民だったり、人形と一緒に見学に行く貴族令嬢なりがいい場所を陣取って眺めているのだ。
私がしばらく眺めていて、思わず息を飲んだ。
シリルさんがいつもの騎士団服にマントをつけ、サーベルを差して馬に跨がっていたのだ。
「まあ……王子様みたいな方だわ」
「本当に……素敵な方」
パレードを見物していた人たちが、皆一斉にシリルさんのほうに視線を向けてうっとりとしている。
そりゃラモーナ様も、彼そっくりの人形をつくってほしいなんて依頼するよなあと思う。全員ではなくても、半分以上はうっとりと見てしまっているのだから。
そして国王陛下の馬車の通り過ぎる。
国王様と王妃様が笑顔で手を振っているのが過ぎ、さらに騎士団が進んでいったら、パレードが終了だ。あとは王都の中心部のほうへ中心部のほうへと進んでいく。もっと国王陛下のスピーチや鼓笛隊の音楽を聞きたいという人たちは中心部まで向かうのだけれど、私は店もあるからしばらく眺めていた。
シリルさん、この辺りのほうの警備だけって言っていたのに、馬車に乗ってらしたということは、予定が変わったのかしら。私はそう思いながら、今日は久し振りに店の注文もなく、メンテナンスもない暇な状態を持て余していた。
どうせだったら、パレードの期間は屋台が出ているから、その屋台でご飯を買おうかなと思いながら、しばらくはカウンターに肘をついて、お客様を待っていたのだった。
****
「いやはや、本当にすまないね、助かったよ!」
「いえいえ。経年劣化がございますから、もしよろしかったら一年に一度は店にいらしてください。メンテナンスしますから」
「わかったよ。次からは気を付ける!」
暇を持て余していたら、本当に久し振りにメイド人形が急に動かなくなったと、新興貴族の方から連絡をいただき、修理に取りかかっていた。
服を脱がして確認してみれば、どうも自律稼働の歯車が錆び付いてしまい、上手いこと魔法が機能しなくなっていたのが原因だったので、新しい歯車を用意して魔法をかけ直し、交換することで無事に動くことができるようになった。
ついでにサービスで、私がレース編みしたヘッドドレスを着けてあげた。ボブカットの可憐なベージュ色の髪に、レースのバラが咲いた。
メイド人形はこちらにペコリとお辞儀をした。
「ありがとうございました」
「いえいえ。私も楽しかったですから」
銀貨をいただいて、私はうきうきしながら帰って行った。
メイド人形はいい。可愛い髪型を考えり、それに似合うオプションを考えたり、メイド服のデザインを考えたり。なによりも肌がつるんつるんしていて、化粧をするほうも楽しいのだ。化粧をしても全然綺麗にならない私だと、余計にそう思える。
……シリルさんが褒めてくれたって、一朝一夕で長年培ってきたコンプレックスが消える訳でもないしなあ。そう思いながら店に戻ろうとしたら。
店の入口に見覚えのある人がうろうろしているのが見えた。既に騎士団の正装を解いて軽装になっているシリルさんだった。
「シリルさん? どうしましたか?」
「……ああ。エルシー。パレードで俺の出番は終わったからな」
「終わりました、か? でも先程のパレードで、シリルさんいらっしゃいましたよね?」
先程眺めていたシリルさんを思い返しながら口にしてみると、シリルさんは気まずそうにふいっとそっぽを向いた。
「見たのか」
「は、はい? 見ましたけれど」
「……本当はあんな目立つ引率の仕事はしたくなかったんだが……王城側から、警備じゃなくってパレードのほうに回れと言われた」
「あら、まあ……それはそれは、お疲れ様です」
パレードは見目のいい人で固めるって聞いていたけれど、それでシリルさんもこの辺りの警備の仕事からパレードのほうに回ったのね。顔がいいというのも考え物だ。
私の荷物を持っているのに、シリルさんは首を傾げた。
「今日は仕事はないと聞いていたが……」
「あー。前に納品した人形が壊れたっていうので、メンテナンスに行っていたんですよ。特にメイド人形なんて、お仕事忙しい方がお買い上げしますから、なかなかメンテナンスにも出さずに、唐突に呼び出す方も多くって」
「大変なんだな……」
「新興貴族の方々は、お仕事たくさんして名前上げないといけませんから。もっとお金稼げるようになりましたら、普通のメイドさんも雇えるようになるんですけどねえ。ああ、そういえばシリルさんは、お食事もういただきましたか?」
「いや? まだだが」
「今日は屋台がたくさん出てるじゃないですか。それでたくさん買ってきたんですけれど、よろしかったらいかがですか?」
私は屋台で並んで買ってきたものを並べる。
マフィンサンドにはマフィンの間に分厚いベーコンと卵が挟んであり、コテージパイにはパイ生地の中に羊の挽肉がたっぷり入って焼いてある。あとパヴァロワは卵白を焼いた生地の上にクリームとジャムをたっぷり塗った軽い食感のケーキだ。
それを呆れた顔でシリルさんは眺めていた。
「いくらなんでも買い過ぎじゃないのか……こんなにひとりで食べられないだろ」
「甘い物は別腹ですし。それに多分もうちょっとしたらシリルさんもいらっしゃるんじゃないかと思いまして。先日はごちそうしてくださったのに、お礼もできてませんでしたし。私ひとりじゃあんまりご飯たくさんつくれませんから、買ってきました」
そう言うと、シリルさんはなんとも言えない顔をしてから、視線を逸らしてしまった。気のせいか、耳から首筋まで真っ赤だ。
「あ、あのう……余計なことしましたか?」
「……なんでもない。お茶くらいは淹れる」
「あらまあ。でもうち、高価なお茶っ葉はあんまり買えませんから、麦湯くらいしかありませんけど」
「茶葉は俺が持っている」
そう言いながら、軽くシリルさんはポケットから缶を取り出し、それを振った。私はそれを「おお……」と言いながら彼を家に招き入れた。
台所に私は手をかざして魔力を注ぎ込むと、火がついた。それにシリルさんは「おお……」と声を上げる。
「あんまり驚くほどの魔法じゃないですよ。今だったらだいたい魔法石が代替してくれますから、魔力なくっても魔法使えますし」
「だが、これは普通にすごい」
「褒められても屋台で買ったご飯しか出ませんよぉ。ああ、お茶はこれで淹れてください」
私がポットを差し出したら、沸いたお湯でシリルさんは丁寧にお茶を淹れてくれた。
ポットから漂ってくるのは甘い匂い。紅茶……貴族以外だったら高級品過ぎて、ほとんど手に入らない。だから平民には安価の麦湯が流行っている。
私はカップを持ってきながら申し訳なくなる。
「すみません……こんなに素敵なお茶ですのに、カップ安物しかなくて」
「そうか? いいものだと思う。淹れるぞ」
「あっ、はい。それじゃあ買ってきたものも分けますね」
ふたりで席に座り、屋台のものを分けながらお茶を飲みはじめた。
マフィンサンドのチーズとベーコンは香ばしく、コテージパイはこってりしていそうで後味はさっぱりだ。そしてデザートのパヴァロワは、本当に軽い食感でいくらでも食べられる
。そしてシリルさんの淹れてくれた紅茶。
なにも甘いものを足してないのに、不思議と甘い。
「……不思議ですね。このお茶。なにも入れてないのに甘いです」
「これはそういう茶葉だな。ミルクティーにするんだったらともかく、なにも足さないんだったら、色がほんのり色付く程度でいい」
「へえ……不思議です。甘いのに、食べてるものの味を邪魔しません」
「無理に後引く甘味を足してないからな。口直し用だから」
「不思議ー」
ふたりでたっぷりと屋台のご飯を平らげてから、次の定休日の話になった。
「たしか、岩絵の具を取りに行くと言っていたな?」
「あ、はい。人形に化粧するために必要なんです」
「……前から思っていたが、取りに行くというのは?」
「そのまんまの意味ですよ」
「……はあ?」
そういえば。人形師以外だったら、魔女の中でももうほんの少しの人しか知らないもんなあ。そう思いながら、私は手にシャベルを持って言った。
「宝石鉱山に登って、土を掘り起こすんです。それで岩絵の具は取れますから」
「……はあ?」
シリルさんは思ってもみなかったというように、顔が崩れた。
綺麗な顔がもったいない。
「大昔は魔女だけでなく、染料師とか画家とかも一緒に宝石鉱山に登って一緒に土を掘ってたんですけど、産業革命からこっち、魔法以外で染料をつくる方法が増えたんで、今だったら人形師やこだわりのある染料師、あと魔法に使う魔女以外はほとんどわざわざ登山しませんから」
「そ、そうだったのか……でもそのためにわざわざ山に登るんだな」
「当然ですよぉ。たしかに塗るだけだったら、王都の外れにだって画材屋さんはありますし、そこで売ってる岩絵の具でもいいんですけど、これを生きてる風に見せる魔法をかけるとなったら、自分で取った岩絵の具でなかったら、なかなか難しいんです。そういえばシリルさん、荷物持ちしてくださるって聞きましたけど、登山で岩絵の具を細々と運ぶとなったら、結構重くて大変ですけど大丈夫ですか?」
「……問題ないが。さすがに掘るのには協力できないかもしれない」
「別にいいですよぉ。さすがに宝石鉱山に登るのは、結構大変ですから、一緒に手伝ってくれるだけで嬉しいです」
私がそうきっぱりと言い切ると、途端にシリルさんは上機嫌になった。
「そうか……そうか」
その態度に、私はこの人は借金とか貸しとかつくるの苦手なのかなと思ってしまった。
でもあれ? 元々はラモーナ様にデートをしてあげて欲しいという私の頼みからだったと思うけど。この間の看病のこと考えたら、もう貸し借りはなかったと思う。
今もこうして普通に一緒にご飯食べてたし。
どういうことなんだろ。私はシリルさんが嬉しそうに頷いているのを見ながら、しきりに首を傾げていた。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる